#77 渓谷を抜けて2
#77 渓谷を抜けて2
空中艦や飛行船の船乗り達に「死の谷」と呼ばれおそれられる8000mを超える高い山々と、そして深い渓谷。
この険しい谷をメカル新政府軍の艦載機の標準塗装であるネイビーブルーに塗られた4機の魔導機兵が激しく蛇行する谷間を飛翔する。
メカル空中艦隊に配備され始めた最新鋭機、M5Mワーキャットである。
「それにしてもこの谷すら飛び越える事ができんとは……」
『仕方ありませんよトリンガム少佐、技術的にも理論的にも不可能だそうですから』
「大地の魔力との反発効果の限界と言う奴か……全く不便な話だ」
『速度も遷音速までが魔導エンジンの限界ですからね……聞けば少佐の前世の世界じゃ軍用機は超音速機が当たり前に配備されていたそうですが』
「ああ、その通りだ……索敵技術も発達しきって射程距離数百kmの誘導兵器も存在していたがそれも人工衛星を使用した誘導システムがあっての話だからな、成層圏すら行けないこの世界では望めないな」
この世界の航空機や空中艦、魔導機兵は魔法炉を使用した魔導エンジンとそれに接続されたフライトリアクターの作用によって飛行する。
フライトリアクターによって加工された魔力は大地の魔力に対して磁石のように反発する性質を持つ。その反発効果で空中艦や航空機、魔導機兵は飛行するのだがその反発効果で得られる理論的、技術的な高度の限界が出力による多少の差はあるものの大体標高8000m前後とされている。
翼やローターの揚力によって飛行した場合でもやはり同じように標高8000m前後の高度に達すると魔力の反発効果と同様に急激に揚力が低下する現象が確認されていた。
そして飛行速度も同様に限界がある。
音速に近づけば近づく程、魔導エンジンの出力低下現象が発生し、最終的にはほぼ音速に達すると魔導エンジンは動作しなくなってしまう。
その為に戦闘を行える実用的な飛行速度は時速にして800km〜900kmである。
更にこの世界には化石燃料が存在しない為にそれを使用するレシプロエンジンやジェットエンジンによる航空機での高度限界や音速の突破は現在は理論的にも技術的にも不可能となっていた。
これらの機関出力の低下現象を称して「女神のリストリクター」と言われている。
ともあれそれ故に各地にある標高8000m級の山脈は迂回するか、或いは狭い渓谷を抜けて行くしか方法が存在しないのである。
そもそも魔法が存在する時点で地球世界とは物理法則が根本から異なるのは当然であるし仕方のない事ではあった。
「とにかくだ、例の傭兵部隊を見つけ次第殲滅、出来ればあの可変型の魔導機兵を……「シャドウ」系列の機体を鹵獲するぞ、いいな」
『了解です』
ネイビーブルーの魔導機兵の4機編隊は渓谷を縫うように飛んで行く。
昶Side
ミスティックシャドウⅡとリトラのストラトガナーの二機はCAP(戦闘空中哨戒)の為に母艦を追跡してくるM5Mワーキャットを追い払おうとクレアシオンの後方へとエアロギア形態で展開していた。
『まだ出てこないわねあいつら……この前の連中で間違いなさそうだし張り倒してやろうと思ってるのに』
「距離的にそろそろ敵機に遭遇してもおかしくない筈です」
「魔力センサーに感あり!この数値だと相手が魔導機兵ならまもなくよ!」
『えっ?まもなくってそんな近くに来るまでわからなかったの?!』
「渓谷の地形の陰が多くて途切れ途切れにしかセンサーが反応しないんだから仕方ないでしょ」
ピピピピピ……。
コクピットパネルのランプが点灯し警報音が鳴った。
魔力センサーが今度は敵機の魔力をはっきりと捕捉したのだ。
「近い!気をつけて!」
『目標視認!反航で来た!機体はランドウイング装備のM5Mワーキャット!』
「ほぼ同じ高度!亜耶、避けてっ!!」
「くっ!」
亜耶が反射的に左のフットペダルを蹴飛ばし操縦桿を左に倒す。
機体は敏感に反応し、左へ急横転しつつ横滑りする。一瞬後にワーキャットの放った105mmアサルトライフルの火線があたし達が飛んでいた空間に流れていく。
リトラは機体をマニューバギアに変形させての回避運動で避けたようだ。
そのままフルスロットルで少し開けた谷間に出た。
4機のM5Mワーキャットはあたし達とすれ違った直後にインメルマンターンで反転し、追ってくる。
4機編隊が2機ずつのペアに別れてそれぞれがミステックシャドウⅡとストラトガナーへと迫る。
ワーキャットがランドウイングのハードポイントに装着されていた流線型の、一見すると爆弾のようにも見える物体を切り離す。
「どうやら落下式増槽タンクを使っていたようですね」
『こりゃあ航続距離の推定値を改めなきゃ駄目ね』
「向こうは航続距離が長い分アウトレンジで作戦行動が取れる、か。厄介な事になりそうだわね」
「とにかく追い払いましょう、タンクを切り離した以上は長時間の空中戦をした後に戻る事を考えたら魔力の余裕はあまり無い筈です」
『そうね、航続距離の長いワーキャットを一旦退ければ残ってるサンダーホークじゃ脚が届かない分ヘレンタール王国へ安心して逃げ込めるわ』
「連中が追いついてくるわよ!散開!」
ミスティックシャドウⅡとストラトガナーは4機のワーキャットを迎え撃つべく左右へと別れた。




