勝負の時
十一月の対バン後にユッケから重大発表があった。
Darwinが東京でのアマチュアロックコンテストのデモテープ選考を通過し、本選に進出できることになった。
「すごいじゃん、やったね」とチエちゃん。
「見に行きたいなあ」と私。
応募曲はコウの書いた『初雪』だから。
コウと私が二人で見た初雪をテーマにした曲だから思い入れがある。
「でも一曲やるだけで勝負だよ」とコウ。
「あっちに持っていくデモテープも準備する」とケン。
メンバーがうなづき合う。
優勝バンドは主催する音楽誌での紹介やメーカーからの機材のプレゼント、賞金三十万円、優勝後一年間のデモテープ頒布に推薦がつくという特典がある。
優勝したい、これを勝ち抜いて来年は札幌で単独ライブをやりたい、と話すみんなといると闘志が移るように私もいろんなことに挑戦したくなる。
今月は、私が志望する大学美術科の願書提出がある。
先月の全道展では、ギターを弾くコウを描いた油彩画が入賞して、また近代美術館にコウと足を運んだ。
「俺ってこんな感じ」
コウと絵を見ている時にそばに来た女の人が彼を見て「あら」と言って絵と見比べて笑った。
コウのお母さんと聖美さんも絵を見てくれて、コウが一心に音楽に向かっていることを
「ミキちゃんはわかってくれてるんだね」とお母さんが言っていたそうだ。
音楽と一緒の時のコウは言葉では言い表せない光に内側から満たされているようだ。
それを私なりに描くことで表現できたかなあ。
私もコウもそれぞれにやりたいことがあって一緒に少しずつ歩いて行ってる。
けど、高三の私よりも高二のコウにとって、これからの進路の問題が迫って来ていた。
コウはこれまで、家での約束もあり大学進学を前提に勉強とバンド練習をすごく頑張っていた。
「ロックのおかげで英語は得意、水球もあった頃より全然楽」と言ってたけど、オリジナル曲を演奏するようになってからDarwinでデビューしプロになりたいと強く思うようになった。
両親にも理解して欲しいと、話をしていた。
以前他のメンバーともそんな話になった時、ユッケは「俺んちは兄貴が親父の会社継ぐだろ。親父は兄弟でやってくれたら助かるとは言ってるけど、弟もいるしさ」と言った。
ユッケのお父さんは配管の会社を経営している。
コウのお父さんは建設会社に勤めているそうだ。
「コウは聖美姉ちゃんと二人で長男だから、どっちかと言うとおばさんの方が厳しいよな」
「親父は意外と、ちゃんと食っていければいいみたいな感じだな。お袋はとにかく大学行けって言う」
コウのお父さんにはまだ会ったことはないけど、コウに彼女がいるとわかった時「女の子に迷惑かけたり泣かすような真似はするなよ」と言ったそうだ。
ケンの実家のお寿司屋さんは、既にお兄さんが職人の修行をしている。
ケンは高校の先生になりたいと思っていたそうだけど「ロックやりたい、オリジナルは桁違いに面白いし俺はプロを目指したい。いざとなったら家出て暮らすことも考えてバイトして金貯めてる」と言った。
ケンはコウ達の勉強を助けてくれることもある。
セイのうちは美容室で、お姉さんと妹がいてセイも美容師になることを考えていた。
けど中学からロックギターを始めて、高校生になってからはバンドに熱中し「Darwin最高、もっともっと本格的にやっていきたいと思ってる」。
セイのお姉さんの歩ちゃん、妹の真ちゃんもDarwinのファンでよくライブを聴きに来てくれる。
コンテスト本選はこれからだけど、真剣にプロを目指して活動を続けていくには相当の覚悟が必要になるだろう。
Darwinの応援で私に何かできることを考えた。
そして、増えて来たファンの為に短信や今後のライブ情報を入れたフライヤーを作ることにした。
ユッケにその原本を預けて、彼のお父さんの会社のコピー機で印刷して、それをライブ会場に置いたりデモテープと一緒にショップに置く。
ライブの生写真が欲しいと言う子たちのためには、タッキーが撮ってくれる写真をミニアルバムに入れて受付に置いた。
焼き増しも何枚かずつ入れておいて、その場で分けられるようにした。
最近バンドでは、永井君がPAに入る時に合わせてライブ演奏の録音を頼んでいた。
その中からいい演奏を選んで、今度はライブ版のデモテープを作るためだった。
永井君はツテがあるスタジオ関係の人に頼んで、ライブ盤を作るときの編集の協力を取り付けてくれた。
冬休みが来た。
ロックコンテストの前日、コウ達を札幌駅まで見送りに行った。
コウとユッケと一緒に聖美さんが来ていて、私に気づくと笑顔で手を振ってくれた。
セイは今朝も髪をツンツンに立たせていて、同じ高校の彼女の由美ちゃんと歩ちゃん真ちゃんの姉妹と一緒だ。
ケンもまもなく来た。
「おはようミキちゃん」と言って聖美さんは私とケンに紙袋をくれた。
「おはようございます。聖美さん、これ何ですか」
「カップケーキ作ったから、食べて」
「姉ちゃん唐揚げ美味いわ」
ユッケが口をもぐもぐしながら言いに来る。
そして「祐介、行儀悪い。電車で座ってから食べな」と聖美さんに注意された。
「お前は、ほんと聖美さんに注意されたがりだな」とケンに言われながらもユッケは嬉しそうだ。
「今朝お弁当も作ったんだよね。コウもさすがに緊張したのか朝ごはん食べないしさ」と聖美さんが言うから
「そうなの」私はちょっと心配になった。
「寝坊したからだって」
コウが聖美さんに仏頂面で言う。
「あ、ミキちゃんにコウの面白い話してあげる」
「いい、聖美もう帰って」
遮るコウを押しやって聖美さんは私の耳元で小声で言った。
「コウさあ、夜にコーヒー持って行った時ヘッドフォンして勉強しながら『あー、離れたくねー』って独り言言ってた。後ろから肩をポンてしたらすっごい慌ててた。なーに考えてたんだかね」
コウ。
Darwinでデビューすることと、その先を想像していたのかな。
私は地元の大学に進学すると決めて、コウも応援してくれてる。
けど、コウの夢に近づけば近づくほど、この先二人一緒にはいられなくなるだろう。
それを思うと私も胸がざわざわして痛くなる。
でも今はただDarwinを応援してる。
コンテストに優勝してほしい。
由美ちゃんがセイのギターケースにセイそっくりなフェルトのマスコットを付けてあげているのが見えた。
可愛い。お守り代わりかな。
コウは今朝左手首に、私が去年のクリスマスにあげた手作りの黒いビーズのブレスを着けていた。
これはライブの時にもよく着けてくれていてる。
私も今、左手首にコウから貰った金のブレスを着けていた。
二人とも同じ事に気がついて目が合うと、コウはブレスに触れて見せて「明日は勝つ」と言った。
私も笑顔でコウにうなづいた。
みんなを見送ってから待っているだけの二日間は長く、勉強もあまり手につかなかった。
気もそぞろ、ってこういうことをいうんだな。
結果が出たらとりあえず電話する、とコウが言ってくれて家族にも話していた。
「コウ君、もう歌い終わった頃かな」と母も言っていた。
夕方にやっとコウから家に電話がきた。
「ミキ、俺。優勝決めたから。これから帰るわ」
「え」
「獲ったぜ、優勝」
「えー本当に、本当にホント」
電話口で大きな声が出て母が廊下を覗いた。
母に大きく頷いて見せると、伝わったようで笑顔で引っ込んだ。
「ホントホント、早く会って話したい。帰ったらね」
すごい、Darwinすごい。
四人の力がこうして一歩ずつ夢を現実にしていくんだ。
そう感じたら力が湧いてきた。
コンテストではメタル寄りの曲や元気な早いテンポの曲を演るバンドが多い中、Darwinはバラード系の『初雪』で勝負した。
審査員からは力強い演奏やオリジナル曲とボーカルの声がマッチしていて斬新だし、詞も日本語を意識して北海道独特の季節感が感じられて良いと言われたそうだ。
「賞金でまたデモテープを作って、単独ライブやるぞ」力強くコウが言った。
少なくともあと一年は。
すぐそばでコウを応援できるし見ていられる。
その先は、と少し思ったけど、私はすぐにその思いを振り払った。




