16 監視カメラの映像
休憩という名のお茶会のあと、私は魔導書庫に戻らず警備室に来た。
館長の話を聞いてどうにも納得できなかった私は、書庫内に監視カメラがあったのを遅ればせながら思い出したのだった。
もしかしたらそこに館長が倒れた時の映像が保存してあるかもしれない。
そんな思いを持ちつつ、私は警備室のドアを叩いた。
「しつれいしまーす……」
警備室は従業員用入口の近くにあり、警備員が常駐している。
私は警備室にいた警備員のおじさんとおじいちゃんに事情を話し、当時の魔導書庫の映像を見せてもらうようにお願いしてみた。
「まあ、あそこなら何が起こっても不思議はねえと思うがなあ」
おじさんは頭を掻きながら答えた。
「しかしお嬢ちゃん、館長の死んでる映像なんて見ていったらきりがないぜ? 変死なんて過去を遡ればどこにでも山ほど映ってるわけだしな。こないだなんかすごかったぞ。トラックが突っ込んできて、同じように対面から突っ込んできたトラックの正面衝突に挟まれてペシャンコになってた」
もう細かいツッコミなんてしない!
「近々起こった、魔導書庫内での映像だけでいいんです。どうにか見せてもらえませんか?」
「ええんじゃないか?」
とおじいさんの方の警備員さんが言った。
「まあ、いちおう確認してみるか」
おじさんも頷いた。
おじさんはリモコンでモニターを操作して、当時の魔導書庫の映像を映す。
映像は、館長が書庫内をフラフラとさまよっているところから始まった。
何か書類を手にしている。
なんだろう?
……何かの、図面?
映像からでは、はっきりとはわからない。
それに、左奥なら見渡せたが、右奥はカメラの死角だった。肝心のところは映されていない。
「中の様子を確認しているのかねぇ……?」
「ああ、棚の数を確認しに行ったって言っていたんですよ」
館長は時折周りをきょろきょろしながら、やがて右奥の方へと姿を消す。
「……ううむ、これだけだとなんとも言えんなあ」
警備員のおじさんは腕を組んでうなった。
「まあ人の出入りに不正がないように見ているだけだからな。これで八割がた見渡せるようになっているが、書庫全体を監視するようにはできていない」
監視カメラがこれで固定なら、何が起こったのかわからずじまいだ。
「ありがとうございました」
「おお、また何かあったら相談においで」
おじいさんは笑いながら私に言った。
お昼を食べて休憩を挟む。
昼休みが終わると、私はまた魔導書庫で仕事を再開しようと、タブレットなどの一式を持っていくために事務室へとやってきた。
館長が持っていた図面のようなもの。
あれが少し気にかかる。
倒れていた時はなかったから、きっと書架の確認中にポケットか何かにしまったのだろう。
少しずつ何かがわかっていくのに手ごたえを感じる。調べていくうちに、なぜ館長が死んだのかちゃんと明瞭になるかもしれない。
仕事を再開する前に館長に会って、あの図面のようなものを確認したかった。
しかし事務室を見渡しても、館長はいない。
仕事をしている斑鳩さんと四ツ谷さん、それに電話番の嘱託職員さんしか見当たらない。
「斑鳩さん」
デスクに座っていた斑鳩さんに声をかける。
「どうした?」
頬杖をつきながらパソコンをかまっていた斑鳩さんは、獣のような耳をぴくりとさせて顔を上げた。そのさりげない動作でもなんだかすごく美しく感じて、私は少しどきっとした。
「館長って、今どこにいます?」
「ああ、館長なら、いま所用で図書館を出ている」
「そうですか」
「急ぎの用事か?」
「いえ、そういうわけでもないんですが。個人的なことで」
「館長は夕方には帰ってくる予定だ。急いでなければそれからにしたらどうだ」
「そうですね……。そうします」
周りを見ても、事務室には館長はいなかった。
「……ハイドレンジアさん」
斑鳩さんは、おもむろに立ち上がって、私に近づいた。
ややたじろぐ。
斑鳩さんは、まっすぐに私を見ている。透き通った綺麗な瞳で、私を見透かすように。
「えっと、なんです?」
「きみは、隣の家が飼っている黒猫に似ているな」
「はあ」
意図がわかりかねて曖昧な返事しかしないでいると、斑鳩さんは満足そうに頷いてまた席に座りなおした。
そして何事もなかったかのように仕事を再開する斑鳩さん。
え? それだけ?
話それで終わり?
結局何が言いたかったの?
謎な人である。
「ハイドレンジアさん、ちょっと」
気を取り直しタブレット一式を借りようとしていると、今度はジップさんに呼ばれた。