表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
You Really Got Me  作者: のすけ
17/27

傷あと

 夏休み明けの学校は、友達といろんな報告が飛び交う。

 去年の夏にコウと付き合うことになった。

 その時は、学校が違うし写真もまだなくて「コウ君てどんな顔」って友達にコウの似顔絵を描かされて。

 その後、学校祭にコウが来たのだった。

 彼がいて、この夏休みに私と同じ経験をした子が二人いた。

 私たちは、お互いの世界一大事な秘密をひっそりと報告しあった。

「彼の自転車に二人乗りして、怖いから彼の背中に顔くっつけて付いて行った」

 という友達。

 私も、あの海の日の夕方はコウの背中だけ見てたな。

 もう一人は「ついにヤツを男にしてやったよ」と言った。

「えー」

「余裕だね」

 もう一人の子と返して、ふとこの前感じたことを言葉にした。

「何かコウ、初めてじゃないような気がした」

「何で」

「え、どんなとこが」

「何でだろ、うーん。私が怖い思いしないようにとか考えてくれてる感じかな」

「コウ君、もてそうだからね。わかってそう」

 わかってる、のかな。

「優しいねコウ君って。でも今高二でしょ、もしそうだとしたら早くない」

 二人に言われた。

 私はコウのこれまでをよく知らないし、誰と付き合ったとか聞こうとも思わなかった事に思い当たる。

「そういう事って聞いた事ある」と言ったら、二人とも全部は知りたいと思わないけどちょっと気になる事は聞いてると言った。

 でも、コウが女の子に慣れてるというのとも違う気がする。

 深く触れ合う事って、一歩間違えば相手を怖がらせたり傷つける事にもなりかねない。

 だから、すごく気をつけて私にそういう思いをさせないようにしてる、気がする。


 Darwinの九月の対バンで、すごく久しぶりにアヤカに会った。

 去年のクリスマスライブの時以来だった。

 アヤカは金髪から黒髪に変わっっていた。

 アクアブルーのミニ丈ワンピース姿で相変わらず可愛い。

 けど、ちょっと痩せた感じで、左手首には水色のリストバンドを着けてる。

 DarwinがオリジナルをやるようになってからShuffle Rosesとの対バンがないので、アヤカとも彼氏ミッちゃんとも会ってなかった。

「ミッちゃんのライブに行ってるの」と聞いたら、

「ううん、別れたの」とアヤカが言った。

「え、そうなの」

「そう、浮気されたから」

 ミッちゃんはカッコいいし凄くもてる。

 それで去年のクリスマスライブでは、熱心な女の子のファン達とアヤカの間でトラブルになった。

「他の女と手を繋いで歩いているところにバッタリ会ったの」

「それは、言い逃れできない感じだよね」

「ススキノでだよ。私、親の店の手伝いに行く途中だったの。でもそれ見て『なにこれ』って言って、結局また暴れちゃった」

 その場でミッちゃんをひっぱたいてしまい、一緒にいた女の子の顔が引きつって、逃げるように帰って行った。

 アヤカはいきなり切れてしまって、ミッちゃんに済まないと思った。

 けれどミッちゃんの部屋で彼を問い詰めてるうち、また凄く腹が立って、

「気が付いたら叩いたり、首絞めたりしてた」。

 ミッちゃんは浮気を認めて謝ったけど「お前ヒステリーかって言われて」。

「私、腹立つと見境なくして手が出ちゃう。そして後から自分が嫌になる、その繰り返しが嫌で別れて。でもそしたら今度はこうなっちゃった」

 アヤカは左手首につけていた水色のリストバンドをずらした。

 白い手首の内側に赤い筋が横に幾つも走っていて、傷の赤さが痛ましい。

「切ったの」

「落ち込んだ時にカッターでやった」

「こんなに。もともとアヤカが悪いわけじゃないでしょ。一人で痛い思いしたら駄目だよ」

「ミッちゃんの事は好きだけどやっぱり許せないし、モヤモヤしてるとたまんなくて」とアヤカは言った。

 一緒に受付でそんな話をして、その後はDarwinの演奏を聴いた。

「元気でるよ。コウもユッケもいい曲作るよね」

 そう言ってアヤカはデモテープを買って帰ろうとした。

「みんなに会っていかないの」

「色々あったし今日はいいかな。ミキちゃんはコウと続いてるんでしょ」

「うん。ゆっくり一緒にいることあんまりないけど、何とか」

「羨ましいな、今度話聞かせてよ。電話して」

 アヤカはカウンターにあったフライヤーの裏側にかわいい丸文字で電話番号を書き、武藤彩香と名前を書いた。


 パンケーキに模様やイラストを描いてくれるお店があって、彩香と一緒に行った。

 彩香はコウと幼馴染みだし、私よりずっとコウのことを知っていると思う。

 それに彩香は可愛いし。

 恋愛とか私より経験値が高いと見込んで、思い切って心の中に横たわっている疑問を彩香に話した。

「コウとミキちゃんって、やっぱりそうなったんだね」

「やっぱり、なの」

「うん。去年のライブで久々にコウに会った時、本気だなって思ったもん」

 それから聞いたことにすごいショックを受けた。

「コウの初めてって多分、私の姉ちゃんだよ」

 彩香のお母さんは一度離婚して、彩香が小四の時に再婚した。

 再婚したお父さんには彩香の四歳上の女の子がいて、千佳さんと言った。

 出会った頃は、綺麗で可愛いお姉ちゃんができたと思って嬉しかった。

「でも千佳はすごく性格悪くて」

 両親の目がないところで彩香を虐めて、大事にしているものがなくなったりした。

 態度が生意気と言われて影で抓られたりの暴力もあったけど、親には言えなかった。

 冬の最中、家の鍵を忘れて出掛けて戻ったら、千佳さんがいるはずなのにチャイムを押しても扉を叩いても開けてくれなかった事もある。

「大きい音でテレビ見てて全然わかんなかったってケロっとして」

 コウとは当時よく一緒に遊んでいた。

 彩香の家では猫を飼っていた。

 コウも猫が好きだったけど、お母さんに家では飼えないと言われていて、彩香の家のハナと言う猫を可愛がっていた。

 千佳さんもコウのことは気に入っていて、コウが来てると機嫌よくお菓子をくれたりしたそうだ。

「私、中学あたりからコウのことちょっと好きだった。でも中二の時に千佳にばれたみたい。きっと彩香の日記勝手に読まれてたからだと思うんだ」

 ある日突然千佳さんに言われた。

「コウ君さあ、千佳と付き合う事になったから勝手に二人で遊ぶとかなしだからね」。

 そして「もう千佳のものなんだから、手出そうとかしたら殺すよ」と言われた。

 その頃コウとは友達の距離を保って接していた彩香は何も言えなかったけど、いつの間にそうなったんだろうと思ってすごく不思議だった。

「千佳は高三で学校だって別だし、もう全然意味わかんなくて。でもコウは千佳と付き合ってるみたいな事言ってなかったし千佳と二人でいるとこも見た事ないし。でも、その頃からコウはうちにハナを見に来なくなったんだよね」

「千佳がコウに彩香の悪口とか言って、コウに避けられてるのかなと思った」

 割り切れない思いが流れる中千佳さんとは一層険悪になった。

 彩香の心は擦り切れて、イライラしたりちょっとしたことで泣きたくなったり不安定になった。

 その頃中学のクラスでコウの隣の席になった。

「コウを見てたら急に、どうして千佳なのって思って。ものすごく悲しくて、すごく悔しくて変になって」

 発作的にコウの手にシャープペンシルを刺した。

 ちょっとした事でキレて暴力的になる彩香の様子から、お母さんも彼女が辛い思いを押し殺している事に気づいた。その後色々あって、また両親は離婚したそうだ。

 千佳さんに会うこともなくなり、離婚に伴って彩香とお母さんも家を引っ越した。

 それで、コウと会う事もなくなった。

「その頃はわからなかったけど、今ミキちゃんと話すとすごく辻褄が合う。なんかまた腹たつ」

 彩香は綺麗な顔を歪めた。

「ごめん彩香。嫌なこと思い出させて」

「ううん。私は千佳がコウにちょっかい掛けたって気がする。あの人見た目悪くないし口が上手かったから。でも十四歳相手とかちょっと犯罪じゃない。コウは話すと私の家の事情に触れると思ってるだろうけど、ミキちゃんに隠す気はないと思うよ」

 事実はわからないけど、心に鋭い針を刺されたように胸が痛い。

 私、知らない方が良かったのかな。


 アヤカと話してからしばらくして、またコウと二人きりで過ごした時、ついに私はコウに問いかけた。

「コウ、私コウとが初めてだったの」

 私たちは並んで横たわり、私はコウの腕に頭をあずけていた。

 コウはうなづいて私の髪を撫でてくれた。

「コウは初めてじゃなかった気がした」そう言うとちょっと間があった。

「どうして。気になった」

「コウがすごく優しいから。何でかそんな気がしたの」

 コウは私を胸に引き寄せて抱きしめた。

「中二の時。もっと俺がガキで、今より自分の心が体を乗りこなせてない時にそういう事があった」

 ああ。きっと彩香の言った通りだ。

 思い出すと悲しい気持ちがよぎる。

「ミキ、悲しくさせたの」

 コウは私の目を覗き込んで、浮かんだ涙に気づくと私の瞼に口付けた。

「ミキ愛してるよ。俺のこと嫌になった、どうしたらいいの」

 コウの唇の温かさを感じて。

 ふいに、私は何を悲しんでいるんだろうと思った。

 コウの心が流れ込むように思えて、涙と一緒にわだかまる何かが洗い流された。

 コウはこんなにちゃんと、私を見て愛してくれているのに。

「ちょっとびっくりしただけ、もう大丈夫。私コウを愛してる、だからこうしてるの」

「俺はミキと二人の心がちゃんと繫がってることを幸せに思ってる、本物だって。こんな思いは俺も初めてなんだ」

 コウの言葉を聴きな柄も涙が頬を伝い流れていくけれど、裏腹に私は笑顔になっていた。

 泣きながら、笑いながらコウとキスして、だんだん心が落ち着いて温もりを取り戻す。

「わかってくれた、この気持ちも曲にしていい」と言われた時にはもう声を立てて笑ってしまった。

「今はダメ」

「じゃあもっと大人になったらいい」

「うーん。考えておく」

 胸いっぱいの思いを少しづつ二人の心と体で形にするの、コウとなら怖くない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ