#84 訓練後
#84 訓練後
昶Side
傭兵ギルドであたしと亜耶に絡んできたガラの悪い傭兵連中相手の戦闘訓練の名目を借りた喧嘩は終了した。
その時間、索敵から始まって戦闘が終了するまでほぼ10分。
正直な所を言うと…………予想以上に、いや予想以下に酷い実力だった。
いやもうなんであんなのが傭兵ギルドでデカイツラしてんのって。
そして。
「……あの」
「はい?」
「なんですかこの状況は」
いつも冷静な亜耶が若干戸惑った表情でぼそりと。
「実は彼らがどうしてもお二人に詫びを入れたい、と言っておりまして」
横でそれを聞いていた傭兵ギルドの受付嬢がそれに答える。
だってさ、今あたし達はギルドの受付のあるフロアにいるんだけどそこの床にずらっと傭兵60人が正座しているのである。
「すみませんでしたあああああああっっ!!!」
傭兵達の一番前でその隊長と最初にあたし達に絡んで来た傭兵が額を床にすり付けんばかりに土下座する。
「実はあの戦闘訓練と怪我の治療が終わってすぐに詫びを入れたいから若桜少佐と涼月少佐の事を質問されまして」
「あたし達の事喋ったの?」
「名前だけですよ、ギルドは細かい個人情報まで教えたりはしません」
「なるほどね、あたしはもう気にしてないけど亜耶はどう?」
「私も特に気にしていませんよ」
「……だそうですよ貴方達」
「本当にすいませんでしたあああ!!まさか傭兵組織アトロポスの「銀色の戦乙女」と「帝国の黒髪の悪魔」だったとは!!!」
「ちょっと!!なんで亜耶の二つ名は格好いいのにあたしは悪魔なのよ!!ってか何その「連邦の白い悪魔」みたいな言い方は!」
「ひぃっ!?すいませんすいませんすいません俺達が考えたんじゃなくて既に姐さん達はそういう二つ名で有名になっちゃってるんっす!!」
「…………マジか…………」
「……マジっす……」
「あの、ちょっといいスか姐さん達」
「ん?」
「はい?」
「さっきの戦闘訓練で思ったんスけどね、今のお二人のLvってどれ位なんスか?」
あれ?言われてみれば最後にLv測定したのいつだったっけ?
13号浮遊島事件から後は色々あって全然Lv測ってないな。
「そういや亜耶もあたしもかなり長い事Lv測定やってないよね」
「確かにずっと忙しすぎてLv測定どころかギルドに来る事自体かなりのご無沙汰でしたね」
「そういう事なら今ここでLv測定なさいますか?傭兵ギルドも冒険者ギルドもLv測定のやり方は共通ですからここで登録情報の更新も出来ますし」
「うん、じゃあお願いするわ」
「ではすぐに測定板を持ってきますね」
程なくして受付嬢がミスリルと結晶石で作られたLv測定のマジックアイテムであるLv測定板を持って戻ってきた。
あたしや亜耶がこの世界に転生して初めて冒険者ギルドに来た時に使ったのと同じやつである。
ふと周囲を見渡すと傭兵達も興味深そうにあたし達をみている。
まあそりゃそうか。訓練とはいえ自分達を瞬殺した相手が具体的にどの程度の数値なのかは気になるよね。
「はい、では測定板のここに両手をあてて下さい、それでLvの数値が表示されますので」
受付嬢に促されてあたしは測定板に両手をあててみた。
そして表示されたのは。
「え?何このメッセージ表示は」
測定板に表示されたのは数字ではなくてメッセージだった。
「おかしいですね?……これはエラー表示ではないようですが……えっ?これって?」
「?……どうしたのよ?」
「……Lvオーバーによる表示不能、みたいです」
「へ?」
周囲が一瞬ざわっとなった。
「ええとですね……簡単に説明しますとLvがすでに上限に達していて正確な数値が表示出来ないみたいです」
「えーと……上限って確かLv100よね?」
「はい、Lv100は確実なのですがそれがLv100なのかそれとも遙かに超える数値なのかまではわからないという意味の表示ですね」
しーんと静まりかえるギルド。
今度は亜耶が測定板に両手をあてた。
完全に同じメッセージが表示された。
「「えっ……」」
「あの……お二人とも一体何をすればそんな非常識なLvに…………?」
受付嬢の台詞にこくこくと頷く傭兵達。
…………非常識にLvが上がる理由に心当たりがありすぎる。
「13号浮遊島事件の時に敵の司令官倒して浮遊島の大型ジェネレーター倒して……」
「あの時に洗脳されていた私との戦闘もありましたしあと……」
「この前のアスコモイドグレルの騒ぎでもそれを二人で殲滅してるわよね……」
「多分それじゃないでしょうか……傭兵ギルドでもアスコモイドグレルについて分析していますがあれを倒した場合に入る経験値がかなり凄い数字になっていましたので。なにしろあれだけの帝国軍に大損害を与えた魔導種ですからそれに比例してとんでもない数値が入ったのではないかと」
…………マジですか。
とんでもない数値を見せられて暫くざわついていたのだが肝心な用事を忘れてた。
「ねえ、ちょっと聞きたいんだけどさ」
「はい、当ギルドで答えられる事ならば何でも」
「あたし達の母艦の「クレアシオン」なんだけどさ、航路情報やその周辺の敵味方の勢力圏の状況を知りたいのよ」
「あと現在のメカル新政府軍の配備状況とかもわかる限りでいいのですが」
「そうですね……これを見てください」
受付嬢は壁に貼ってある巨大な地図を指さした。
「地図のこの場所が「クレアシオン」が通ってきた死の谷回廊でここがヴァインシュトック要塞のある地点です、ここを出航してラティス帝国へ帰還するのであればここを出発してヘレンタール海峡を横断、対岸のハルサクラの街を通ってその後急ぐのならば天翔山脈回廊を経由、ラティス海に出てラティス帝国の本島まで海を横断する事になりますね……特に急がないのであれば天翔山脈を大きく迂回すれば済みますが時間が倍以上かかるかと」
「やはりそうなっちゃうか……セント・パッカードが占領されちゃってる以上このルートしか無いか」
本来予定していた帰還に使う予定の航路はもうメカル新政府軍に封鎖されてるっぽいしなあ。
「ふーむ……現状でのメカルの勢力圏はどうなっているのです?」
「現状ではこのヘレンタール王国内部までの侵攻は確認されておりませんが近く大きな攻勢があるとの情報を王国の情報部から受け取っています」
「侵攻があるとして何処から来ると予想されているのですか?地形からするとこのハルサクラという街へ海から来る可能性が高そうですが」
「はい、涼月少佐の仰る通り我々傭兵ギルドもヘレンタール王国軍部もそのように予想しています、ただまだ具体的な動きを見せていないのでこのルートを使うのならば早めにした方がいいかもしれません」
「なるほどね、よくわかったよ」
あたしと亜耶はその後も色々と補給できそうな場所や航路上の情報を傭兵ギルドで得る事が出来た。
「それにしても昶。情報を得るまでに妙な手間がかかってしまいましたね」
「まあねー、でも久しぶりに身体を動かしてスッキリしたわ」
「取り敢えず用事も済んだ事ですしそろそろ行きましょうか」
「あ!思い出した!!ちょっと待って下さい姐さん方」
「「はい??」」
「俺達、妙な噂を聞いたんスよ」
「妙な噂って?」
「変な小型船を見たって話なんスけど、長さが50m位の小型の空中艦らしいんです」
「長さから聞くと魚雷艇や掃海艇にも思えますが」
「いや、そのどっちでもないみたいなんスよ」
「どっちでもない?」
「なんでもうわさじゃあ10トン近い搭載量があるらしいんスけど機銃程度の武装しか無いくせに空中艦にあるまじき速力を出すらしいんス」
「あ、その噂なら俺も聞いた事ある!偉い高い高度を飛んでて見つけるのも一苦労だって話だったな……まだ試作機しかないって噂だぞあれ」
「昶、武装が少なくて搭載量が多いという事なら新型の高速輸送艇とかでしょうか」
「うーん……でも高度が高いってのは気になるわね」
「そうでうすね」
「まあいいわ、記憶にとどめておくよ。ありがと」
なんだかんだで傭兵ギルドでの用事を済ませたあたしと亜耶は一旦クレアシオンに戻って資料と手に入れた情報をティア艦長に伝えるとそのまま休暇に入ったのである。




