玉城八代を冴島千牧から遠ざける宮代手毬
私の一年半のダイジェスト。
去年の四月、当時大学二年生だった私は新入生の玉城と出会った。新入生歓迎会で私は玉城と隣の席になり、飲酒は初めてだと断ろうとするあいつに無理やりウィスキーを飲ませた。私は玉城の従順そうで、でもたまに生意気になるところを気に入っていた。玉城も私のことを悪くは思ってなかったはず。
教養科目の授業で玉城と一緒になった。絶対に遅刻して講堂に入る私のために、玉城はいつも私の分の席を確保しておいてくれた。下心が見えみえだった。玉城は確実に私の事を狙っていた。私も嫌じゃなかった。だから、私は玉城が告白をしてきてくれるのを待った。期待していた。
でも玉城は優柔不断な奴だった。同期の女子、冴島千牧ちゃんと私との間で気持ちが揺れていた。夏のサークルの合宿の夜、玉城はずーーっと千牧ちゃんと行動を共にしていた。恋愛とか、そういう心の機微に疎い千牧ちゃんは、玉城の気持ちに気づくこと無く笑顔で楽しそうにはしゃいでいた。玉城は千牧ちゃんのその態度を見て何を考えていたのだろう。千牧ちゃんは完全に脈ナシだから諦めな、と思念を込めて私は玉城を睨んだ。夏休みが終わって秋になるまでずっと睨み続けた。
クリスマスまで二週間を切った頃、私は勇気を出して玉城に告白した。なのに……。
『気持ちは嬉しいんだけど、ごめんなさい。俺ちょっと気になるコがいるんですよ。もうすぐそいつに告白しようかなって考えてて、それで』
『それで?』
『もしフラれたら……ってことで』
『は?」
その後に怒った出来事はあまり覚えていない。ふと気が付くと、私の拳が謎の赤い液体まみれになっていた。あの血は誰の血だったのだろう。多分、手づかみでオムライスでも食べたのかな?
告白をする前と後で私は変わった。想いを伝えてからというもの……恥ずかしくて緊張して、私は玉城の前に立っていられなくなった……というのは嘘で。
より大胆に、好意を隠さなくなった。
千牧ちゃんやサークルメンバーの見ている前で、私は玉城の正妻アピールをした。
まず私は玉城に煙草を止めさせようと考えた。第一次タバコ戦争。あの戦いはまさに彼氏彼女もしくは夫婦のそれだった。ただの先輩が口出しすることを許されるラインを大きく踏み越えた。普通の先輩が、後輩の喫煙状況についてとやかく言い募ることなんてありえない。彼女でもなければいちいちそんなことに文句を付けない。
その様子を見せつけることによって、周囲の認識をコントロールできはしないかと。あの二人って付き合ってるのかな、って噂されないかなと。
玉城はすんなりと禁煙したかのように見せかけた。しかしそれは私を欺く作戦だった。玉城は自宅の中ではスパスパと煙をふかしていたのだ。私は頻繁に玉城のワンルームマンションを訪問するようになった。すると、玉城は本当に禁煙するようになった。そんなに私に家に来られるのを拒絶しなくてもいいのに……。でもそういうクソ生意気なところが……良い。
今年になって私たちは留年することもなく学年を一つ上げた。第二ラウンドスタートだ。
思い出すだけで背筋に寒気が走るほどの最悪のスタートだった。私たちをめぐる人間関係には、ささいな、しかし見過ごせない変化が生じた。
千牧ちゃん、私の後輩でもありライバルでもある。優しくて、少し天然ボケで、恋愛経験が無くて純真で、玉城が片想いをするのも納得できるくらいの女の子。
そんな千牧ちゃんが、ある日の帰り道私にこう訊いてきた。
『宮代さんって玉城くんと付き合ってるんですか?』
『へえ? 全然そんなんじゃないけど』
『そうですか』
と千牧ちゃんは目を伏せた。その横顔には疑惑の色が浮かんでいた。
『どうしてそんなこと訊くの?』
『いえいえ!全然何でもないんです!』
その瞬間、私は敗北の未来をイメージした。千牧ちゃんが一歩でも玉城に歩み寄れば、きっと……。ようやく玉城の願いを成就するというわけだ。だんだん仲良くなって、二人で遊ぶようになって、遊びがデートに変容して、最後には告白……ん、告白? そこで私はクリスマス前のあの日のことを思い出した。
『千牧ちゃんってさあ、玉城になんか言われたことある?」
『言われたことって何ですか?』
『たとえば、ほ、褒められたりとか』
『全然無いです。そもそも玉城くんとは最近あまり話さないですし』
『去年は? 去年の冬』
『いやーどうでしょうか。あまり覚えてないです』
告白するとか言ってたくせに、何してやがるんだ玉城の奴……。
☆
ちょうど先週、キャンパスの建物の影でイチャイチャしているカップルを見た時、私は今まで時間を無駄にし過ぎていることに気が付いた。
さっさとこの停滞を片付けてしまおうと思った。要は千牧ちゃんに彼氏が出来ればいいのだ。そうなれば私が繰り上げ当選で玉城の彼女になれる。
作戦はシンプル。私の高校時代の吹奏楽部の後輩男子と千牧ちゃんをデートさせる。私はそのデートを尾行して写真を撮って玉城に送る。これで完了。簡単すぎて笑えてくる。実際私はお風呂でこの作戦を思いついた時、愉快な気分になって一人で大爆笑した。風呂から上がると、母親に、『あんたなにお風呂で爆笑してるのよ』とドン引きされた。勝手に引いてろよおばさん。私は若い、そして女だ。喜べ私よ、私の願いはようやく叶う。
作戦決行当日。私は御茶ノ水の駅前を、遠く離れた位置から監視する。時刻は十三時二十分前。千牧ちゃんは律儀に白のダッフルコートを着て突っ立っていた。
「ごめん千牧ちゃん……」
胸が痛くなる。こんな卑怯な手段しか使えない自分が情けない。でもこうするしかなかった。
今日の千牧ちゃんのデート相手は私の高校時代の吹奏楽部の後輩で、私もよく知っているイケメン男子だ。同じ低音パートで同じ楽器だった。頭のてっぺんからつま先まで私の教えを叩きこんである。時には鉄拳制裁も厭わなかった。直属の部下だ。あの頃の私は過激だったから、彼には随分苦労をさせた……。
十三時十五分前、赤いダッフルコートを目視確認。二人とも約束の時間前に到着とは、実に幸先いい。きっと二人は気が合うんじゃないだろうか。理想的なカップルがここに誕生した。このまま上手く行けば全員笑える場所に辿り着ける。誰も傷つかない世界。
私は玉城と、千牧ちゃんはイケメンと、それぞれ付き合って幸せになる。
千牧ちゃんたちの移動を確認。私は距離を保ったまま追跡を開始する。なんだか楽しくなってきたぞ。
「ふふふ、ふふふふふ」
自然と笑い声が込み上げてくる。
千牧ちゃんたちは急に歩道沿いのビルに入って行く。私は全力疾走で後を追う。エレベーターが閉まる一瞬、ちらりと見えた。エレベーター内には千牧ちゃんたち二人だけが乗っていた。
私はエレベーター上の表示ランプを見る。三階、四階、五階、どこまで昇っていくのだろうか。六階で止まる。
「ふむふむ。六階にあるのは……猫カフェか」
約、四十五分後に千牧ちゃんたちは猫カフェを出る。引き続き私はシャッターチャンスをうかがいながら尾行する。写真には必ず千牧ちゃんの顔が映っていなければいけない。最低でも横顔くらいは欲しい。後姿はダメだ。
千牧ちゃんたちは某有名チェーンのカフェに入店した。
「おいおい。二連続でカフェだと!?」
驚きのあまり、私はそう叫んでいた。通行人が奇異な視線を向けてくる。ごほんと咳払いして誤魔化す。
それにしても、さっき猫カフェに行ったばかりなのに、あいつらまたカフェ入りやがった。どれだけカフェ好きなんだよ。カフェ梯子するとかマジかよ。
気になるのは、それが誰が提案したデートプランなのかということだ。千牧ちゃんが行きたいと言ったのだろうか。千牧ちゃんって意外とわがままなタイプだったりして。流石に男がカフェ梯子しようとするとかナイでしょ。
でも猫カフェって、私は未体験なんだけど、そんなにカフェ感ないのかな。猫カフェの後にカフェって普通なのかな。
「クッソ!デートしたことないから分かんねえ!」
私は雑念を取り払って写真を撮る準備をし始める。反対側の歩道に良いポジションを発見。ここからならカフェを出る姿をばっちり激写することができる。
もちろんスマホのカメラなんて使わない。しっかりと一眼レフカメラを持参している。
レンズを覗く。まだ店内で談笑している。テーブルの上にはサンドイッチとパスタ置かれているが。量はそれほど減っていない。少なくとも十五分は席を立たないだろう。
私も昼食をとることにする。時刻は午後二時過ぎ。遅い昼食をカレー屋さんで済ます。
☆
カレーの辛さで体が熱くなってきた。私は再び気合を入れて、一眼レフを構える。
何回あくびをしただろうか。ようやく千牧ちゃんたちが店を出た。その瞬間を……撮った!
「よっし!撮った!第三部完!」
早速私はBluetooth機能を使ってカメラからスマホに画像を送信する。
私はスマホの画面に映る写真を凝視した。よく撮れている。男の方の顔にはピントが合ってないけど、千牧ちゃんのかわいい顔はくっきり。イイ感じの身長差。ベストカップルフォト賞をあげるよ。
ウキウキ気分で玉城にLINEをする。
『た、大変』『今御茶ノ水に来てるんだけど』『とにかくこの写真見て!』
ふぅ……。
やるべきことをやった。
私はこの長く辛い戦いにようやく勝利した!
「さて、玉城はどんな返信をしてくるかなあ」
声が弾む。その場でぴょんぴょん跳ねる。今の私はくまのプーさんに登場するティガーみたいにジャンプをしている。
ショックを受けろ玉城。そして心の隙間を埋めるように、先輩の私に甘えるんだ。
待っても待っても中々返信が来ない。他にやることもないので、とりあえず千牧ちゃんたちの尾行を続行することにする。
☆
対象がカラオケに入店するのを確認。私は近くの雑貨屋で時間を潰す。ブックカバーが沢山並べてあって、胸がときめく。
何気なくスマホを手にする。玉城から返信が届いている。
深く息を吸って、トーク画面を開く。
玉城の方からも写真が送られてきていた。
私は小首を傾げならその写真をタップする。
「え……どして」
赤いダッフルコートを着ている玉城。その手にはマイクが握られている。か、カラオケ?
この写真が意味することを、私は即座に理解することができない。
と、もう一枚写真が送られてくる。
恥ずかしそうに、カメラに向かってピースをしている千牧ちゃん。その背後には液晶テレビがある。橙色の狭い部屋。部屋番号23と透明なドアに数字が反転して刻まれている。
「カラオケ? どこの?」
声が震える。喉が、なんだか引きつって、上手く呼吸ができない。手足から血の気がすっと引いていく。
も、もしかして入れ替わってる!?
急いで高校時代の吹奏楽部の後輩にLINEする。
『今何してるの?』
『電車乗ってます』
『デートは』
『なんかもう一人の赤いダッフルコートが現れて』『なんのイタズラですか?』『もうこういうことはしないでくださいよ、まったく宮代先輩は( ;´Д`)』
ポンポンポン、と三連続でメッセージが届く。
『顔文字使うな、むかつく』
『ごめんなさい』『って、謝るの先輩の方ですよ!』
力が抜けて、スマホを取り落としてしまう。スマホは何度か跳ねながら床を滑っていく。その行く先に興味を持てない。心は放心状態だった。
「ばか……私って、ほんとバカ……」
マジで魔女化する5秒前ですよ、ええ。
ラストまで考えて書かなきゃあかんよなー
昔好きだった恋愛ドラマとか見返して参考にしてみよう