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You Really Got Me  作者: のすけ
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水がない噴水で 

 十二月、Darwinはまた東京で対バンライブに出演した。

 東京のFMでも紹介されて、八月より着実にお客も増えてるみたい。

 最新作の赤いジャケットのデモテープは今後CDで発売される。

 これからは設備のいいスタジオで専門のスタッフが付いてレコーディングできるし、ジャケットもプロの人に作ってもらえる。

「でも俺はまたミキにジャケを作って欲しい。意見通るように実力勝負するから」

 ユッケが言ってくれた。

 ライブも四月からはマネージメントを通すので、自分たちで計画するライブは二月の札幌が最後になる。

 それと、デビューが決まった今は新曲をライブで披露することは止められているそうだ。

 だから最後のライブまでは、これまで作ってきた曲を演奏する

「ということはさ、何曲作ろうがミキにだけ聞いてもらうよ」とコウは言った。


 一月の今日は、細かい雪が降り続いていて、窓枠にももう五センチ以上は雪が降り積もっている。

 外の音も雪に吸い込まれて静かでコウの部屋は小さなストーブが暖かく、私とコウの二人だけ。

「うわあ、いいの。新曲独り占め」と言ったらコウも声を立てて笑ってギターを手に取った。

「聞いて欲しい曲があるんだ。タイトルはまだ付いてないけど」

 もっとゆっくりと、時間が過ぎてくれたなら。

 でも、それからの日々はこれまでよりもっと早く、飛び去るように過ぎて行った。


 二月の札幌ラストライブは、久々に私とカズネ先輩とチエちゃんとで受付をした。

 来てくれた先輩たちや友達や、他のお客さんに挨拶した。

「もうこうしてDarwinのライブの受付に立つこともないのか、やっぱ寂しいね」とチエちゃんが言って、

「みんな大人になったね」とカズネ先輩も言って、私もうなづいた。

 カズ君も旭川の大学から、ラストライブを聴きに帰省して、みんなと肩を抱き合った。

 ライブの後はファンクラブ主催の壮行会。

 東京のライブにも来てくれてる子達が「これからも追っかけます」と宣言して祝福してくれた。

 メンバーみんなで挨拶し、最後にコウがセイと考えたお礼のメッセージとしてCarole Kingの優しい温かい曲『You’ve Got a Friend』を弾き語りした。

 みんな泣いていた。


 そして三月一日。

 コウ、ユッケ、セイの三人は高校を卒業し、Darwinも高校生バンドを卒業した。


 デモテープやフライヤーを置かせて応援してくれたショップ、練習時間をおまけしてくれたスタジオ、対バンに単独ライブ開催でお世話になったライブハウスやたくさんの人たちへ。

 メンバーみんなで挨拶をして回った。

 札幌での、コウと私に残された時間は少なくなった。

 それなのにコウとの間には、すごく静かで穏やかな時間が流れていて、一緒に買い物したり音楽を聴いたり、うちに来て家族にも挨拶してくれた。

 コウの高校の後輩になった弟の清隆が「コウ先輩、頑張ってね」と言うと、

「頑張るよ。清隆も、このおっとりした姉ちゃんを頼むな」

 コウは私を見てニヤニヤして言い、私は生意気なコウを睨んだ。

 私がコウを描いた油彩画が手元に戻ってきたので部屋に置いている。

「懐かしい」とコウは眺めていた。

「そのうち、ちゃんと額に入れてあげるね」

「別に。ミキのそばにいつも居られるだけでいいよ」

 コウが嬉しそうに言うから、私はそんなコウがまた可愛くなった。

「でも着替える時は裏返すよ」

「そういう時は目をつぶるから、そのままでいいよ」

「そんな絵怖い。やっぱり押入れに入れておく」

「自分で描いたくせに、そんなこと言うと」

 コウはずるい顔になって、私の頭を抱き寄せると額にキスをした。


 三月十七日。

 Darwinが四人で札幌を発つ日は、札幌駅で見送ることになった。

 平日で朝早いから、仕事がある先輩方は来られない。

 聖美さんも今日は来られないけど、追っかけ東京でのみんなの引越しを手伝いに行くと言っていた。

 チエちゃんとタッキーと、セイの歩ちゃん真ちゃん姉妹と私で見送る。

 セイの彼女由美ちゃんの姿はなかった。

「セイは由美ちゃんと別れたんだって」

 チエちゃんに聞いた。

 由美ちゃんは以前「私もセイと東京行きたい」と言っていたな。

 セイはギターケースを背負って、タッキーが撮った写真を見ながら姉妹とケンと話している。

 最後のライブの時の写真をタッキーは焼き増しして、みんなに渡してくれた。

 私もコウと写真を見た。

 ついこの間のことなのに、すごく懐かしく感じる。

 ステージ下から、唄ってるコウを捉えたのがあった。

 コウはステージライトに照らされて、汗まで光って綺麗に見える。

 でも、何か別の強い光に包まれているように見えた。

 言葉で言い表せない光に。


 一昨日、コウと二人だけの時間を持ったその時は、我慢できなくてコウの胸で少し泣いてしまった。

 でも、もうジメジメしたくない、コウに心配させたくない。

 いつもみたいにコウと話して、そして見送るんだ。

 ライブのコウの写真を見ていたら、いつか私は微笑んでいた。

「コウ、この写真いいね」

「終わりの方のやつだね、何唄ってる時かなあ」

 一緒に写真を覗き込む。

 二人寄り添うだけで気持ちが温かくなるのに、こんな時間さえ手が届かなくなってしまうんだ。

 最後の瞬間まで大切にしたい。

 お互いの笑顔だけ心に刻みつけたい。

 出発の時間が迫り、入場券を買ってホームに向かった。

「落ち着いたら連絡するからね」とユッケが言って、

「ありがとう」「気をつけてねー」と色んな別れの言葉が飛び交う。

 ライブの予定も今は白紙で、今後は自分たちでは決められない。

「次のライブで会おうね」と、

 これまでみたいにそう言い合えないのがもどかしい。


 電車が音を立ててホームに滑り込んで来た。

 巻き起こる風の中、コウが不意に顔を寄せて「ミキ、これ」と封筒を手渡してくれた。

「ミキに手紙書いた。後で読んでね」

 コウと指が触れたら、温かかった。

 そうしてみんなは電車に乗り込んで、手を振った。

 さようならじゃなくて。

 でもこれからの日々にまだ何の約束もないまま、私たちはそれぞれの日を歩き出す。

 ホームに残って動き出す電車を見送った。

「ミキ大丈夫」

 電車が見えなくなって、チエちゃんが言ってくれた。

「うん。大丈夫」

「落ち着いたら遊びに行こうよ」

「うん。チエよろしくね」

 春のまだひんやりした乾いた空気と、やけに明るくて暖かい陽射しがある。

 一人の心を持て余して、私は大通公園に向かって歩いた。

 公園の中は所々雪が溶けたり残ったりして、冬と春とがせめぎ合っている。

 この風景は、Darwinのこれからを願う気持ちと、コウと離れてしまった今の思いとでぐしゃぐしゃの私の心に似てる。


 三年前の八月の暑い日。

 きらきらと光る水を噴きあげる噴水があるこの場所でコウが「付き合って」と私に言ってくれたんだ。

 その同じ冬の放課後には、二人ここで初雪を見て、コウがその時の想いを曲にしてくれた。

 二度目の夏には、ここで私は展覧会のためにコウをスケッチした。

 ギターを弾きながら唄うコウは、今日見たライブの写真のように、淡い光に包まれていた。

 秋の稲妻が閃く激しい雨の中。

 コウと一つの傘に入って歩いたこともあった。

 怖くてドキドキして、でもコウの腕が温かくて安心した。

 そして三度目の冬に、コウにプロポーズされた。

 驚きと嬉しさとともにコウの本気の言葉をはっきりと思い出す。

「俺今日で十八になった。この日を待ってた。ミキを心の全てで愛してる。俺と結婚して下さい」

 すごく悩んだ。

 悩んだことで知ったんだ。

 私もコウと同じだけ、コウを心の全てで愛してる。


 今は水の出ていない噴水の淵に腰掛けて、私はコウからの手紙を取り出した。

 コウからの初めての手紙は、薄いグレーの紙に青いインクの万年筆で書かれていた。



 未希へ


 今日までそばにいてくれて本当にありがとう。

 プロポーズは本気だった。

 でも、完全に実力不足なのに言葉だけぶつけて無責任だった。

 未希が好きで離れたくない気持ちは、俺をめちゃくちゃにする。

 未希と離れることを考えると受け入れられなくて、すごく焦っていた。


 でも、本気だけじゃダメだから。

 未希のそばには自分で納得できる俺じゃないと立っていられないと思った。

 中途半端な俺は見せたくない。

 もし俺が自分の弱さに負けるようだったら、

 二度と未希の前に現れない覚悟を決めた。

 今は離れるしかないってわかったけど、

 これを本当の最後にはしないから。


 夢を叶えて、もう一度未希の隣に立って

 その時、同じことを言う。

 未希と一生の約束をしたいと思ってる。

 俺の心の全てで。


 1986年 3月17日


 秋本 洸



 春の風がまだ冷たくて、残った雪に反射する陽射しも強くて眩しい。

 視界が曇ってぼやけて来た。

 コウが一人でこの思いを噛み締めているのなら、私も一人でこの思いを抱きしめて泣く。

 強くなろう、お互いに。

 You really got me  いつだって。いつまでも。



 完







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