初雪 3
地下鉄で私の家の近くの駅まで一緒に来て、たまに入る喫茶店に寄った。
低くジャズが流れている。
ライブパーティーの会場とはまるで別世界みたいに落ち着いていて、静かだった。
「俺、今日のライブをミキへのクリスマスプレゼントだと思って頑張ったんだけどな」
「コウがスタートのMCしながら、探してくれてるなーって、私思ってた」
「わかった」
「わかるよ。何か、話し方の間とかで」
「そしたらさ、チエがステージの下からメモ渡してきた」
コウは黒いジーンズのポケットから白い紙切れを出した。
チエちゃんの字で『ミキは急用でどうしても抜けなきゃです。コウ、ガンバ!』と書かれていた。
「ごめんねコウ。やっぱり新曲聴けなくて残念だった」
「ミキ、謝るなよ。人の為に動いただけだろ」
コウの言葉を聞いていたら視界がぼやけた。
気づくとコウが指で涙を拭ってくれた。
「泣かないで。もう一つプレゼントあるからね」
「あ。私もあるよ。コウに」
気持ちが晴れてきて、私はコウにクリスマスプレゼントを渡した。
「ありがとう。凄く嬉しい」
「これ、作ったの。それとやっぱりTシャツにした。似合うから」
黒の大粒ビーズを編んで手作りしたブレスレットとコウの好きな黒のTシャツ。
Vネックでちょっと大人っぽい。
「着けてあげる」
そう言うとコウは照れた感じで笑って左手首のリストバンドを外し、その手に私はブレスを着けてあげた。
「じゃあ、今度は俺から。メリークリスマス」
コウはカバンから、金のリボンが掛かった黒い箱を取り出し渡してくれた。
箱を開けると、金のブレスレットだった。
小さなパールと星のモチーフが付いていて、とても可愛い。
「すごい。偶然二人してブレスだね。可愛い。ありがとう」
「そう、すごく驚いてた。今度はこれ俺に着けさせて」
コウがブレスレットを私の左の手首に着けてくれた。
ちょっと眺めて「思った通り、似合う」とコウは素早く私の手の甲にキスした。
それから二人でショートケーキを食べた。
「チエからメモもらった時目の前真っ暗になった。ミキに何かあったと思ったから。歌詞飛びそうになった」
すごく心配してくれてたんだ。
「ああ、新曲気になるなあ」と言うと、コウはカバンから紙束を出して「見て」と手渡してくれた。
それは『初雪』とタイトルが付いた譜面だった。
「詞も曲も俺が書いたんだよ。初めて」
コウが書いた曲は、11月の寒かった日に二人で見た初雪のことをテーマにしていた。
忘れない この想い
忘れない 初雪の今日
君の凍えた指を 暖めていたい
出逢いは 偶然じゃなくて
ただ目が離せなくて
俺の心 奪われた
儚いひとひらの全て違う形
舞い落ちる軌跡
消えてゆく場所
同じものはない
溶けない この想い
忘れない 今日の初雪
俺の手を離さずにいて
君の凍えた指を 離したくない
読んでると視界が霞んできた。
涙が頬を伝う。コウの想いはそのまま私の想いだった。
私の心の中にずうっとある問いかけにコウが曲で答えてくれる気がした。
コウも私に磁力を感じてくれてる、そうだよね。
「これが秘密の新曲」
コウは言ってまた指で涙を拭ってくれた。優しくて少し困った顔をして。
「ミキを二回も泣かせちゃった。どうしてあげたらいい」
「ちょっとだけ、コウに唱って欲しい」
そう言ったら、コウは私の耳元に向かって小さく唱ってくれた。
コウの声と息づかいが耳をくすぐる。
「私、この曲と同じ気持ち」と言ったらコウは、
「ミキがいたから出来た曲。ありがとう」と言った。




