#86 シュリーレン基地
昶Side
ヴァインシュトック要塞を出航してから二日が経過した。
あと数日も進めば勢力圏は友軍からメカル新政府軍の支配する領域となり緊張度も上がる筈である。
あたしと亜耶はミスティックシャドウⅡでクレアシオンよりも先行して寄港する予定の街へと飛行していた。
と言うのも昨日からその寄港する街にあるヘレンタール王国軍の基地との連絡が取れなくなっていて状況確認の為の偵察飛行に脚の速いエアロギアの形態になれるこの機体に白羽の矢が立ったのである。
ちなみにクレアシオンはあたし達よりほぼ1日程遅れてここに到着する予定である。
もう一機のエアロギア形態になれる機体であるリトラのストラトガナーは雷光とローテーションを組んでクレアシオンの直掩、つまり護衛に任務についている。
「昶、まもなくシュリーレンの街の上空に到達します」
「確か工業エリアもあの小さな山の向こう側だったわよね」
「はい、その筈ですが……あれは!」
亜耶の言葉にまだ先にあるシュリーレンの街を見ると。
…………あちこちから火の手が上がっていた。
「……敵の攻撃……!」
「亜耶!全速力で向かうわよ!」
あたしが言い終わるよりも早く亜耶がスロットルを最大出力まで押し込んだ。
身体が強烈な加速Gでシートに押し付けられる。
前方に弾き飛ばされるようにミスティックシャドウⅡは加速した。
「これは……爆撃の跡?」
「地上に敵部隊の姿は無いようですね」
「ふうん……どうやら工場目当ての空襲って所かしらね」
『此方はヘレンタール王国軍シュリーレン守備隊!接近中の航空機へ、何処の所属かあきらかにせよ!』
工業エリアに入るとすぐに現地部隊かららしい通信が入った。
「昶!4時方向からS-40サンダーホークが2機接近して来ます!」
「スクランブルして来たここの部隊か……連絡が取れなかったから全滅してるかと思ったけど残存部隊がいたのね」
話している間にも90mmマシンガンを構えたサンダーホークが接近してくる。
「基地とは連絡が取れなかった筈ですが部隊は残存していたようですね」
「そうね、ここは戦闘は控えた方がいいわね」
「わかりました……こちらはラティス帝国の傭兵部隊「アトロポス」所属、空中航空巡洋艦クレアシオンの第1魔導機兵隊です、其方が撃たない限り此方は敵対する意志はありません」
『了解した、セント・パッカードからの脱出部隊か……!ん、はい……了解しました……シュリーレン基地へご案内します……おい、基地まで護衛するぞ!』
基地からの指示があったのだろう、すぐにあたし達の機体の周囲に他の機体が囲むようにポジションを変えた。
「護衛……ですか」
すこし不愉快そうに亜耶が呟くのがイヤホン越しに聞こえた。
そう言うのも無理は無いだろう。護衛と称してはいるがこの機体を逃がさないように周囲に僚機を配置するように編隊を組んでいたからだ。
今一つ味方と断定しきれないサンダーホークにヘレンタール王国軍の拠点の一つであるシュリーレン守備隊の基地へと誘導され、そこに降り立った。
接地前にマニューバギアに変形したミスティックシャドウⅡは着陸するとホバー走行で誘導路を通って掩体壕へと向かう。
「この基地もかなりの被害が出ているようですね」
「そうね……あちこちに魔導機兵の残骸や瓦礫が転がってるし」
周囲を見ると滑走路の脇には離陸前に破壊されたらしいサンダーホークの残骸や格納庫の方向をみると半分崩れ落ちた建物があったりする。
誘導された掩体壕にミスティックシャドウⅡを駐機させ、亜耶は魔導装備を制御する為のセンサーが内蔵された専用のヘルメットを外した。
亜耶の見事な銀髪がふわりと流れ、あたしも自分のヘルメットを外した。
「昶、念のために機体に魔力ロックをかけておきます」
「うん、その方が良さそうだね」
互いに周囲に聞こえないように小声で話してからキャノピーを開くとあたしと亜耶は主翼を伝って機体から飛び降りる。
格納庫の外で二人の士官が待っているのが見えた。
「ほう?ラティス帝国の噂の最新鋭機を操っているのがこんな可愛らしいお嬢さんとはな」
「此方です、ご案内します」
どうやらこの基地のお偉いさんらしい恰幅のいい男性士官とその副官らしい士官が出迎えた。そしてその後ろには数人の兵士がアサルトライフルを持って囲むように立っている。
どうにも気にくわないな。
亜耶も同じように感じているのだろう、その表情はちょっと不愉快そうだ。
亜耶Side
案内されて私と昶は基地の応接室に通された。
「挨拶が遅れた、私はこのシュリーレン基地の司令官代理を現在勤めているアサクラ少佐だ。よろしく頼む」
「傭兵部隊「アトロポス」所属、空中航空巡洋艦クレアシオン第1魔導機兵隊の若桜昶少佐です」
「同じく涼月亜耶少佐です」
名字を聞いて彼も日本人転生者かと思ったのだがどうやら違うようだ。
それというのもアサクラ少佐からは私や昶が持つ(とは言っても昶はまだ初歩的な魔法しか使えないのだが)転生者やカテゴリーⅡ特有の魔力の流れが感じられなかったからだ。
この世界で日本人の名前を持つのは私達みたいな元々日本人である者以外にもこの世界には日本人っぽい名前を持つ人たちがいる。
以前に私と昶はこの異世界とはまた別の異世界に一時的に転移して暫く過ごした事があるがその世界にも日本人とよく似た名前や容姿の人達がいたからあまり驚く事ではないのかもしれない。
「部下から報告は受けている、セント・パッカードでは大変だったようですな少佐」
「はい、ですが私達は運良く脱出して帰還の途に着く事が出来ました」
「この基地もかなり酷く爆撃の被害を受けてるようですね?」
「ああ、小型の空中艦の爆撃を工業エリア共々徹底的にやられた……残存戦力はさっきのサンダーホーク4機と警備用の装甲車と4WDの2台、対空砲座が1基、オマケに通信設備は直撃弾で司令室ごと全損、本来この基地の司令だった大佐と副官もその時に戦死して私がその代理で敗残処理だ……散々だよ」
「心中お察ししますアサクラ少佐」
「ありがとう……他に何か聞きたい事はあるかな?」
「小型の空中艦……それって噂になってる奴かしら?このまえ傭兵ギルドで空中艦にあるまじき速力で高高度を飛行するっていうのを聞いてるんだけど」
昶は副官が持ってきた紅茶に口を付けると謎の小型空中艦の話を切りだした。
「そうか貴官らも聞いているか、その通りだよ……多分またとどめを刺しに来るだろう……対策に頭が痛めている所だ」
「すぐにまた爆撃があると見ているのですね?」
「恥ずかしながら我々のサンダーホークでは満足な迎撃が出来なかったのだよ「女神のリストリクター」はパイロットなら知っているだろう?」
「魔力の反発効果の限界高度にくると急激に魔導エンジンの出力低下が起こる現象ね?」
「ああ、連中はどんな技術を使ってるのかそれよりも上の高高度へ逃げてしまう、現状の魔導機兵や航空機による迎撃は事実上不可能だ……完全に手詰まりでね、そこに来たのが君たちと言う訳だ」
私は紅茶を一口飲むとカップを置きアサクラ少佐に向き直った。
「で、どうするのです?」
「折角君達が来ているんだ、是非とも協力して頂きたいのだがどうかな?」
「あたし達を傭兵として雇うって事?残念ながら高度の限界は変わらないわよ?」
「いや、もっと簡単な方法がある」
ぴくりと昶の眉が動いた。多分私と同じ結論になったのだろう。
「……まさかあたし達を売るつもり……?!」
「その通りだ、私はまだ戦死したくは無いのでね……降伏するにしても敵国の最新鋭の魔導機兵が手に入る方が向こうも受け入れるだろう、手土産には充分過ぎると思わんかね?」
昶はがちゃんと紅茶のカップを置くと立ち上がった。
「帰るわよ亜耶」
「そうですね、私もこれで艦に戻らせて頂きます」
「戻れんよ」
「何を……言ってる……のよ……」
「昶!!」
昶の瞳から表情がすうっと消えるとそのまま倒れた。
「紅茶に……!!」
いい終わらないうちに私の視界は暗転し、意識が途切れた。
シュリーレン基地 応接室
床に倒れた銀髪の少女と黒髪の少女をアサクラ少佐は見下ろすと下衆な笑みを浮かべた。
「なるほど、「銀色の戦乙女」はカテゴリーⅡだという噂は聞いていたが確かに美しいな、この「帝国の黒髪の悪魔」も充分に愛らしいがそれを上回る」
「どうします少佐?」
「そうだな、事態が落ち着くまで営倉に放り込んでおけ」
「営倉は爆撃で破壊されおりまして……」
ちっと舌打ちをするとアサクラ少佐は苦虫を噛み潰したような顔で外を見て指さした。
「あの倉庫は片方は無傷だったな?」
「はい、被害は受けておりません」
「ならあそこでいい、身ぐるみ剥いで魔力錠で繋いで見張りを付けておけ」
「わかりました」
「さて……あの新型を連中に売り飛ばして落ち着いたらたっぷり可愛がってやるか」
亜耶と昶を抱く妄想をしながらアサクラ少佐はニンマリと笑った。




