#85 出航
#85 出航
昶Side
クレアシオンの主機が唸りを上げ始めた。間もなく出航である。
充分な補給と休息を得られたあたし達はこのヴァインシュトック要塞から出て再びラティス帝国への帰還の途につく。
あたしと亜耶はドリステル少尉を伴って艦橋でその様子を見ていた。
彼が艦船の出航を見学したいとティア艦長に申し出てそれが受理された為である。
海軍や空中艦隊に勤務したからといって必ず艦に乗り組むわけじゃないし見たいと思うのもまあ納得出来る話である。
「ゲート開きます」
「了解しました、クレアシオンはこれより出航します、フライトリアクター作動、微速前進」
「微速前進」
「フライトリアクター作動、浮揚出力に上昇」
「ヴァインシュトック要塞から出ると同時にカナード及びスタビライザーを展張」
「了解しました」
ふわりと艦体が浮き、ゆっくりと艦が動き始めた。
時刻は午後八時。既にすっかり暗くなった空に幾つもの照明や標識灯を点滅させながら全長200mの技術試験艦「クレアシオン」はヴァインシュトック要塞を離れ、ラティス帝国へと再び航海を始めた。
シュリーレン市上空
昶達がヴァインシュトック要塞から出航する前日の事である。
シュリーレン市が所属不明の部隊による空襲を受けた。
シュリーレン市は地方都市ではあるが兵器の部品であったり鉄道車両や自動車を製造する大企業やその下請けの中小の工場が点在する工業の街である。
その重要性から比較的小さな街であるにも関わらずヘレンタール王国軍のランドウイング装備の魔導機兵や汎用VTOLを擁する航空隊、街を守る陸軍守備隊の基地がある。
その日の昼過ぎに突如として警報を知らせるサイレンが鳴り響いた。
アラート待機、つまりスクランブル発進に備えて待機していた魔導機兵のパイロット達はサイレンが鳴ると間髪を入れずに愛機のある格納庫へと走る。
整備員が魔導エンジンを始動し牽引車に引かれたランドウイング装備の魔導機兵、Sー40サンダーホークが掩体壕から引き出され牽引車が切り離される。
ヘレンタール王国軍仕様の迷彩塗装が施された機体は脚部のローラーを使い背中のランドウイングの魔導エンジンを全開にすると魔力の粒子を吐き出しながら全速力で滑走路から離陸した。
魔力を探知出来る索敵システムは何処の軍隊でも装備されている。
しかしこれには技術的に克服できない欠点があった。
探知できるのは「その相手との距離とその魔力量だけ」なのである。
だからどの方角から相手が接近してくるのかは索敵手の経験と勘が物を言う。
幸いこの基地の索敵手の判断の通りに魔導機兵の部隊が急行するとその上空を該当する所属不明部隊が飛行していた。
「なんだあれは……?」
思わず飛行隊長がつぶやくのも無理もない。
それは全長50m、幅10m程の小型の空中船で両舷に補助エンジンらしき物を装備している全く見た事の無い空中船だった。
そしてそれは綺麗に編隊を組んで飛行している。
もしその編隊を太平洋戦争での航空戦を知る坂崎准将が見れば当時のアメリカ軍戦略爆撃機が使用していた防御重視のコンバット・ボックスと呼称される編隊の組み方である事に気がついたかもしれない。
しかし飛行隊長はこの初めて見る奇妙な小型船に気を取られていてそこまでわからなかった。
「あれは……メカル新政府軍のインシグニア(国籍マーク)だ!各機かかれ!!街の上空に入れるな!!」
『『『了解!』』』
隊長の命令に8機のサンダーホークが下から突き上げるように襲いかかった。
しかし。
小型船の各所に装備された大口径の機関砲が火を吹き、複数の小型船の機関砲の火線に捕まった2機のサンダーホークが胴体やランドウイングに被弾してきりもみしながら墜落していく。
「なんだと?!あっという間に2機のサンダーホークが?!クソッ!!上に回り込め!下の防御火力が予想以上にある!!」
残った6機のサンダーホークが出力全開で上昇に入った。
だがその小型船は両舷の補助エンジンのノズルから派手に魔力の粒子を吐き出し始めると船首をあげて大迎角をとり更に上空へと猛然と加速を始めた。
「逃げる気かッ!!追尾、撃墜しろッ!!」
6機のサンダーホークが上昇して追いすがる。
だが突然機体の出力が低下し始めた。
「何だと?しまった、魔力の反発効果の限界高度か!!」
『隊長!!エンジンの出力が上がりません!!振り切られます!!」
「くそっ!!何故あいつらは上昇できるんだ?!」
小型船はサンダーホークの部隊を振り切って上昇しシュリーレンの街へと飛行する。その高度は魔導機兵やこれまでの空中艦の魔力の反発効果の限界を超えた高度に達していた。
「どうだ?鬱陶しい連中は振りきったか?」
「はい、問題ありません、この船を含めてみんな順調です」
「そうかよくやった」
この部隊に指揮官であるカーディナル・ロメイド大佐は満足そうに頷いた。
「邪魔な迎撃機もいないとは幸先いいですね、もっともいた所でこの高度まで来られないでしょうが」
「ああ、だが本番はこれからだぞ……間もなくシュリーレン市の工場エリアの上空にさしかかる、爆弾倉を開け」
「了解です」
ヘレンタール王国軍にとっての謎の小型船である戦略爆撃艇がその下部にある爆弾倉を開いた。そこには数トンの爆弾がぎっしりと収められていた。
爆撃手が照準機を覗き込む。それはロメイドにとって前世で散々見慣れた物であった……その名称はノルデン爆撃照準器。
太平洋戦争で日本を焦土と化したアメリカ軍のBー29戦略爆撃機に搭載されていた爆撃照準器と同等の物である。
「各機爆撃開始、爆弾を投下し終えた者から帰投する」
ロメイドの爆撃艇を手始めにその他の爆撃艇も次々に爆弾を雨霰と投下し始めた。
この日、シュリーレン市はその面積の半分以上が爆撃によって破壊され、一つの街が地図から消えた。




