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12 図書登録(1)

 業務システムで行う図書の登録には、大きく分けて二つのプロセスがある。


 「書誌情報」の登録と「所蔵情報」の登録だ。


 書誌情報とは、本そのものの情報。つまり作者や書名、本の大きさ、ページ数や出版年月などだ。

 所蔵情報は、所蔵するうえでその館が独自に設定する情報。登録用バーコードのナンバーや、どこの棚にその資料が所蔵されているか、登録した日はいつか、貸出可能なのか貸出禁止なのかどうなのか、などである。


 で、だ。

 うちの図書館のシステム――通称“リンクス”の書誌情報登録画面には、簡単に内容を書くところもある。

 それが問題だ。


 読めば発狂するほど危険な魔導書もあるのに、その中身を記録していくって……。

 病院に通うどころか、気を抜くと昨日の館長みたいになるのでは? 健全な精神がいくつあっても足りないのではないか。


 だいたい、現代人のほとんどはクラスB以上の魔導書を必要としていない。読もうとする人間なんて滅多にいないだろうし、やる意味は果たしてあるのか? それすらも疑問になってくる。


「とりあえず私が魔導書担当のときに、登録用のバーコードとICタグは貼ったの。ひとまず未登録の魔導書すべてにね。バーコード貼るだけなら中身見なくても大丈夫だったから。あとはシステムに登録していくだけなんだけど、その登録に手間取ってるのよね」


 とメラニーさんは言った。

 図書の裏表紙には、その館独自のバーコードが貼ってある。バーコードに記されているナンバーがその図書のシリアルナンバー……資料番号になる。

 業務システムは、その資料番号を基準にデータの管理ができるようになっている。貸出や返却にも用いられるものだ。


「バーコードはわかるのですが、ICタグってなんですか?」

「持ち出し禁止用の小型の電子機器のことよ」


 メラニーさんは近くの書架から魔導書を取り出すと、裏表紙をめくった。

 見返しの空いているスペースに、白い正方形の薄っぺらいシールのようなものが貼られている。見た目はただのシールで、電子機器とは思えない。これがICタグというものらしい。


「貸出処理をしていない図書が出入り口に設置された電力ゲートをくぐると」


 メラニーさんは魔導書を元に戻して言った。


「電波をキャッチして、警告のアナウンスが鳴る仕組みなの」


 この図書館も、ほかの多くの図書館と同じように利用者用の出入り口に防犯用のゲートが設置されている。不当に持ち出したりするとすぐにわかるようになっているみたいだ。

 しかもゲートは魔導力じゃなくて電力で稼働しているらしい。なるほど魔導でのごまかしがきかなくなっているようだ。

 だんだん気分が高揚してきた。図書館の知らない技術を聞くと、テンションが上がってくる。


「これで無断の持ち出しが防げるんですね!」

「そうなるわね。……まあゲートを作動させない裏技はあるけどね」


 そうなんだ。あとでこっそり教えてもらおう。いや、別に悪用はしないけど。


「とりあえず未登録の図書は未登録で集めて、棚にまとめてあるの」


 メラニーさんが目線を向けた先。右奥の隅に、ビニールのカラーテープを縁に貼っている本棚が幾つかある。


「あそこの未登録ゾーンの魔導書を今後システムに登録していくつもりなのよ」

「なるほど」

「まだまだ魔導書庫の整備は整っていない状態だから。当面の魔導書担当の仕事は、魔導書を『リンクス』のデータベースへ記録していくのが中心になると思うわ」

「クラスAやクラスSとかの特別危険度が高いのも全部データベースへ記録するんですよね」

「そうね。そうなるわね。貸出禁止のものも全部バーコードをつけて登録していかなきゃならないから」

「けっこう無茶なような気が」

「うん、私も、言われなければやらなかったわ」

「……館長からですか?」

「そうね。館長からの指示だったわ」


 館長の無茶振りだった。


「館長はね、この図書館が所蔵している全魔導書のリストを――館独自の『魔導書目録』を作りたがってるのよ」

「……なんのために?」


 私は少し震える声で訊いた。


「利用者に対する情報の開示と、他州立の魔導図書館も同じような『魔導書目録』を作って公開しているから、そういう情報サービス的な流れだと思うわ」

「他がやってるから、こっちもやらなきゃってことですか。やれる気がしません……」

「できるだけ、でいいそうよ。無理はしちゃだめ」


 『できるだけがんばって』っていうのは『ちゃんとやって』って意味じゃなくていいんですか?


「図書館システムも、すぐ使いこなしてなんて言わないわ。私だって全部の機能は使いこなしていないもの」

「メラニーさんはこの図書館に勤めて何年になるんです?」

「大学を卒業してからだから、もう四年目ね」


 メラニーさんは微笑しながら答えた。


「魔導書担当は二年くらいやってきたけど、最初は大変でなかなか一筋縄ではいかなかったわ」


 メラニーさんもけっこう苦労されているみたいだ。


「でも絵を描くって新しい趣味に出会えたから、今はとっても充実しているの」

「……!?」


 私は口を開けたまま、言葉も返せないまま思い至ってしまった。

 まさかあの地獄のような絵は、魔導書と関わっていく内に狂気汚染に見舞われたせいなのだろうか。その可能性は大いにある。


 クラスB以上の魔導書を読むことによって受ける精神への影響は個人差がある。

 例を挙げようとすれば枚挙にいとまがないが、時には人には理解されない行動を起こしたりもするのだ。魔導書への耐性が強い人でも、まったく影響を受けないわけではない。


「まさか絵を描きたいと思ったのは魔導書担当になってから?」

「そうなの。仕事中にふと絵が描きたいと思って、インスピレーションに任せて描いてみたらすごく良かったの」


 やっぱりだ! しかもなんか怪しい電波を受信してない!?


「あの絵はもしかして魔導書による精神的な悪影響から生まれたものなのでは……?」

「そんなはずないわよ。絵を描くのは私の趣味であり、魔導書は関係ないわ。魔導書は、関係ないわ」


 普通にしているときは常にニコニコのメラニーさんが、真顔で目を見開いてすごい眼力で私に迫った。


「で、ですよね、かんけいないですよねー……」


 のっぴきならないほどこわいんですが。


 一部の狂気汚染は発覚しづらい部分がある。日常生活に著しい支障をきたすわけでもないし、自分は何もおかしくないと本人が思っているから、病院に行ったり誰かに悩みを相談したりしない場合があるのだ。


 メラニーさんの場合は問題なのが絵だけであってあとは普通っぽいので、まあ問題ないといえば問題ないのだろうけど。

 魔導書の担当ではなくなったので、これ以上悪化することはないはずだし。

【おまけ】現実と共通している用語を解説


・図書登録

 資料管理用のバーコードを貼る→各種情報を登録する、という流れになる。

 書誌情報と所蔵情報は本編を参照のこと。

 一般流通している資料だと、業者がデータを作ってくれている場合がある。その場合は必要に応じて、インターネットから情報をダウンロードできるようになっている。

 しかし流通していない昔の本やマニアックな寄贈だったりするとデータが存在しないので、その館の図書館員が手入力で情報を登録する。手入力で登録する場合は、手抜き技が存在する。


・BDS

 図書館で導入されている防犯用のゲート。ブックディテクションシステム。利用者用の出入り口などに設置されている。

 貸出されていない本を「誤って」外へ持ち出されるのを防ぐシステムで、「防犯用」とは表向きにはあまり言われない。

 ICタグや磁気テープを電波でキャッチし、作動するとやんわりした警告のアナウンスが大音量で響き渡る。いつ作動したかの履歴も管理用のパソコンに残る。

 ペースメーカーなどの医療機器に影響がでない程度の微弱な電波なので、そういうのをつけていても問題なく通過できるよう作られているが、心配なら図書館やお医者さんに事前に相談するといいだろう。

 カウンターで資料貸出の手続きをしていれば、基本的にゲートは作動しない。(何らかの不具合があるとたまに作動する)

 本の貸出をせず外に出ようとすると大変なことになるので注意。

 図書館の資料を黙って持ち出すのは絶対にやめよう! 作動させない裏技はあるけど、絶対にやめよう!

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