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25 とある図書館の採用試験

 数ヶ月前、私は崖っぷちに立っていた。

 精神的に。世間的に。


 冬。短大卒業間近にして、いまだ内定はなかった。このままでは無職まっしぐらである。しかしニートにはなりたくはなかった。


 理想が高いわけではない。しかし妥協もしたくない。

 できれば図書館で――魔導図書館で働きたい。そんな思いで、出ている図書館の求人に応募していたのだが、一向に採用の通知は来なかった。


 私は焦っていた。

 正規職員どころか臨時職員でさえ合格しない。


 そもそもこのご時世、図書館で正規職員として司書になれる人間はほとんどいない。

 たまに出る司書の専門職での募集は狭き門である。百人から二百人の数が受けて一人しか受からない、そんな世界だ。そもそもその募集も毎年出るわけではない。

 私の住んでいるナイアガ自治州はもちろん、栄えている隣りのアルトホート州でもそれは同じだ。

 首都圏ならまだ望みはあるかもしれないが、地方だとなかなか光明は見えない。

 派遣もあるが給料が安く、主婦が働くには都合がいい程度の勤務条件で、自分で暮らしていくには不向きだった。


 地方公務員になって配属先を図書館にしてもらうのが、正規の場合は一番将来性のある道であるかもしれないことは、あとになってから聞いた。ただそれも確実な話ではないし、卒業まで二か月をきったのでもう遅い。


 時間だけが過ぎていき、にわかに焦り始め妥協して全く関係ない職業に就くか否か逡巡していたそんなときに、ようやく地元の魔導図書館の――ナイアガ自治州立魔導図書館の募集が出た。


 といっても一年ごとに契約を更新するタイプのもので、給料も比較的低い。

 それでも私は小さいころからずっと就きたかった職――魔導図書館司書を目指して採用試験に臨んだ。


 そしてその試験の途中で決定的な崖っぷちに立った。

 緊張のあまり自己紹介でさえ噛みまくり、志望動機を言うだけで過呼吸気味になったのだ。


 これでダメだったら無職確定くらいのプレッシャーがあって、私はその精神的重圧に勝てなかった。


 しかも集団面接だった。私以外にも応募者が何人か一緒に受けていたのも、私のダメさ加減を浮き彫りにさせていた。私以外の応募者たちはハキハキと元気よく受け答えをしていて、新卒らしいフレッシュさでまぶしいくらいに輝いていた。彼らに比べたら私は、じめじめとした場所に生えている食べられないキノコさながらの価値しかないように思えた。


 面接官の一人――職員の四ツ谷さんである――の図書館に関する質問にトイレに関することを答えてしまったのもそのときだった。


「では次の質問です」


 四ツ谷さんは、おもむろに古い本を私たちに渡してきた。

 沈む気分のまま受け取ったのは、かなり古い本だった。

 分厚く、くすんだような赤い装丁に、古代文字でタイトルが書かれている。

 魔導書だ、と一目でわかった。


 ガタッ、と椅子がズレるような音が鳴った。

 隣りに座っていた私と同じくらいの歳の、獣生種系バーストの可愛らしい女性の顔がにわかに強張ったのをちらりと見た。今にも立ち上がりそうだったが、ぎこちない平静を装ったままその場にとどまっている様子だ。

 ほかの三人も同じような魔導書を手にしながら、表情を曇らせていた。


「渡した本についての情報を述べてください」


 面接官の一人であるヘミティッジ館長が、簡潔に私たちに告げた。


「たとえば、標題紙や奥付から情報を拾ったり、内容や目次などからどのような分類か想定したり、いろいろ気付いたことを述べてください」


 四ツ谷さんが、説明を付け足す。

 “標題紙”――ってなんだっけ?

 少し考えたが、表紙をめくって最初に見る題名などが書かれたページであることを思い出した。

 “奥付”は、本の最後のページあたりに書かれている出版社や発行年などが記載された情報のことだ。


「ではマーシャ・クロフトさんから」

「は、はいっ」


 呼ばれた妖生種系スプリの女性はびくりとなって顔を上げる。

 この人も、あまり顔色はよろしくない。


「魔導書、ですね……」

「それだけですか?」

「え、ええと……」


 マーシャさんは、恐る恐るページを開いて、書かれている情報を述べていく。

 その口調はたどたどしく、時折どもったり抑揚があまりなかったりして、少し心もとない。


「この魔導書……たぶんクラスS? ですか?」

「クラスはAです」

「…………」


 マーシャさんはそれっきり下を向いて俯いてしまう。


「では次に、リーゼロッテ・シェレンバーグさん」


 呼ばれたが、獣生種系の女性は顔を蒼白にしたまま動かない。

 ……違う。みんな私みたいに緊張しているわけじゃないんだ。

 たぶん、魔導書の狂気に、少し当てられている。

 今持たされているのは、クラスAの中でもクラスSに近い特別危険度の高い魔導書なのだろう。


「よいですか」


 リーゼロッテさんが何も言わずにいると、館長は口をひらいた。


「あたながたは皆、図書館司書の資格を有している、もしくは取得予定なのでわかると思いますが、魔導図書館ではこういった古い魔導書も扱っています。昔の戦争をしていた時代の遺物に多いのですが、そういった古い魔導書は狂気汚染度も高い」


 館長は説明口調でとうとうと述べる。


「大学の演習ではクラスBとか比較的安全性が高めのものしか扱わなかったはずです。司書の資格はクラスBまでの魔導書の耐性が高ければ取れるからです。実際、クラスBまでが現在確認される魔導書の九割ほどを占めています。学校図書館や一般的な市立の図書館で働く分にはその程度で十分といえるでしょう。しかしうちや他の州立図書館などの蔵書数の多い図書館では、狂気汚染度が高いクラスAや、さらに危険なクラスSの魔導書も触れる機会が多くなってくるのも事実です。普通の人なら、読んだだけで頭がおかしくなりそうな危険な魔導書も、十全にしかも日常的に扱えねばなりません」


 言っているのはリスクの話だ。

 魔導書を扱っているおかげで、病院にお世話になっている図書館員も少なくないという話は聞く。


「ですので、これくらいの魔導書を扱えないなら、辞退して別の図書館の求人へ応募した方が、むしろあなたがたのためになるのです。無理に働いて精神を壊されても困りますから」


 やや厳しめの語調で、トドメと言わんばかりの一言を放つ。


「やっぱり、すいません、無理ですっ」


 リーゼロッテさんが、いきなり立ち上がって足早に部屋を退室していった。

 次の人の名前が呼ばれる。残りの人たちは逃げ出しはしなかったものの、やや浮かない顔でたどたどしく、少し無理をして魔導書について語っているのがわかった。


 私はそんな面接のやりとりを聞きながら、魔導書をぱらぱらとめくっていた。

 古代文字の読解は司書の資格を取るための単位に含まれているし、現代語との互換性も高い。ある程度わかるようには勉強してきている。

 いちおう私も理解できている、はずである。


「では最後に、ハイドレンジアさん」


 名前を呼ばれて、私は慌てて顔を上げた。

 そしてすぐに焦り始める。

 いかん。冷静になれ。

 自分に言い聞かせながら、


「えっと、これは物質の保存方法について書かれている魔導書ですね……昔の戦争時代に写本師が書いたもののようです」


 ゆっくりと私が答えると、眠たそうに目を伏せていた四ツ谷さんが顔を上げた。


「図書館ではどうするかわかりますか?」と館長。

「狂気汚染度――狂度クラスによって扱いは変わります。私の感覚ではどのクラスかまではよくわからないのですが、館長のおっしゃっているようにAなら、精神に悪影響を及ぼす危険があるので……ええと、閲覧制限をかけて、必要な時だけ特別な資格を持った利用者に提供するようにして保管するもの、かと」


 私はたどたどしくなりながら答えた。

 こんなのは基本中の基本だ。

 だというのに、ほかの面接に来た人たちはそれさえも気づけなかったようで、私が答えた後に驚いたように目を見開いていた。まあクラスの高い魔導書を冷静に読み解けと言われても、よほどの物好きでなければできない方が多いだろう。


 私の場合は、ただ鈍感だったのだ。

 昔からそうだった。ちゃんと理解するには何度か魔導書を読み込まなければならなかったが、狂気も感じにくかった。


 一般的に鈍感であることが、魔導書の狂気に汚染されにくい条件の一つといわれている。


 私に魔導図書館へ行けと言ってくれたステアノ先生はわかっていたのだ。それが私の短所であって、同時に長所だったことを。


 ただそのせいで、現代魔導はアレイスタ導版の構造や役割から理解していかないと、ちゃんと扱うことができないわけで、これはかなり不便なのだが。


「具体的にどのように保管してるかは?」

「えっと、普通の図書とは別に専用の魔導書架などを設けたりするのが一般的かと……これはクラスが高いので、たぶん閉架のそういう場所に入ると思いますが」

「もし管理をまかされたら、あなたできます?」


 なんかすごい食いつきようで、館長は質問する。


「か、管理も仕事の内でしょうし、教えてもらえれば……」


 できるかどうかなんてそんなことわからない。ただ、きっと私には荷が重い。

 けれども「できない」なんて、評価が下がりそうでおいそれと言えないので、私はそう答えた。


「……ではこれで面接を終わります。ありがとうございました」


 そんなこんなで、面接は終わった。

 最後以外緊張でうまく答えられなかった私は、憂鬱としながら椅子から立ち上がる。

 いや、最後だってたどたどしくて、相手にちゃんと伝わったかどうかあやしい。


 私は、誰にもばれないように小さくため息をついた。

 退室する間、館長が口元をほころばせながらこちらを見ていたが、きっと滑稽な奴だと思われたにちがいないと、そのときの私は思っていた。


 次の日、すぐに連絡がきて――私はその採用試験に合格した。

本の部位について


・標題紙

 表紙をめくって最初に見る題名などが書かれたページ。

・奥付

 本の最後のページあたりに書かれている出版社や発行年などが記載された情報のこと。外国の本だと最初の方に書かれていることが多い。

・天

 本のページの上の方。

・地

 本のページの下の方。

・ノド

 本のページが綴じてある側。

・小口

 ノドと真逆の位置、本を開いたとき左右両端に位置する、本のページが綴じてない側。

・背

 背表紙の部分。


ほかにもいろいろあるがよく使うものだけ(表紙と裏表紙は説明の必要ないと思ったので割愛)。

これは本にかかわる職業――出版社や印刷会社、作家業など――が共通して使う用語(たぶん)なので覚えておくと役に立つ時が来るかもしれないぞ!

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