初雪 2
女の子たちから悲鳴が上がった。
「ミキ、どうしたのこれ。何やってんの」
後ろにチエちゃんが来ていた。
「やだ。血出てる」
そう言う声で階段をアヤカの側に降りていく。
踊り場に倒れている彼女の額から血が流れていた。
息はしてるけど、名前を呼んでも目が開かず答えがない。
「アヤカ気失ったのかな、頭打ってる。ねえ、救急車呼ばないと」
私が言うとチエちゃんが、
「店の電話借りるわ。永井も呼んでくる」と戻って行った。
大学生達は呆然としていた。
すぐにまた永井君が来た。
「救急車呼んだ。中の人は気づいてない。この辺りに野次馬来ないようにしないと」
永井君は体格は小柄だけどプロのライブの会場運営のバイトも時々やっていて、落ち着いてるし動きが速い。
近づいてくる子達に、階段は使えないからと説明してくれていた。
「ミキは怪我した子の知り合いなの。この子一人、この感じだと病院一緒に行く人居ないと」
「知り合いだけど私まだフルネームも知らないよ。アヤカちゃんShuffle Rosesのミッちゃんの彼女なんだけど」
「そうなの。でもDarwinの後、トリ前に対バンのボーカル4人でクリスマスのスペシャルやるだろ。ミッちゃんもハモるメンバーだから、今抜けるのはまずいな」
「私付いてくよ。アヤカ一人みたいだし、ミッちゃんに出番済んだら来るように言ってよ。着いたら私病院からここに電話する」
「わかったけどでもミキ、Darwinのライブ始まっちゃうよ。俺もまた入んなきゃ」
「だって、このままにしておけないもん。私行くよ」
その時会場が暗転したようで中から歓声が聞こえて来た。
ああ、コウ達のライブが始まる時間だ。
永井君は戻って入れ替わりにチエちゃんが来た。
「ミキ、どうしよう。Darwin始まるよ」
「チエ、私アヤカちゃんに付いてくね。血が出てるし気を失ってるもん。チエに頼みがあるの」
コウに伝言を頼んだ。
やがて会場の歓声と拍手がひときわ大きくなった。
メンバー登場だ。
そしてコウのMCが少し遠く聞こえて来た。
「初めての人も、毎度の人もみんなありがとう。メリークリスマス、Darwinです」
歓声が上がる。
コウは今、MCしながら私を探してくれてるだろう。
中にいたらコウに合図を送ってるタイミングだ。
外からサイレンの音が近づいて来た。
ごめんね、コウの秘密の新曲今日は聴けなくて。ちょっと出かけてくるよ。
心の中で私はコウに話しかけてた。
アヤカは救急車の中で意識が戻ったけど、病院に着くと寝かされたまま検査に向かった。
病院の公衆電話からライブハウスに電話したらチエちゃんが出た。
「わかった。ミキ、コウには伝えたからね。今トリのバンドがもうすぐ終わるとこ。ミッちゃんと一緒にコウも行くって。だからもう少し頑張ってね」
「え、コウが。パーティ抜けない方がいいよね。大丈夫って言ってよ」
「速攻で行くってよ。心配してるんだって。いいじゃん、コウの気持ちなんだから」
「チエ、こっちこそパーティの準備任せちゃってごめんね」
「それは大丈夫。Darwin初の完全オリジナルなかなかの完成度だった。最高だったってコウに伝えてやって。あいつミキが救急車で病院行ったって言ったら、そこからもう上の空だから」
「えー」
「後ね、ライブは永井が録音してるから、編集してテープ渡せるってよ。ミキ良かったね」
「ほんと。それ凄く凄く、嬉しい」
検査が済んだアヤカは今度は車椅子で処置室に向かった。
途中、まだ青白い顔で「ミキちゃん、ごめんね」と言った。
廊下の椅子で待っていたら、ミッちゃんとコウが来た。
コウの姿を見たら私は急に体の力が抜けてホッとした。
「今、傷の手当て受けてるよ。頭ぶつけたショックで気絶したみたい」
「ミキちゃん、チエに聴いたよ。巻き込んじゃって本当にごめんね」
済まなそうにミッちゃんが言った。
「大丈夫です。でもアヤカ怪我してるし送ってあげて下さいね」
「うん。後は任せて」
アヤカが頭に包帯をして、今度は歩いて処置室から出て来た。
ミッちゃんを見ると泣きそうな顔になったけど、
「ごめんね。大学の子達と喧嘩しちゃった」と言った。
「痛いか」
「うん。ちょっとズキズキする。今日はウチで安静だって」
そしてアヤカはコウを見ると「コウごめんね、私また暴れちゃった。私のせいで今日ミキちゃんコウのライブ見れなかった。せっかくのライブ、ごめん、ごめん」と涙ぐんで頭を下げた。
「頭下げんな、じっとしてないと。座って」とコウはアヤカを止めた。
「アヤカ座って。他にぶつけたところないの」
「うん。肩とか痛いけど、打ち身だから湿布出してくれるって」
「アヤカ、ちゃんと寝て大事にしろよ」とコウが言った。
待合室でアヤカさん達と別れて、コウと玄関横の公衆電話まで来た。
「コウ、パーティは。店に戻った方が良くない」
「いい。ユッケに挨拶頼んだしミキの荷物も預かって来た。帰ろう。チエも無理しないでって言ってたよ」
確かにコウは私のコートや他の荷物まで持って来てくれていた。
あ。コート、着てくるの忘れてた。
コウはコートを着せ掛けてくれて、渋い作り声で「俺とお茶しようぜ」と言った。
自然と笑えた。
「ナンパ」
「そう、だから俺に付き合えよ」と言った。




