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14 図書登録(2)ぶんるい

 シュバッ。


 メラニーさんに図書の登録を教わった次の日のことだ。

 朝、私は図書館の従業員用入口の前に来て、一人、魔導ICカードを出し入れする練習をしていた。


 シュバッ。


 カードを素早くリーダーの前まで持っていく動きは完璧である。無駄がなくキレもあり、カードを出して手提げの鞄の中にしまうまで三秒もかからない。


 昨日の夜、同居人のアタリァに白い目で見られながら練習したかいがあった。

 あとは本当にリーダーの前に持って行って読み込むだけだが、まだそこまでには至っていない。慎重に少し距離のあるところで練習しているだけだ。


 シュバッ。


 出し入れにミスはない。魔導もきっと発動できる。

 顔つきも、必死さを表に出さないよう「なんでもないですよこんなのフフン」みたいな顔を作れるように鏡の前でモデルさながらに練習した。きっと魔導オンチだと周りにばれることはないはず。もう一部にばれてるけども。

 とにかく、あとは本番で失敗なく使って、鍵のかかったドアのセキュリティを解除するだけ。


 シュバッ。


 そう、あとはいざICリーダーに接近し、この魔導ICカードを発動させるだけでいいのだ。

 でもいざ踏み出す一歩がなかなか出ない。練習の成果を出したいが、もしこれでダメだったらまた誰か来るまでここで不審人物よろしく待っていなければならない。


 シュバッ。


 素振りは完璧なんだ!

 あとは踏み出す一歩だけだ!


「大丈夫、いける。よし、いくぞぉー! いざー!」

「一人で何やってんだお前」

「わああああああっあー!」


 気合を入れて踏み出そうとした矢先に後ろから声をかけられ、私は叫んでしまった。

 ジップさんだ。

 振り向くと、ジップさんはものすごく怪訝そうに、カードの素振りをする私を見ていた。


「な、なんでもないです。おはようございます」

「?」


 私が普段どこでもやっているように自然な動作で先を譲ると、ジップさんはさらに眉をひそめながらも先に行き、ドアの鍵を解除した。


「大仰すぎだろ。声かけたくらいで叫ぶなよ。俺が痴漢とかだと思われる」

「すいません、びっくりして」


 ため息をつくジップさんがドアをあけて中へ入る際に、さりげなく私もあとに続いた。

 なんだかジップさんは初日よりも口が悪くなっているような気がする。

 小言を言われそうだし、私が魔導を苦手なのはこの人にはできるだけ言わないようにしよう。

 練習したようにカードをバッグの中に素早くしまいながら、私は固く心に誓った。




 勤務時間になると私は一人で魔導書庫へと赴き、魔導書の登録へ勤しんだ。


 この魔導書庫に対して、私はなんとなく漠然とした違和感を抱えたまま業務に当たっている。

 館長に詳しい話を聞いてみたかったが、昨日は来客の対応で時間が作れなかった。今日も館長はかなり多忙のようだ。


 古い一人がけの机に腰を下ろす。タブレットにキーボードをくっつけ、ノートパソコンモードに変形させる。ケーブルを繋げて、図書館業務システムにログイン。


 ちなみに事前にメラニーさんがタブレットを起動してくれたので、あとは作業をするだけだ。


 カラーテープで囲っている書架から登録されていない魔導書を手にとって、いざ登録を開始する。

 書誌情報の内容に関する登録は「できるだけ」ということで必ずしも必要ではないようだ。


 だが分類番号の設定は必要事項。

 ジェレマイア共和国のだいたいの図書館では、図書を数字でジャンル分けし整理する。そこで使われているのが、分類番号と呼ばれる基本三桁の番号である。番号は国内でメジャーになっている『ノーラン十進分類法(“NDC”)』などの分類法を基準に決定することができる。国内の公共図書館でほとんど共通している番号である。


 番号が決められると“ラベル”にそれを印刷して本の背表紙部分(「背」と呼ばれている)に貼り付けられる。背の下部あたりだ。

 そして番号を基準にして整理された書架に入れられる。所蔵される図書はジャンルごとにまとまるのだ。


 分類をこちらで決めなければいけない場合、内容に目を通してどのような分類か判断する必要がある。


 ただ、もうはっきり言って、めんどい&小難しい。


「いちいち中見て分類番号を振るのは手間だからね~」


 なんてメラニーさんに言われ、手抜き技を伝授してもらった。


 私はタブレットを操作してインターネットを開く。

 そして国立国会図書館や隣の州にあるアルトホート州立図書館のホームページにアクセスし、オンライン蔵書検索システムを開いて検索していく。


 ようはほかに所蔵している館やデータがあればその番号を真似してしまえということである。


 私の探している魔導書は――お、あったあった。国立国会図書館に一冊所蔵されているのを見つけた。

 今はもう流通していない古いものでも、国立国会図書館になら所蔵されていることが多い。

 古い魔導書は基本一点ものなので見つからない場合もあるけど、今回は写本があったみたいで同じものがあってよかった。


 著者などもすでにあるデータを流用して入力する。目次らしき項目も見つかったので、ついでにこれもそのまま入力。データを見ると、どうやらこいつはクラスBの魔導書のようだ。


 書誌情報を登録したら、次は所蔵情報。

 図書館業務システムの書誌情報入力画面に「資料登録」という項目がある。そこをタッチすると、所蔵情報を入力する画面に切り替わる。


 まずはバーコードリーダーでバーコードを読んで、資料番号を登録。それから所蔵場所を「魔導書閉架」に設定し、貼り付けられているICタグをリーダーで読ませて登録。

 バーコードリーダーはレジなどでよくお目にかかるピッってするやつ。ICリーダーは板のように薄く平べったく、上に図書を置けるようにできている。


「あっ」


 登録できたと思ったら、ずっとカーソルが読み込み中のマークになっていた。

 業務システムがフリーズしたのだ。


「またフリーズか」


 昨日も、たしかメラニーさんに登録を教わっていた時に軽く止まっていた。

 タブレットのスペック的に、業務システムを入れるのは無理があったのだろうか?


 それとも魔導オンチの私に対する当てつけか。そう考えると、システムに馬鹿にされているような気がしてきた。


 もしくは、魔導書庫の呪いとかじゃないよね? まさかね……?


 三十秒ほどだろうか、しばらく待つとようやく業務システムが動き出した。


 現れた「資料情報を登録しました」のお知らせ。

 これで図書の登録は完了。

 分類ラベルはあとでまとめて印刷するとのことなので、一旦もとあった場所に魔導書を戻す。


 進捗を忘れないための印として、「登録ここまで終了」と書いたメモ用紙を本の間に挟んでおく。


 席に戻って、一息。

 私は座っている古い机に手をつき、突っ伏すようにうなだれて深く息を吐き出す。

 そしてマニュアルを見つめたまま、ふふ、と自虐的に笑う。


 これだけの作業に、一時間以上の時間を要してしまった。ほぼ二時間くらいはかかっている。

 ……これは、いかん、遅すぎる!

 早くこの仕事に慣れてペースを上げないと一生かかっても終わらない。

 こんなんで税金から給料が出ているとか申し訳なさすぎる。


 ていうか、かなりフリーに仕事をしているが、こんなんでいいのか。

 朝も「私はどうしたらいいですか?」と聞いたら「とりあえず昨日教えた仕事になれてもらうってことでいいですか?」「忙しくなるのは来週からだからそれまではメラニーにまかせる」とメラニーさんと依子さんがその場で相談しだしていた。そして私は一人で魔導書庫での作業になったのだった。


「クロユリちゃん、調子はどうかしら?」


 一冊登録し終わったところで、メラニーさんが様子を見にきてくれた。いつの間にかちゃん付けになっていた。


「……すいません、パパパっとこなせたらいいんですけど、手順を覚えながらでけっこう手こずってます。今日まだ一冊しか終わってないです」


 私は苦笑して正直に答えた。


「最初はそんなものよ。急いで間違えるよりずっといいから、自分のペースでやってね」

「はいっ」

「クラスSの魔導書の棚に手をつけるときは言ってね」

「はい……」


 私は物憂げにクラスSの魔導書が入っている棚を見た。

 その棚に入っている図書は、どれも鎖で本棚に繋がれ、閲覧できないよう金具で一冊一冊鍵がかけられている。

 ほかのクラスの魔導書は分類優先で分けられてごちゃ混ぜになっているけれど、クラスSだけは別。もはや隔離状態。鍵がなければ職員さえ持ち出せないようになっている。

 大昔の、本が貴重だった時代の『“鎖付き図書”』みたいなのが並んでいる光景。


 あれに手をつけたくない。

 ちゃんと読めばベテランの司書でも発狂は必至であるので、絶対に一人では作業してはいけないと釘を刺されている。あそこだけ空気が違う。心霊スポットが醸し出すような不気味な空気をまとっている。真上にある天井のシミも、鎌を持った死神が手をこまねいているように見えなくもない。

 でもこうして遠目で見るとすごく絵になっていてかっこいい。見るだけなら、いつまでも見ていたい。


「あれは眺めるだけにしませんか?」

「そうもいかないのよね……」


 インテリアとして活用する提案は、当然却下された。

【おまけ】現実と共通している用語を解説


・NDC(Nippon Decimal Classification)

 日本十進分類法といって、図書をジャンルごとに分けるための基本三桁の番号。

 数字は一番左から第一区分、第二区分、第三区分と区分を設定するごとにジャンルが細かくなっていく仕様。

 例えば最初の区分が9だと文学のジャンル、その中の日本の文学だと「91」(9文学・1日本)、日本の文学の中の小説だと「913」(9文学・1日本・3小説)という感じ。読み方は726(なな・にー・ろく)などという風に一桁ごとに発音する。726は漫画とかイラストとか。

 ジャンルで分けているため、同じ作者でもジャンルが違うと別々の書架に入っている、ということがある。例えばエッセイと小説は分類が別なので、好きな作者のエッセイを読みたい場合、小説のある本棚を探してもない可能性が高い。

 改訂され、第十版が最近出た。

 日本の図書館はだいたいこの分類方法を使って図書を分けている。司書はよく利用者に聞かれるジャンルの分類を記憶してたりする。ていうか大学の講義とかで覚えろとか言われる。

 なんかNDCに頼らず独自の分け方にしているところもあるみたいですよ。


・分類記号ラベル

 図書館に図書を置くために本に貼る表示用シール。背表紙の下あたりの場所に貼られている。

 三段になっていて、一段目に本の分類(NDC)とか、二段目に作者もしくは書名の頭文字(カタカナ)、三段目に巻号など、の順で表示されている。二段や一段のラベルに省略して表示している館もある。

 表示方法はわりと様々。

 普通はNDCが載っているので、NDCの存在さえ頭の片隅にあれば図書館で本を探すときに少しは効率が上がると思う。


・鎖付き図書

 中世の時代などにみられた、盗難・紛失防止のために鎖で本棚につなぎとめられている図書のこと。

 本が貴重でまだ数も少なかった時代。貸し出しはもちろんできず、そこから持ち出すことはできなかった。

 骨董好きはグーグルとかで画像を検索すると少し幸せになれるかもしれない。

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