八月の噴水で
八月のカラッと晴れた暑い日にコウと初めて二人で出掛けた。
コウが家に電話してくれて出かける日と待ち合わせ場所を決めたけど、それからだんだんと緊張して来た。
ライブの時のコウは立ってるだけでカッコいいし、私もみんなもコウに魅入られてしまう。
けど普段は冷静な感じであまり感情を表に出さないしそんなに喋らない。
だからファンの女の子達もちょっと遠巻きに見つめてる。
コウは一年上の私より年上に見られていることも多くて、「コウ君てどこの学校、何年生」とライブに来る子に時々聞かれる。
そんなコウと一緒に出かけるなんてどうしよう、何を着て行こう、と会う日が近づくにつれて悩んだ。
あげく普通が一番落ち着くと思い、私は肩まである髪を束ねて気に入ってるサッカー地の白いワンピースと素足に白のサンダルを履いて出かけた。
待ち合わせ場所にコウはもう来ていた。
黒いTシャツに細身の黒のジーンズ、コンバースのバスケットシューズも黒。
チェーンは着けてなくて少し日焼けした筋肉質の腕にあのリストバンド。
コウもいつもの感じ。
「私たち白と黒で真逆だね」と顔を見合わせるとコウはちょっと照れた感じの笑顔になって
「ミキ似合ってる、可愛い」と言ってくれた。
「ありがとう」と言ったらコウはちょっと俯いた。
「コウは学校でも軽音部とかやってるの」
「いや、うち軽音ないんだ。俺とユッケは水球部。泳ぎ得意だから体育の先生に目つけられて」
「水球ってどんななの」
「泳ぎながらハンドボールする感じかな」
「すごく体力要りそうだね」
「うん、面白いけど朝練もあるし帰りも練習あって九月は大会あるからライブやれない。正直ユッケも俺もバンドの方がやりたいし、大会終わったら退部するかってこの頃話してる」
「これまでよくバンドの練習できたよね」
「ライブは続けたかったからね」
「すごいなコウは。私は体力ギリギリまでやりたいことにのめり込んだことってないなぁ」
「でもやって来て良かった、だからミキにも会えたしね」
コウが目を細めてそう言うと、嬉しくて心がくすぐったくなった。
ライブっていろんな繋がりができる。
演奏する人応援してくれる人。音響とか照明で演出してくれる人。
ステージをセットしてくれたりチケットやフライヤーやポスター作ったり、それを貼らせてくれたり配ったりしてくれるたくさんの人との繋がり。
対バンも一つのジャンルだったり色んなジャンルのバンドの演奏が聴けるのもある。
私も以前バンドをやっててその繋がりから友達ができてロックバンドをよく聴くようになった。
ロックやメタルは幅広くてバンドも多いし、やってる子もみんなすごく元気で楽しい。
私は絵を描くのが大好きで得意なので永井君と言う男の子に頼まれて、よくロック系の対バンのポスターやフライヤーも作っていた。
永井君は違う高校だけど私と同い年でのライブの運営や音響が趣味みたいな子で、札幌のアマチュアバンドにすごく詳しいし顔も広くて対バンのアレンジもする。
ポスターはロックのアーティストや楽器をモチーフにしてポスカラを使ってマットにモノクロで描く。
前にカズ君が「俺、ミキのポスター全部部屋に貼ってるよ。ジミー・ペイジ描いたやつが一番好き」
と言ってくれた。
「嬉しかったな。ちょっと恥ずかしいけど」
「ミキの絵カッコいいよ。俺も部屋に貼ってる」
「嬉しいな。でも私、全部は手元にないんだ。あるやつもコピーしかない」
「どうして」
「永井君にいつも原画はあげてた」
「何で永井に。いい絵なのに」
「原画コピーして使うから、永井くんが持ってた方がいいかなと思って。私はいいし永井君が『いらないなら頂戴』って言うから」
永井君にライブのテーマとかを聞いたら、そこからアイデアを練って根を詰めて力一杯描く。
でも完成したらスッとして気持ちが抜けていくのだ。
できた原画を彼に見せると「今回のもカッコいいよねー」と細い目をさらに細めてニコニコして言うのだ。
そうしてライブの準備をする永井くんはいつも楽しそうだから。
「チクショー、永井のやつ」とコウは納得いかない顔をしていたけれど。
外の通りを歩くとコウは自分が車道側に周り、ドアを出入りする時は必ず開けて私を通してくれた。
付き合っているわけじゃないのにそんな風にされるだけでまた胸の中がくすぐったい。
コウの言っていた銀のアクセサリーやスタッズをつける加工などをしているお店をのぞいた。
クロスやスカルやロックっぽいモチーフがどれもかっこいいし加工している作業も面白い。
コウと二人でのお出かけ、という緊張もだんだんとほぐれて来た頃、「喉乾かない、お茶しようか」とコウが言って喫茶店に入った。
一緒にアイスコーヒーを飲んでいたら、Van Halenの演奏する「Pretty Woman」が流れてきた。
ラジオでも時々かかるこの曲は聴いててワクワクする。
コウも聴いてるのが表情からわかる。
音楽を聴いてるコウの顔がとてもいいな、と思ったら彼もふいに目を上げて私を見つめて目が合ってドキッとした。私の顔、赤くなってないかなと気にしながら言った。
「私、この曲好きだな」
「うん、俺はVan Halenが昔の曲をカバーしたYou Really Got Me が結構好きだな」
目を上げたらまた目が合って、胸が騒いで困る。
一つの曲を二人で聴いて、また違う曲をコウとイメージして話せることがとても嬉しい。
こんな風に好きな音楽の話している時が一番楽しい。
それも私が密かにいいなあと思っているコウと。
その後レコード店でロックのLPを一緒に見ながら話してコウとの楽しい時間が流れた。
夕方になり、涼しくなって来た外を歩いて大通公園に向かった。
昼間はからっと暑かったけど、少し風も出てきて噴水の吹き上げる水が揺れながらきらめいている。
噴水の心地よい水音と周りのざわめきに包まれて、コウが言った。
「実は俺、前からミキのこと気になってたんだ」
「コウが」驚いて彼を見つめてしまった。
「うん、俺ミキが好きなんだ」
とても信じられないけど、コウは確かに私を好きって言った。
「ミキ、俺と付き合ってほしい」
コウは褐色の瞳で問いかけるように私の目を覗いた。
これは現実なの、素敵なコウをもっと近くで見つめていいの。
「びっくりしてる、本当に私でいいの」と聞き返したらコウがうなづいた。
もっとコウの瞳や、好きな曲を想ってる顔をそばで見ていたい。
「あの、私も前からコウのこと素敵だなって思ってた。だから私と付き合ってください」
そう言ってしまった。
ちょっと俯いていたコウは顔を上げた。
とても真剣な表情が一瞬覗いて、すぐに優しい笑顔になった。
「ありがとう、すげー嬉しい」
「私も、嬉しい」
コウは右の手のひらを差し出して低い優しい声で言った。
「手、つないでいい」
うなづくと彼は私の左手をすくい取り、手の甲に一瞬唇をあてて、それから手をつないだ。
温かな柔らかい感触と伏せられたコウの睫毛と寄せられた眉と。
こんな経験したことない。
しかもコウにこんなことされるなんて。
心臓の鼓動を大きく感じて頬が熱い。
「新ちゃんもミキのこといいって言ってたんだよ」
「あの、打ち上げの時言ってたね」
この前の新ちゃんの小学生みたいな行動を思い出して少し笑ってしまった。
軽い感じで気に入ってるって意味だと思ってたけど。
「いや、前に新ちゃんと話した時に俺もミキ狙うからって言われた」
「それは本気でってこと」
「うんそう、でも俺も本気だから渡さないって言った」
コウはつないだ手を持ち上げて私を見つめた。
彼の声と仕草にドキドキしてちゃんと顔が見られなくて、何とか会話を続けてく。
「新ちゃんてコウの先輩だよね」
「それは関係ない、でも俺今日は怖かった。ミキに振られちゃうかなって」
「怖かったの、コウが」
彼はうなづいて、つないだ手に少し力を込めた。