#78 渓谷を抜けて3
#78 渓谷を抜けて3
昶Side
亜耶が操縦するミスティックシャドウⅡは狭く、激しく蛇行する渓谷を機体を右に左にと振りながら超高速で駆け抜けて行く。
その後方を追ってくるM5Mワーキャット。
風防越しに後方を見ると何とか機体の6時方向の射撃位置を確保しようとしているのがわかるがこの険しい渓谷に沿って亜耶が巧みに機体を振り回しているおかげでなんとか凌いでいる状況だ。
リトラはというと更にその後方で残り2機を相手にマニューバギア形態でワーキャットを翻弄しているようだ。
本来ならば2機でフォーメーションを組んでの編隊空戦をするのが望ましいのだがこの渓谷の狭間ではそれは望むべくもない。
「もうすぐ開けた場所に出るわよ亜耶!」
「わかりました!」
「アーチ状の岩の下を抜けたらすぐだからそこで決着を!」
「そうですね、その方が振り回せますし!」
「火器管制貰うわよ!」
「はいっ!」
あたしはもう一度風防越しに後ろを振り向く。2機のワーキャットの片方が迫ってくる。
前方にはアーチ状の岩。
よし、あれを利用するか。
「亜耶!あのアーチ状の岩をグレネードで通過直前に崩す!」
「わかりました、タイミングを合わせます!」
「「……3、2、1!今!」」
「当たれぇっ!!」
ドンッ!!ドンッ!!と音を立てて機体下部、アサルトギア形態時に右腕に相当する部分が開いてグレネードが2回発射された。
発射と同時に亜耶はスロットルをオーバーブーストまで入れる。
グレネードの弾頭は狙い通りにアーチ状の岩に大きな亀裂を入れた。
「もう一発!!」
更に105mmアサルトライフルを撃って亀裂を広げる。
命中した部分から岩がぼろぼろと崩れ始めた。
ミスティックシャドウⅡがその下をフルスロットルで駆け抜ける。
その直後。
土煙を上げて岩が盛大に崩れた。
そこに全速力で追ってきたワーキャットの1機が崩れた岩に突っ込みバラバラになって爆発する。
更にそれを回避しようとしたもう1機が操縦を誤って横の崖に接触し、崖にランドウイングをもぎ取られてバランスを崩すと回復不可能な激しいスピンに陥りそのまま反対側の崖に激突して爆発、四散した。
「これで2対2!!」
2機を退けたミスティックシャドウⅡは開けた地点に入った。
M5Mワーキャット隊長機コクピット内
『たっ、隊長!あっという間に2機が!!』
「うろたえるな!向こうは実戦慣れしているという事だ!」
隊長のトリンガム少佐は内心焦りつつも部下に激をとばす。
「ミスティックシャドウⅡは私が相手をする!お前はあのストラトガナーを墜とせ!結果を出せん事には新型を任せてくれたあのお方に申し訳が立たん!」
「はっ!」
トリンガムの命令を聞いた部下のワーキャットは開けた場所に出ると反転しストラトガナーへと向かった。
「この前の航空ショーの時は油断したが……今度はやらせん!!」
ワーキャットの手足の質量を巧みに利用しながら少しずつ被我の距離を詰めていく。
が、しかし中々ミスティックシャドウⅡへと射線軸が通らない。
操縦しているパイロットの腕がかなり良いのだろう。もう少しで撃てそうという状態になっても隙が無い。
「やるな……並のパイロットならとっくに決着がついているのにまだ墜とせんとは!」
昶Side
敵隊長機のワーキャットは未だに後ろに食いついたまま離れない。
操縦しているのが亜耶でなければとっくに撃墜されているかもしれない状況だ。
既にこれまでの戦闘機動で機体の速度はかなり低下している。
「後ろの奴……隊長機だけあって巧い!」
亜耶が呟くのがインカム越しに聞こえる。
左斜めの宙返りに入りつつその頂点を過ぎると機体が左に横滑りしながら螺旋状に急速に向きを変え、そのまま失速寸前の速度でスロットルを開いたまま翼を垂直にした旋回に入って機体を左へと捻り込む。
敵隊長機がついてこれずにミスティックシャドウⅡを追い越して前方に飛び出した。
「貰ったわよ!!」
航空機形態であるエアロギアの時には機体前頭部に位置する30mmバルカン砲が火を噴いた。
ブロロロロォォォ……!!
バルカン砲独特の音を響かせて30mmの弾丸が毎分6000発の連射速度で発射される。
その弾丸はワーキャットの左脚を貫き、膝から下を脱落させた。
「これで終わり……!!ああっ?!」
これで撃墜して終わる、と思った瞬間ワーキャットはランドウイングのブースターと残っている右脚のジャンプ用ブースターを噴きながら手脚の質量を振り回して右側の崖に両手と右脚をついてジャンプするように後方へと跳び下がった。
「速度が落ちていたとはいえ崖を利用するとは……やるじゃないですか!!」
亜耶が歯噛みをして悔しがる。だがその表情には普段冷静な亜耶らしくない焦りが見えた。
M5Mワーキャット隊長機コクピット内
「左捻り込みをするとは……!まさかあのパイロットは元日本海軍の戦闘機乗りだとでもいうのか!!……バランスが悪い!左脚をやられたからか!!」
トリンガムはミスティックシャドウⅡを再び照準器内に収めた。
「だがここまでだ!!これだけ速度が落ちればもうロクな戦闘機動はできまい!!」
照準器内のミスティックシャドウⅡの胴体中央部に向けてトリンガムの右手が機体に装備されている105mmアサルトライフルのトリガーを引いた。
その瞬間、ミスティックシャドウⅡの機体が機種上げ姿勢に入るとそのまま胴体を中心に回転するような動きを見せた。
「何だとっ?!……失速機動……しまった!クルビットか!!」
気づいた時には既にワーキャットはミスティックシャドウⅡの前方へと飛び出してワーキャットは6時方向、真後ろの射撃位置につけられていた。
ミスティックシャドウⅡの胴体下部の105mmアサルトライフルの銃口が発射炎で断続的に光るのが見えた。
「くそっ!!」
トリンガムは反射的に脱出装置のハンドルを引いた。
次の瞬間、ワーキャットは多数の弾丸を浴びてスクラップと化した。
彼が脱出した時、残っていたもう1機のワーキャットがリトラのストラトガナーに剣で両断されて墜落していくのが見えた。
砲撃支援機なら近接戦闘は苦手な筈、と格闘戦に持ち込んで返り討ちにされたのであろう事は容易に想像が出来た。
「やれやれ……これで当分手が出せんかもしれないな……」
トリンガムは一人呟いたがその表情には悔しさが滲み出ていた。
昶Side
あたしが後方を振り向くとランドウイングのエンジンを貫かれて爆散するワーキャットとパラシュートが開いてゆっくり降下するコクピットカプセルが見えた。
どうやらパイロットは無事に脱出したらしい。
まあこの前の航空ショーの騒ぎで知っているとはいえ少しほっとする。
いずれにしても敵のパイロットが無事ならばその救難と捜索に彼等は限られた人手を投入しなければならない。
言い換えれば「本来使わないで済む無駄なマンパワーと貴重な時間を浪費させる」事が出来るのだから無駄にはならないのだ。
「昶、上手くクルビットがハマりましたね」
「そうね……今回なんとかなって良かったわ」
「あの腕前のパイロットでは次は通用しないでしょうね」
クルビットというのは飛行中に進行方向を高度を変えずに機体の姿勢を急速に機首上げし、そのまま胴体を中心に後方へ一回転するという失速機動の一種だ。
地球世界の戦闘機でこれができるのはロシア軍のSuー27・35・37やアメリカ軍のF-22といった推力偏向ノズルを持った一部の、それも高度な失速特性を持つ機体ぐらいである。
エアロギア形態のミスティックシャドウⅡがこれを可能としているのは翼面荷重が小さく大迎角時も失速特性が優れていて、尚且つ先日の改修でエアロギアの時に双発のエンジンの役目をする両脚のロックを解除して推力偏向ノズルと同等の働きが出来るようになった事が大きい。
そしてそれ以上に機体を操る亜耶のパイロットとしての技術が向上しているからと言っていいだろう。
とにかくあたし達は無事にヘレンタール王国へ入れる見込みが出来た。
これで艦の本格的な修理と各種補給の不安はひとまず解消出来そうである。