磁力 1
学校祭を前に私は美術部の制作とクラスの展示準備で忙しかった。
コウとはもう二週間デートどころか顔を合わせることもできず、そのかわりお互いに家からよく電話をしあっていた。
時間は夜のだいたい九時頃だけど、会えない分話は弾んで長電話になり、二人とも家族に注意されることがあった。
電話越しに母に「ごめん」と謝る私に、電話の向こうから「あ、すみません」と反応するコウ。
また別の時には「こら、コウ長いよ。私も使う」と姉の聖美さんに叱られ「るせー、聖美の方がいっつも長い」と逆らうコウに「駄目だよ。ごめんなさい」と謝る私。
でもお互いの母親には紹介し合っていた。
私の母は見た目はロック少年だけど、態度が落ち着いているコウを信頼してくれている。
中二の弟清隆は「コウ君の高校って授業難しいらしいよ。なのに部活とバンドもやるとか超人だね」と言っていた。
コウのお母さんは初対面の時「ミキちゃん、よろしくお願いします。コウ、ちゃんとしなさいよ」と言い、
コウは「当然だ」と生意気に言い放ってパシンと頭を叩かれていた。
今夜も私はお風呂上がりにコウと電話で話している。
廊下に座って壁にもたれて、受話器のクルクルしたコードを指に巻きつけてる。
「ミキの学校の学祭に行ってみたい」とコウ。
クラスではお化け屋敷と、部活は美術部なので普段からコツコツ制作した作品を展示する。
「ミキの絵が見たいな、モンちゃんが軽音部でAerosmithやるって言ってたしそっちも聴きたい」
コウはうちの学校の軽音部でギターをやってる三年生の、通称モンちゃんとバンド仲間で友達だ。
「うち私服だけど、アクセサリーは駄目だよ」
「大丈夫、普通な感じで行くからさ」
でもコウと一緒だと否応無しに目立ちそう。
「女子がたくさんいるから緊張しないでね」
うちは共学だし制服がなくて私服だから結構驚くと思う。
「しないよ、俺中学まで共学だもん」
そして日曜の学祭の一般公開日にコウは私の高校に来た。
アクセサリーはなしでTシャツもロゴ入りだけど白で「普通な感じ」。
モンちゃんの出演時間が近いので、そちらに向かう。
その途中、廊下で私のクラスの友達と会ってコウを紹介した。
コウはいきなり興味津々の女子に囲まれて緊張してたけど、私の友達には普段の二割り増しくらいの笑顔で挨拶してくれた。
友達も口々に感想を言ってくる。
「初めまして。これがコウ君か」
「ミキから噂できいてますよー」
「背高い。かっこいいよね」
「一個下には見えない、うちらよりちゃんとしてそう」
ひとしきり囲まれたけど、皆んなが楽しんでいってねと見送ってくれて軽音部の会場に行った。
「やるなあ。カッコイイしボーカルもいい」とコウは言って一緒に演奏を聴いた。
ラストは『Crazy』で男心が切ない歌詞の曲。
モンちゃんはコウにすぐ気づいた。
「ようコウ。マジで来ちゃったね」
「来ちゃった。モンちゃん、シブかった」
「どうも。でも実はミキに逢いたかっただけじゃねえの」
「それはまあ」とコウはあっさり言った。
「お前エロいぞ、見せつけにきたのか。俺なんて最近別れたばっかだぞ、このヤロー」
と言ってモンちゃんはニヤっと笑う。
コウもちょっと困った顔をして笑ってた。
今日のモンちゃんは、スタッズだらけのベルトを巻いて白のロンドンブーツを履いている。
「私服ってすごいね、羨ましい。俺もいつもの格好で来て良かったんじゃない」と感心するコウ。
モンちゃんは普段からギターケース背負ってロック全開の格好で通学していて、うちでもすごく目立ってるけど。
私は「いつもの格好」のコウが学校にいるところを想像した。
さっきの友達の反応やモンちゃんと話してるコウに注がれる視線からも、コウと平和な学校生活を送れる気はしない。
その後今度は二階にある美術室に向かった。