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6 図書館で死体を発見するのは当たり前のことであるという教訓

「館長……」


 ジップさんは血だまりの中心に倒れて動かないその女性のことを呼んだ。


 ――最悪死ぬかもしれないけどいいか?

 ジップさんの言葉がよぎった。


 その最悪が、道端に転がっている石ころみたいな気軽さで、今目の前に広がっている。


「そんな……!」

「死んでるな」

「死んで……」


 どうやら私は、とんでもないところに就職してしまったのかもしれない。


 とんでもない事態であるのだが、ジップさんの口から出たのは、


「はぁ、また館長死んだのか」


 事もあろうかウンザリしたようなため息だった。


「また!?」


 万が一じゃなかったのか。


 いやそもそも「また」ってどういうことだろう。

 ……前の代の館長もここで死んだ、とかそういうことだろうか。


 だとしたら、何人かここで犠牲になっているということ?

 悲鳴を上げる暇もなく、疑問が濁流のようになって私の冷静な思考を押し流す。


「この館長の様子を見るに」


 ジップさんは館長をひっくり返し仰向けにして、思案顔。


 館長の首には力の限り爪で引っ掻いたような跡がある。指のような大きさの筋が縦にいくつか付いていて、皮膚が生々しくえぐれ、そこから血が流れたようだ。

 傷ができて血がでても構わず引っかき続けたのだろう。何度も何度も何度も。両手は真っ赤に濡れて、腰まで届きそうなほど長い髪も赤いシャワーを浴びたみたいに濡れそぼっている。

 着ているスーツには、まるで小さい子が無邪気にトマトを何個も食べたみたいに、無垢で汚らしく赤い色が滲んでいた。


「どうやら自分で自分の喉をかきむしって死んだみたいだな」

「狂死……?」

「これだから、魔導書は手に余る……!」


 ジップさんはいまいましげに舌打ちした。


 そうだ。ここにはきっと、クラスS以上の強力な魔導書も眠っているのだろう。

 一歩間違えば、気を確かに持たなければ、簡単に神経を乱されてしまう。


 ――ここは、そういう場所だ。

 強力すぎる魔導書が醸す狂気は、昔の戦争していた時代ならまだしも、この平和な現代においては人の手に余る。人の手に余りすぎる。何が起こっても不思議ではない。

 例えば自分で自分を殺したくなるほどのおぞましい幻覚を見ても、なんら不自然ではないのだ。


「は、早く救急車を……」

「いや、それより魔導書に血がついてしまってないか心配だ。確認しよう」

「こんなときに何言ってるんですか!」


 私が声を荒げている間際に、ジップさんは本当に本棚の魔導書に血がついていないか調べ始めた。


 整然と並べられた古い魔導書たちには、血のような汚れはついていない。濡れているのは床だけだ。


「大丈夫みたいだな。さすが館長、貴重な魔導書を汚さないように倒れてくれたらしい」

「少し薄情すぎでしょう! もういいです!」


 私はすぐに倒れている館長に駆け寄る。


「館長、大丈夫ですかっ?」


 呼びかけでも反応はない。

 手を取って脈をみるが――素人なので確実ではないのだろうが、すでに止まっているのがわかった。おそらくもう手遅れだ。


「待て、ハイドレンジアさん。これにはワケがあってな」

「なんのわけなんですか!」

「館長、そろそろ起きて・・・ください」

「脈の確認はしました。もう死んで……」

「いや、もうそろそろ起きると思う」


 ジップさんがため息まじりに館長を見下ろしたのと同時に、館長はびくりとからだを痙攣させ、


「…………?」


 ゆっくりと瞼を開く。首の傷は無残なまま、血はいまだ床に染みたままで、館長は、焦点の合わない目をきょろきょろと周囲に向けたあと、


「どうやらまた死んでいたようだねえ」


 まるで熟睡したあとの寝起きのように、背伸びをしながら上体を起こした。


「!?」


 生き返った?

 生き返ったんだよね?

 死んでいたことは確認済みだ。

 死人が勝手に生き返るなど、あるわけがない。

 なのに目の前の女性は、それがあたかも当たり前であるかのように前触れもなく蘇生した。


 私が弱っていた脈を動いていないものだと勘違いしていただけなのだろうか。


「これで何回目ですか。新人が混乱しているでしょう。彼女まで正気を失ってしまったらどうするんです」


 ジップさんが呆れながら言うと、


「いや、すまないねえ」


 館長はあくびをしながら、血に汚れる手で頭をかいた。

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