17 魔導オンチの致命的な弊害
そのままジップさんに促され、ガラス戸を開けて開架に出る。
開架では、パートさんやフロア担当の嘱託職員さんたちが、忙しそうに働いている。
私とジップさんを気にかけている人はいない。
「ど、どうしたんです?」
「…………」
見ると、ジップさんは無言で私の目を見つめている。目つきが悪いので睨んでいるように見える――というか完全に睨んでいた。
そして無言のまま、ジップさんは仕事で使おうと思っていたタブレット一式を渡してくれる。
「あ、ありがとうございます」
「魔導を使ってみてくれないか?」
「え?」
いきなり言われて、私は聞き返してしまった。
ジップさんは真面目な表情だった。
「ここでちょっとこの魔導タブレットを起動させてみてくれ」
私はタブレットを手に固まった。
ま、まずい。
これは、魔導オンチであることを疑われている……?
心臓が早鐘を打ち始める。顔に貼り付けている笑いは、きっと引きつっているに違いない。
「できないか?」
「い、いえ、大丈夫です……」
私はタブレットの起動スイッチを押し、魔導を起動しようとした。
しかしタブレットは動かない。
「え、えっと、おかしいな、ちゃんと練習、したんですけど……」
昨晩アタリァのスマホを起動させる練習をした。魔導式のスマホなら前々から練習しているので、試しているうちにちゃんと起動してくれるのだ。
でも今起動させようとしているのは、昨日初めて触ったタブレットである。
私が起動させようとしても、うんともすんともいわなかった。
……こりゃだめだ。白状しよう。
「あはは、じつは、私ちょっと魔導の扱いが苦手でして……」
私が笑ってごまかしながら言うと、ジップさんは眉を寄せて、
「今朝様子がおかしくてまさかと思ったら、そういうわけか……」
ため息まじりに言った。
「いや、でも、使っているうちに慣れれば大丈夫ですので!」
「あのな、そういう問題じゃないだろ?」
「…………」
ジップさんの口調は、鋭かった。
棘のある感じを隠そうともしない。
「こんなのただ起動させるだけじゃないか。慣れる慣れないとか以前の問題だろ? 使っているうちにって、いつだ? 魔導で動くものはここにはたくさんある。マイクロフィルムの機械だってそうだし、カウンターのパソコンだってそうだし、業務で魔導式の車を使うことだってあるかもしれない。例をあげればほかにもいろいろでてくるぞ。それらも、何度も使っているうちにか? そのたびに人の手を借りるつもりか?」
「えっと、それは……」
「面接でちゃんとそのこと話したか? 魔導を使うのが苦手ですって」
「いや、それは、パソコンを使うのは苦手ですとは言ったんですけど、直接は、その、言ってないです……。質問されなかったので……」
「そういうのはちゃんと言っておいた方がいい。魔導が苦手なんて今時珍しいというかほとんどいないんだから、わざわざ質問しないだろ」
「…………」
「今はまだいい。開館して、忙しくなって人の手が足りなくなった時も、誰かがやってくれると思って待っているつもりか? 一人の時になったらどうするつもりだ?」
私は、何も言えずに俯いた。
うんざりしたようなため息が聞こえる。
体が、こわばる。
「身の丈に合わない仕事はやらないほうがいい、と俺は思うけどな。無理して潰れるのが関の山だ。その前に担当を変えてもらうか、あるいは退職したほうがいい。魔導を使わないでいい肉体労働系の仕事はたくさんあるはずだ」
「…………」
「勤めて日もない今なら、傷は浅くて済む。自分にとってもいいはずだろ」
「それは……」
「ハイドレンジアさんがどういう理由で図書館に就職したのかは知らないが、手遅れになる前に、自分で考えて道を変えた方が賢明だ。魔導が使えないのは、それくらい図書館員にとって致命的なんだよ。興味本位とか図書館や本が好きとかで図書館員になられても、続けられる能力がなければ、周りの奴らが迷惑するだけだろ。俺は間違ったことを言ってるか?」
「いえ……」
私は静かに答えた。
わかっていた。ジップさんみたいな反応が普通なのだ。私が魔導を使えないと知ると、みんなしかつめらしい顔をする。
何もできない無能だと陰口を囁かれることなんて何度もあった。蔑むような目で見られもしたし、からかわれたり、目の前で悪態をつかれたのも一度や二度ではない。
でもそれはその通りなのだ。現代において魔導を扱えないというのは、足を引っ張る存在でしかない。
私が悪いのだから、何も言えない。
できなくても、そのうちなんとかなると思っていた。なんとかなる具体案なんて何もないのに。
いつもしていた通りの生き方をするしかないのだろうか。
できるだけ隅っこにいて、できるだけ人の邪魔にならず、否定されたら引き下がり、できるだけ迷惑をかけないようにひっそりと生きて行くしか、選択する道がないのだろうか。魔導図書館の司書という道も、同じように引き下がるしかないのだろうか。
「まあそれはハイドレンジアさんが決めることだ。俺は忠告だけさせてもらう」
「はい……」
今まで幾度となく味わった異物感が、私の中で生まれてくる。
どう転んでも、私はほかのみなさんのように働くことはできない。でも給料は同じである。そんなもの、不公平でしかない。
きっと今までそうだったように、今後ジップさんだけでなくほかの人にも不満を口にされることがあるはずだ。
そうなったら終わりだ。私に対する不信感が、ほかの人たちにずっとつきまとうことになる。
それでもせっかく就職できたのにという思いもあって、私は結局、その場で答えは出せなかった。