22 踏み抜くは破滅の一歩
すぐに書庫に行きたかったが、その前に作業室にいたメラニーさんにこのことを報告していく。
「……? たしかにこれ、少し違うわね」
見取り図を見せると、メラニーさんも気づいた。
「あまり気にしなかったからわからなかったわ」
「メラニーさん二年前から魔導書の担当だったって言ってましたけど」
「ええ、そうね」
「二年前から違ってました?」
「たぶん最近追加されたんだと思ったけれど……」
メラニーさんは困ったように天井を見上げながら苦笑した。
「なんか曖昧ですね」
「改装工事でね、事務室と倉庫以外は入れなかった時期があるのよ。魔導書庫も監視カメラとか設置したりしていたから、そのときに書架も追加されたんだと思ったの」
「そうなんですか?」
「でも、おかしいわね。それにしたって、あまり気に留めていなかったなんて……」
「誰かに聞いたりはしなかったんです?」
「なんか自己完結しちゃって、納得してたのよね。今思えば、なんで誰かにそのことを聞かなかったのかしら?」
メラニーさんは首をかしげた。
そもそも書架を買って追加したのがジップさんたち職員さんだとして、なぜそのことをメラニーさんに伝えなかったのだろうか?
メラニーさんが知らないなら、誰がその棚に図書を配架したのだろうか? しかもあからさまな配架ミスである。素人の仕事としか思えない。
「書架が追加されたなんて誰からも聞いてない」
小さい声ではっきりと言ったのは、パソコンのある席にいた依子さんだ。
「あたしも聞いたことないなー」
作業机で本の修理をしていたエイラさんも答えた。
「みんな知らないんですか?」
資料系担当の一番の古株である依子さんも知らないみたいだ。
本当に最近追加されたのだろうか? それも疑問になってくる。
私は頭をかきながら、今までのことを整理する。
「…………」
いつの間にか存在していた書架。
自分が死ぬ幻。実際に死んでいた館長。
変な分類で入っていた本と、何かの気配。
魔導書庫の室内を醸す、言いようのない嫌な感じ。
今まで起こった要素はまだいまいち繋がらないけれど、不思議な出来事が起こっているのは確かだ。
しかも監視カメラの死角で、である。
さらにきな臭くなってきた。
「ありがとうございました。じゃ、行きます」
「がんばって」
依子さんはそっけなく言って、
「何か面白いことになってたら後で聞かせてねクロちゃん!」
エイラさんは楽しそうに甲冑を鳴らしながらサムズアップ。
「困ったことがあったらなんでも聞いてね」
メラニーさんは心配そうに私に言った。
「はいっ」
頷いて、私は魔導書庫へと急いだ。
借りてきた鍵を使って、魔導書庫の扉を開ける。
初めて入った時も、ジップさんは鍵を開けて中に入っていたのを思い出した。
もし館長が殺されたなら、密室殺人であることに今更ながら気づく。まあ、そんなミステリーじみたことはありえないのだろうけれど。
入ってタブレット一式を机の上に置く。置いてきたはずの『おいしいパウンドケーキ』はもうなかった。どうやら、あのあと誰かが片付けてくれたらしい。
それから私は右奥を見つめる。
昨日私が変な幻を見たのは、心が不安定だったという可能性もある。
何もあやしいところはないのかもしれない。
それを確かめるには。
右奥の場所が何の変哲もない場所だと確認するには、また探りを入れるしかない。
徹底的に、怪しいところがないことを確認するしかない。
「…………」
もし何かがあるのだとしたら、それは破滅に足を突っ込みに行くのと同じだ。
ごくりと生唾を飲み込む。
それでも私は、前に出る。
一歩、二歩、右奥へ向かって進むと、とたんにそこに行ってはいけないような気がしてくる。
三歩、四歩。
心臓が早鐘を打つ。ただそこを確かめるだけなのに、大勢の前でスピーチをするときのように緊張している。
五歩、六歩。
脚が重い、気がする。
館長が死んでいた時の光景が脳裏をよぎる。私は幻で済んで良かったが、もし何かあるなら、実際に殺されることだってあり得るのかもしれない。そんな予感がしてくる。
七歩、八歩。
ごく短い距離なのに汗を流し、まるで何時間もマラソンしていたみたいに息を切らしながら、何度も足を止めそうになる。
だめ。
だめだ。引き返せ。
これ以上は、行ってはいけない。
頭の中で、危機感が警鐘を鳴らしている。
ここにはなにもない。
だから、これ以上探っても無駄だ。
無駄な時間だ。
だからもう、通常の業務に戻ったほうがいい。
ネガティブな思いが頭を支配していく。
だが、私が館長に頼まれたのだ。
と、生まれてくる負の感情を決意で無理やりねじ伏せる。
ここで背を向けて逃げてしまっては、私の立場も、任せてくれた館長の立場もない。それこそ、ここで働く価値など今後見出せない。
深く息を吸って吐く。
そうして私は、やがて右奥の書架の前までたどり着いた。




