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4 魔導図書館にいる濃ゆい人たち(2)

 甲冑である。


 西方の全身を包むタイプの無骨なプレートアーマーが、そこに立っていた。フルフェイスの兜をしているので顔はわからないが、声は女性のそれだった。

 中の人の背が高いのか、巨大な要塞が立ちはだかっているかのような迫力だ。


 腰に剣とか槍とかは装備していない。戦争していた時代の騎士がタイムスリップしてきたわけではないらしい。


「クロちゃんていうの。あたしはエイラっていいます。よろしくね」


 がしゃ、と音を立てながら甲冑はこちらに会釈する。


「エイラ・ルテティア・ホイットモーラ、がちゃんとした名前」


 依子さんが横から、驚いている私を助けるように補足してくれる。


「私と同じ資料系の担当」

「あ、依子さん。おはようございまーす」


 エイラさんが依子さんを見下ろしながら挨拶をした。

 二人が並ぶと、なんだか身長差が甚だしい。大人と子どもを見ているようだ。


「よ、よろしくお願いします。ええと、そういう人種なんですか?」


 失礼があってはいけないのだが、訊かざるをえない。

 そんな人種見たことも聞いたこともないけど。


「あたしは原生種系ノームだよ。甲冑人間ってわけじゃなくて、ただ着ているだけ」

「私と同じ、原生種……?」


 そうは見えないけど。


「ああ、あたしね、鉄に触れてないと落ち着きなくなるから。本当に着てるだけだよ」


 全身甲冑姿は図書館的にOKなのだろうか?


「本当は遠慮してもらいたいが」


 とジップさんは眉間にしわを寄せて言った。あ、だめなんだ。だろうな。


「館長の許可も出てるし、利用者の子どもたちにも人気だしな」


 いろいろ図書館的にも妥協しているわけですか。


「めんどくさいのはジップさんだけですよ」堂々としてエイラさんは言った。

「俺が反発しないと誰も反発しないだろが!」


 ジップさんは怒るも、エイラさんは変わらず飄々としている。


「……えー、ほかにもたくさん職員はいるが、まあおいおい覚えていってくれ」


 ジップさんはエイラさんから目を逸らしながら言った。


「はい。えっと、何人くらいです?」

「パートも含めると二十五人くらいかな」

「覚えるのは苦手ですが……がんばります」


 二十五人は、ちょっと厳しいな。私は内心頭を抱えた。ちゃんと覚えるようにしよう。


 ここでジップさんは腕時計で時刻を確認する。


「本来ならもうそろそろ館長から辞令交付じれいこうふがあるんだが……館長がまだ魔導書庫で仕事をしているようだ」

「四ツ谷さんが言ってましたね」

「ああ……よし、せっかくだし呼びに行くがてら一緒に魔導書庫へ見学に行くぞ」

「は、はいっ」


 魔導書庫の見学!

 少し感動。


「ずいぶん声が弾んだな」

「それはもう。普段は魔導書庫の中なんてお目にかかれませんから」


 強力な魔導書は、基本的に表には出ない。閉架へいかで保管され、閲覧にも制限がかけられている。開架に出てくることはほとんどないといえる。


 閉架書庫とは古い本とか保存用の郷土資料とかを所蔵する、関係者しか入れないバックヤードの倉庫みたいなものだ。一般人が見る機会など皆無なのだ。


 そんな裏方が見られるなんて、がぜんやる気がわいてくる。


「普通は空恐ろしくて委縮するようなところだぞ」

「そうなんですか?」

「まあ一般人からすれば珍しいかもしれないけどな……正直薄気味悪くてげんなりするぞ」


 確かに仕事をしていれば見慣れるものかもしれないが、べつに喜んだっていいではないか。

 ジップさんは立ち上がって、一つの鍵を持ってくる。魔導書庫の鍵だろう。


「よし、じゃあ行くぞ」

「はい!」


 なにはともあれ、私の司書としての仕事はここからスタートするのだ。

 緊張交じりの胸の高鳴りを抑えきれないまま、私はジップさんの背中を追って歩き出した。


 行くのは、事務室奥の廊下。少し狭くて、窓もない一本道だ。


「……ええと、ところでだな」


 私を案内しながら歩くジップさんは、ばつが悪そうに言いよどんでから、


「ちなみにこれは勤める人全員に訊いているんだが……」

「はあ、なんでしょうか?」

「やる気はあるんだよな?」

「それは、もちろん!」


 私は慌てて返事をする。

 やる気はある。それはゆるぎない本心である。そう、やる気だけは。


 興味のある仕事につけたのだ。たしかに非正規の職員で給料は低いが、生活できるくらいの給料はもらえるわけだから問題はない。

 もしきつい仕事や苦手な仕事が入ってきても、大丈夫だ。残業だって必要ならやれる。


 多少ブラックでもやり通してみせる、くらいの気概は持っている。


「死ぬかもしれないけどいいか?」

「はいっ……え?」


 前言撤回。

 それは無理です。

 ていうか死ぬの?

 図書館の仕事で?


 ジップさんを見ると、私の視線から逃れるように目を泳がせた。

 私が見ようとしても、かたくなに視線を合わせようとしない。


 ちょっとこっちを見てくださいよ。

 おーい。

【おまけ】現実と共通している用語を解説


・閉架

 閉架書庫、とも。裏方にある一般公開されていない書架で、開架に置けなくなった古い本や貴重な郷土資料などが保管されている(一部物置みたいになってる場合も)。閉架にある資料は、カウンターで頼めば司書さんが持ってきてくれる(貸出不可の資料でなければ借りることもできる)。基本的に図書館の職員しか出入りできないが、一部を公開書庫として一般に公開している図書館もある。

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