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9 エプロンをつけ作業室へ

 支給されたエプロンをつける。

 スーツの上からだと少し不格好なので、上着は脱いでからつけることにした。

 エプロンは藍色の、少し大きめのものである。胸ポケットのところに名札をつける。

 それだけでなんだか、自分が一人前の図書館員になったように思えてくる。

 だがしかしそれもつかの間で、ロッカー室にある鏡で自分を見ると、さほど似合っていなくて悲しくなった。



「ここが作業室」


 トイレを済ませた後、合流した依子さんに案内されて、私は少しこじんまりとした室内に来た。

 十畳ほどの大きさの部屋に、本棚やコピー機、作業用デスクなどが所狭しと敷き詰められている。パソコンも二台置かれている。


 ブラインドつきの窓もあったが一箇所しか空いていなく、窓のない白い壁面にはなんだか不気味な絵画が二枚飾られていた。

 ドアを開けて正面に窓、右側にパソコン席と絵画、左側の壁は本棚が埋めていて近くに作業用の長机が二脚向かい合わせに置いてある。


 本棚の近くには大きめのブックトラックが一台。

 “ブックトラック”とはキャスターが付いた小型の本棚のようなもので、一度に大量の本を積んで運べるようになっているワゴンのことだ。

 ここに置いてあるのは運搬時にキャスターのガラガラ音がほとんど聞こえない消音仕様のものである。


 って、依子さんから説明があった。


「資料に関する担当はいつもここで作業をすることが多い」


 依子さんは説明を続ける。


「クロユリも資料系の担当になったから、ここを使う機会は多いと思う」

「そ、そですね」


 私は生気のない声で答えた。


 この図書館に勤める非正規の従業員は嘱託職員とパート職員に分けられるが、嘱託は勤務時間がパートより長い分一人一人受け持ちの担当が決められているらしい。


 そして私は魔導書担当。資料関係の仕事の一つである。

 少なくとも今年度は、魔導書に関する業務は私が主導で行っていかねばならない。

 いきなり新人にそんな責任ある役割を任せてもいいのかって感じはするけれども。


「やってもらうのは、魔導書関連の仕事だけじゃない。カウンターに出ることもあるし、イベントとかの雑用に駆り出されることもある。ほかの人といろいろ連携しながら仕事をしてもらうことになるけど、魔導書関連の仕事はクロユリが中心になってやって。場合によっては私たちに指示を出す場面もあると思う」

「は、はいっ」

「前任者から引き継ぎがあると思うし、わからないことがあったら私を含めたみんなに聞くといい」

「よろしくお願いします」


 責任を感じながら頷く。昨日館長直々に魔導書庫を任せるとか言われたからか、少しプレッシャーだ。


「おはよーございまーす」


 話していると、エイラさんが大きな甲冑を揺らしながら入ってくる。


 今日も昨日と同じフルプレートの無骨な鎧だ。見上げなければいけないほど巨大なのは、エイラさん自身の背が高いこともあるのだろう。鎧も入れれば一八〇センチ以上はある。

 ちなみにバイザー付きの兜をかぶっているので、エイラさんの素顔は見えない。


「おはようございますエイラさん」

「おはよー。あ、クロちゃんまだスーツなの?」


 言われて、自分の格好を改めて確認した。


 今日の私は、紺のスーツに白のブラウス、スーツと同じ色のスカート、下には黒タイツであった。スーツの上着はもう脱いでいるが、だいたい昨日と同じ格好である。


 いや、それよりも、


「エイラさん、私のこと見えるんですか?」

「見えるよ! バイザーおろしてても見えるからね! ちゃんと!」


 こっちからは何も見えないのに。


「新人なのでちゃんとした服装がいいかなって思って今日もスーツにしました」


 そういえば依子さんは私服である。ベージュのセーターにロングスカートを履いている。


「私服でいいんだよー。ずっとスーツなんて肩こっちゃうよ。靴も歩きやすい内履き持ってきた方がいいし」と笑いながらエイラさん。

「エイラがそれ言う?」

「え? 私のこれ私服ですけど?」


 絶対スーツより肩こりそうな鉄の鎧をがしゃがしゃ触りながら、エイラさんは当然のように依子さんに反論する。

 そんな私服があってたまるか。


「エイラはいいとして、クロユリも私服のほうが楽なら明日から着てくるといい」

「そうそう。すごい派手じゃなければ、わりと何でもいいんだよクロちゃん」

「ちょっとエイラは黙ってて」

「ええー、なんでですか!」


 窓から差す光に照らされてエイラさんの着ている鎧が銀色に、これでもかってくらいテッカテカと光っていた。いうまでもなくすごい派手だ。


「でも、私服ってなると何着ていいか迷っちゃうんですよね……」


 私が苦笑しながら言うと、依子さんは頷いた。


「たしかにそれはわかる」


 できるだけフォーマル寄りの、ちゃんとしたやつとなると悩む。

 私は優柔不断な方なので、さんざん何着るかで迷った挙句結局スーツで行けばいいやとなりそうなのだ。


「あーわかるわかる。最初ってそんな感じだよね!」

「最初からその格好だったエイラは黙ってて」


 依子さんがぴしゃりと言うと、またエイラさんから「なんで私にしゃべらせてくれないんですかぁ!」抗議の声が上がった。両腕につけているガントレットを子どもみたいにブンブン振っている。

 エイラさん最初からその格好だったんだ。勇者ですね。

【おまけ】現実と共通している用語を解説


・ブックトラック

 キャスターのついた、図書を運ぶ用のワゴン。新刊図書を開架に出したり、返却された本を書架に戻したりする際に使用される。

 移動するとき、硬い床だとガラガラと音がしてうるさい場合があるが、中にはそういうガラガラ音を抑えた消音仕様のものもある。サイズもいろいろ。

 売っている会社によっては、ゆるキャラや図書館の名前などのデザインを側面に印刷してくれるサービスも存在する。

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