#57 ミスティックシャドウⅡ
#57 ミスティックシャドウⅡ
荒海の海魔号 船倉
近くに転がっていたアサルトロッドをA-βは拾うとそれに魔力を流した。
「ソードモード」
ヴゥンと音を立てて魔力の刃が生成される。
倒れたまま動かない亜耶にA-βはその刃を突き立てようとした。
その時、A-βの足元に連続して銃弾が撃ち込まれた。
「何っ!?」
「撃てーっ!!、反撃させるな!弾幕を張れ!!」
「ちっ!」
他の場所の捜索と連絡を終えた「雷風」の陸戦隊員たちが報告に戻ってきたのだ。
とっさにリフレクトの魔法でA-βは銃弾を弾くと跳び下がった。
「分が悪い、ここは、退くとしよう、だが、目的の半分は果たした」
冷たい笑みを浮かべると足元に魔法陣が生成されA-βの姿が半透明になる。
更に銃弾が撃ち込まれるがそれは全て透過してしまった。
「転移魔法で逃げたか…涼月少佐を収容して「雷風」に戻るぞ、衛生兵!少佐を頼む!」
「ハッ!」
衛生兵がジャケットを胸元が開けられたままの亜耶に掛け、応急処置をする。
陸戦隊員達は意識の戻らない亜耶を衛生兵と抱きかかえて汎用VTOLが待つ上甲板へと急いだ。
空中駆逐艦「雷風」 医務室
「……ん……?」
「気がついたかね涼月少佐」
「ここは……?」
「駆逐艦「雷風」の医務室だ、まだ意識があまりはっきりしないかね?」
雷風の軍医である50代の少佐に言われて亜耶はゆっくりとベッドから起き上がると辺りを見回した。
「陸戦隊員達が少佐を発見した時は魔力欠乏で死ぬ寸前だったんだ、もう5分、いや3分遅れていたら助からなかっただろうな」
「……そうでしたか」
「艦長が心配していたぞ、報告ついでに顔をみせてやるといい」
「そうですね、ありがとうございます」
「礼なら少佐をここまで抱きかかえてきた衛生兵に言ってあげなさい、さっき魔力を注ぎ込んだから普通に動き回る程度ならば大丈夫だ」
「はい、お世話になりました」
亜耶はベッドから降りると医務室を出ていった。
駆逐艦「雷風」艦橋
「失礼します」
「ん?もう大丈夫なのか少佐」
「はい、普通に動き回る分には」
「そうか……厄介な事になったよ」
「………申し訳ありません、捕縛対象を取り押さえ損ないました」
「いや、少佐を責めている訳じゃない、あれを見たまえ」
雨降艦長に大きな双眼鏡を渡されて亜耶はその指差す方向を見る。
「あれは…!!」
「ああ、「荒海の海魔」号だ」
貨物船「荒海の海魔」号の船体が真ん中から二つに折れ、派手に爆煙を上げながらマナヴォルカン群の直ぐ側で今にも沈没しそうになっていた。
「どういう事です、煙は発煙筒の偽装だったはずですが」
「確かにそうなんだが少佐が救出される少し前に時限爆弾が数カ所に隠されているのが発見されたんだ」
「そんな……!」
「しかも見つかったときには解除する時間の猶予も無く少佐を連れて戻るのが精一杯だったそうだ」
「では私達は……」
「ついでに船ごと君達を殲滅させるためにおびき出されたと見るべきだろう、連中にとって強い転生者、とりわけカテゴリーⅡは最優先の排除対象だろうからな」
「え?では相手は「ディメンション・カウンター」の残党?」
「ああ、さっき若桜少佐から連絡があった」
亜耶は悔しさに唇を噛んだ、そしてある事に気付く。
「じゃあ昶も……!」
「銃と手榴弾で武装したテロリストに襲われたがナシュア少尉と一緒に自力で排除して無事だそうだ」
「そうですか、良かった……」
「だがまだ問題がある」
「あの船の魔力ですね」
「ああ、あの船の研究施設以外の船倉には結晶石や大きな魔力を持つマジックアイテム複数が積まれている、君達がこの前列車の護衛をした時に狙っていたのも間違いなくそれ絡みだろう」
「!!」
「後で私も知ったんだがあの列車の積荷は結晶石の大きな塊だったそうだ」
「ではわざわざこのマナヴォルカンであの船に積んだまま自ら沈めるのは……!」
「さっきラーシャ博士に概要を伝えて見解を聞いたんだが魔力飽和させて大型の魔導種を出現させる無差別テロを目的としているのではとの事だ」
「もう一つ考えられる理由があります」
「なんだね?」
「あの船には明らかに違法な生体培養施設がありました、そしてそこには私をベースにしたと思われるホムンクルスがいました」
「ああ、報告は聞いている……そうか」
「はい、私達にその技術を渡さないための自沈処分も兼ねているかと」
「やれやれ、厄介だな」
「そして自沈処分したと仮定した場合、既にホムンクルスを作る技術を確立させていると考えるべきでしょう」
「あり得る話だな、この件が片付いたら詳細な報告書を司令部と傭兵ギルドに提出しておいてくれ少佐」
「了解しました」
「とにかく本艦は明日交代の駆逐艦が到着するまでこのエリアに留まる、それともう一つ少佐に伝える事がある」
「…何でしょうか」
「少佐にパルマポートの工廠で受領して欲しい物があるとの連絡が入っている、これが受領に必要な書類一式だ」
亜耶は雨降中佐から受け取った書類を読むと目を見張った。
「これは…!」
「予定を前倒しして今朝作業が全て終わったそうだ、すぐ行って来るといい」
「ありがとうございます!それと艦長」
「ん?」
「昶に、いえ若桜少佐にこの事の連絡をお願いします」
「わかった、やっておこう」
「では行ってまいります!」
「ああ、気をつけてな」
雨降中佐は慌ただしく格納庫に向かった亜耶を見送った。
亜耶Side
私はちょうど整備が終わり「雷風」からパルマポート基地まで連絡輸送任務でフライト予定であった汎用VTOL「雷光」に便乗する事にした。
既に夜になり魔力光でぼうっと淡く輝くマナヴォルカンを下に見ながら私の便乗する「雷光」は飛行甲板から飛び立った。
深夜の港湾都市パルマポート。
そこに存在する帝国軍魔導機兵開発工廠にある滑走路脇の誘導路を抜けて雷光がエプロンに駐機するとよく知る人物が私を出迎えた。
「久しぶりね、亜耶」
「……貴女が何故ここにいるんです」
私を出迎えたのはゴスロリの服装をした少女。
彼女の名前はリトラ。私と同じ本の世界からこの異世界へと来た転生者カテゴリーⅡだ。
「何よ、ご挨拶ねあんたが来るって言うから早めにテストを切り上げて帰投したのに」
「テスト?ではリトラにも新しい機体が?」
「ええ、あそこに亜耶の機体と一緒にあるわよ」
リトラが指差す方向にはシャッターが閉じられ、数人の警備兵が守る格納庫。
「流石に厳重ですね」
「色々と新しい要素が追加されてるみたいよ、多分理由はそれね」
メガネを掛けた糸川という日本人転生者の技術大尉の案内でまず私とリトラは格納庫脇の開発事務所の建物に入ると応接室に通された。
「受領に必要な書類一式、確認致しました、まずマニュアルをお渡しします」
分厚いファイルを渡されて取り敢えずざっと読む。
「基本的な操縦やメンテ方法はこれまでと変わらないようですね」
「ええ、やった事は大規模改良ではありますが基本フレームや変形システムはこれまでと変わりませんので」
「変更部分はハードポイントの増設、機関出力の大規模向上、それに伴う機動性能の大幅な上昇とそれに伴う武装の種類増加及び魔導兵装の出力上昇、それと装甲配置やフレームの一部組み直しによる大規模な軽量化ですか」
「おっしゃるとおりです」
「概要はわかりましたので実機を見せていただけますか糸川技術大尉」
「わかりました、ではご案内致します少佐」
私と糸川技術大尉、それと何故かついてきたリトラと一緒に格納庫に脚を向けた。
格納庫の扉がゆっくりと開くとそこには新品同様になった私の機体、「ミスティックシャドウ」が戦闘機形態で駐機されていた。
「なるほど、確かにエンジンが大型化しているのがわかりますね」
「ええ、外観上目立つのはエンジンが大型化と戦闘機形態での動翼の追加といったところです」
「それ以外の部分はさすがに大きな変更は一見する程度では見受けられないんですね」
「基本的にフレームの限界内での大改造ですから外観はあまり……それでも操縦した感触は全く異なる、いやかなりのじゃじゃ馬になっているはずです」
「ふーむ……軽量化と出力向上で運動性能が劇的に向上した格闘戦向けの機体、という事ですか」
「はい、正直に言えばかなり癖が強くてパイロットを選ぶ機体です、ただ装甲が軽量化の為に他の機体より薄めなのでダメージには気をつけて下さい」
「第二次大戦中の日本軍機のようですね」
「それはまあ……基本フレームの設計者が日本人転生者ですからある程度の影響はありますよ、でも性能は折り紙付きです、それともう一つ改良点があります」
「それはどのような?」
「詳しくはこの資料を読んで頂ければよいかと」
亜耶は大尉に渡された書類をぱらぱらとめくった。
「なるほど、かなり高機動に特化していますね……現状で作戦行動はできる状態ですか?」
「明日の朝には全てのテストと最終整備が終わって実戦投入が可能です」
「では明日の午前中に機体を受け取って戻りたいのでお願いします」
「わかりました、それまでに作業と最終チェックまで終わらせておきます」
「お願いします」
これなら予想より早めに戻れそうだし、魔力飽和が起こっても事態に対処できそうだ。