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You Really Got Me  作者: のすけ
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たった一つのリズム 3

「コウ、足がつかない」

 波の揺れもさっきより大きく感じる。

 コウは振り返った。

 黙って私の両頬を手で包んで強い視線で見つめたかと思うと、急に唇にキスをした。

「え。コウ、みんなに見えちゃうよ」

 すごく焦って急にドキドキした。

 泳いでいたコウの日焼けした首筋から肩や胸にかけて、波の雫が光を弾きながら伝い流れている。

「大丈夫、わかんないよ」

 コウはまた笑顔になって、どうしてか余裕に見える。

 少し高い波が来てその波に乗って持ち上げられたかと思ったら沈んで行く。

 そのタイミングでコウはまたキスしてきた。

「コウ…」と言いかけたまま二人とも波をかぶった。

 コウは私を抱き寄せて頭を後ろから支えてキスを続け、また浮き上がるタイミングで離れた。

 頭からぐしょ濡れになって本気で困る私に向かい、キラキラと雫を落としながら笑う余裕めかしたコウ。

 ちょっと腹が立って来て睨んでやった。

「ふざけて、コウの意地悪。もうこんなの駄目、戻ろう」

 そう言ったらコウはさっきまでの笑顔を引っ込めて、

「ごめん。でもふざけてないよ。ミキが可愛くて本当は誰にも見せたくない」

 と言うと背を向けて素直に浮き輪を引っ張り、岸に向かいだした。

 私は何も言えなくなった。

 さっきまで強引なコウに戸惑っていたんだけど。

 でも今のコウの言葉に心臓の鼓動がせわしなくて落ち着かなかった。

 岸に戻るとその後は音楽を聴きながらおしゃべりしていたチエちゃん達と合流した。

 みんなと焼肉を食べたりしてお喋りをした。

 大きなスイカもあってジャンケンして割る人を決め、カズ君が目隠しされてスイカ割りをして盛り上がった。

 カズ君はカズネ先輩が切り分けてくれたスイカを「はい、カズ」と手渡されて、耳を真っ赤にして食べていた。

 チエちゃんは、オンちゃん先輩と同じ色のかき氷を一緒に食べていた。

 とてもとても楽しくて幸せな高3の夏休み。

 この夏が過ぎたらこんな風にみんなと遊ぶのももう終わりかな。

 それを思うとなんだか切ない。

 それと波間で「本当は誰にも見せたくない」と言ったさっきのコウの言葉がずっと頭に残っている。

 私はまたパーカーを取り出して羽織っていた。

 コウは今サングラスを掛けていて、表情が読めない。

 波間のキスは本当にみんなには気づかれていないようだし、何事も無かったようにコウも私の隣でみんなと笑っていた。

 普段のコウはこんな強引なことしないのに。


 あの六月の夕暮れの中、一緒にコウの部屋にいた頃から。

 二人とも気持ちが好きを超えて、誰にも入り込まれたくない思いが強くなっている。

 二人でいると時間さえ見失ってしまいそう。

 古い大きな緑の肘掛け椅子に掛けて一緒に音楽を聴いてて、コウは後ろから私を抱いている。

 コウが低い声で小さく「俺の彼女」と囁いて耳や項にキスをされると、暖かく痺れたように体の力が抜けてしまう。

「私の心で深く輝くトパーズみたいなコウ」

 そう言ったら「ミキは俺の綺麗な謎の世界」とコウが言った。

 付き合って一年が経って、だんだんと二人の想いは濃度を上げて、思い出すほど胸が苦しくなる。

 さっきだってもし二人きりだったら。

 私、コウに駄目って言えなかったかも。

 ねえコウはどう感じてるの。

 でも、聞いてしまったらその先は。

 少し怖い気持ちが優って聞けずにいた。


 楽しかった海水浴は夕方近くに札幌に戻って解散し、街中で私はコウと二人だけになった。

「ミキ」

 コウが手を繋いできて言った。

「さっきのことごめん。怒ってる」

「怒ってないよ、怒ってるっていうよりさっきは困ってたの」

「そうなの。俺、あの時はミキを独り占めしていたい気持ちに負けた。見られてもいいって思った」

「それは。私は、コウとキスするのはすごく大事な秘密だから、いや」

 小声になってしまう。

「俺、悪いことした。でも今もやっぱり独り占めしたい。ミキ、俺に着いてきてくれない」

 とコウも少し小声で言った。

 コウは眉を寄せて真剣な眼をしていて、見てると胸が波立つ。

 それがだんだん激しくなってくる。

「いやならそう言って。ちゃんと送るから」

 今日の波間のキスを思い出さずにはいられなかった。

 いや、じゃない。ただ何となく怖いの。

 覚えのない、足のつかない深みが待っている気がして。

「怖い」

 無意識に私は呟いていた。

「俺も」とコウが言った。

 そうしたら急に私はコウと怖さを共有したくなった。

「コウについてく」

 彼の顔が見れなくて俯いてしまう。

「コウとなら、一緒なら怖い思いしてもいいよ」

「させない。怖い思いなんて」

 コウはつないだ手の指先にそっと唇を当てた。

「ちゃんと言うね。俺だけのものになってほしい。わかる」

 立ち止まってコウが言った。

 私も今度は顔を上げて、コウを見つめてうなづいた。

「わかる。いいよ」

 二人で歩き出したら乾いた夕方の風が少しだけ涼しかった。

 でも、つないだコウの手が熱い。

 もっともっとしっかりと繋いでいて欲しくて私は少しコウに寄り添った。

 それから私とコウは一緒に怖さと羞恥を飛び越えて、お互いの気持ちを深く感じた。

 コウが私を見て、私の心も身体も捕まえてる。

「愛してるミキ。俺だけのものになって。俺を愛してくれる」

「愛してるよコウ。私だけのコウ」

 私もコウを見て、コウの裸の胸に耳をつけて心臓の鼓動を聴いた。

 心地よくてかけがえのない音、たった一つのリズム。

 私が戸惑うとコウは抱きしめてくれて、怖さはいつか消え失せていた。

「コウの全部が好き」

「俺も。ミキ」

 思いも体も一つになって、こんな嬉しいこと、ない。

 コウは本当に優しくて私を安心させてくれた。

 だけどコウがすごく優しかったから、大切に扱ってくれたからこそ何となく感じたことがあった。

 コウはもしかして。

 初めて、じゃないのかな。

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