#56 「荒海の海魔」号
#56 「荒海の海魔」号
亜耶Side
「荒海の海魔」号の前方に水柱が上がった。雷光の対艦ロケットランチャーと空中駆逐艦「雷風」の12.7cm砲による威嚇射撃が開始されたのだ。
「ラティス帝国空中駆逐艦「雷風」より貨物船「荒海の海魔」号、直ちに停船及び機関停止せよ、停戦命令に従わない場合は直ちに撃沈する、繰り返す……」
私が乗り組んでいる汎用VTOL「雷光」のキャビン内に警告の無線が聞こえてくる。
するとややあってから眼下を航行する貨物船「荒海の海魔」号はすぐに速度を落とし停船するのが見えた。
「………?」
「どうしました少佐?」
「様子がおかしいですね……」
見ていると船体中央部から煙を吐き出し始めるのが見えた。
そしてすぐに船から脱出用のボートが降ろされて乗組員達が脱出していく。
脱出したボートがまっすぐキャンドルタウンの港に向かうのが見えた
「どういう事だ?何故船を放棄する?」
「発光信号を確認……「カサイハッセイニツキキュウジョヲコウ」?」
「にわかに信じがたいですが……あきらかに不自然ですよ涼月少佐」
「うーん……まだ帝国領海の内側ですし帝国軍としては無視もできませんね……最も待ち構えている可能性の方が高いでしょうけど」
「どうしますか、少し様子を見ますか?」
「予定通り行きましょう、魔法が使える者は「リフレクト」を展開して味方の防護をしながら降下してください、降下後は1班は残った乗組員がいないか捜索、2班は船内の火災の状況把握を!」
「了解しました」
周囲を旋回していた「雷光」は甲板へと接近して降下用のロープを降ろした。
そのロープを使って「雷風」に乗り組んでいたアトロポス所属の陸戦隊が次々に降下する。
降下すると私は船内に入っていった。
しかし乗組員達は既に全員が脱出しているとの連絡の通りもぬけの殻だった。
煙もどんどん薄くなっていく。
「変ですね……」
「何の為に船を放棄したんでしょうか」
「証拠隠滅かそれとも別の理由か……何かしらの仕掛けがしてあると考えるべきですね」
「はい、自分もそう思います、曹長!火災区画はどうなっている?」
陸戦隊の副官が報告を促すと曹長は私に敬礼してから話し始めた。
「少佐、どうやら煙は仕掛けてあった発煙筒による偽装だったようです、もう乗組員はいないようなんですがただ……」
「ただ?」
「船内の区画構成が妙です、事前の打ち合わせと異なります…どうも我々の知らない区画が存在しています」
「偽装でしたか…私達はおびき寄せられたかもしれませんね…念の為に調査します、ただし、この船自体が何らかのトラップである可能性を考慮して連絡を密にして各自警戒を怠らないように!go below!」
「了解しました!」
ちなみに「go below」は下の船室へ行くという意味でこれが「go topsid」だと上へ行く(乾舷へ行く)という意味になる。マストや帆船の帆桁へ行くという意味なら「go aroft」だ。
さて、この船は色々と怪しいのは先刻承知だけれども何故に乗組員達が放棄したのか。
最悪この船の自爆くらいは想定しておくべきか。
とにかく船内に何があるのかが問題だ。
船倉
陸戦隊員たちと船内を下方へ降りて進んでいく。
最初に私達が降下したのは船体上部の主甲板である。そこから下の階層は第2甲板、更に第3甲板となる。
上部の貨物ハッチが閉鎖されているために内部から船倉に入るしか方法が無い。
第3甲板から船倉に入る扉まで来るとその中からかなり強い魔力を感じた。
この中に何らかの魔力施設や強力なマジックアイテムの類があるのはまず間違いないだろう。
私はハンドサインで陸戦隊の隊員達を扉の左右に散開させると万が一の為に扉の陰に身を隠しながらゆっくりと扉を開けた。
「特に抵抗は無し……か」
船倉に入るとそこは妙な空間だった。
沢山のガラスの円柱が立ち並んでいる。
その円柱の中には薄い琥珀色をした液体が満たされていて、内臓らしき生物組織や見た事のない奇怪な生物が入っている。
円柱には何も入っていない空っぽの物もある。
すべての円柱の下部に金属製のネームプレートがありその名称と管理番号らしき数字が刻印されていた。
私はその空っぽの円柱の一つに目を留めた。
「A-β・試作体No14?」
「どうやら魔法生物かホムンクルスの、それも違法な研究施設のようですね。他の円柱には取り扱いや飼育・研究が禁止されている個体が幾つかありました」
「なるほど、どうりで乗組員が逃げ出す訳か……ここは私が調べますから上に行って乗組員が逃亡しないようにキャンドルタウンの警察と沿岸警備隊に非常線を張ってもらうように連絡を、それが終わったら他の船倉の調査に回ってください」
「ハッ!直ちに手配します!」
陸戦隊員達が出ていくとこの研究施設の船倉にいるのは私ひとりになった。
「のぞき見していないでそろそろ出てきたらどうです?殺気丸出しですよ?」
私は少し離れた研究機器の陰に身を隠している気配に声をかけた。
「やはり、気付いて、いたか」
妙な癖のある話し方する奴だ。
機器の陰から出てきたそいつは目深にローブを被っていて顔は伺いしれない。
だがその声色で女性であろう事だけは想像ができる。
「ええ、最初から。取り敢えず貴方には参考人として私と一緒に来てもらいますよ」
「断る、何故なら、私は、司令に、お前を殺せと、命令されている」
言い終わるとそのまま私に襲いかかってきた。
「くっ!」
彼女の予想外の速さ、いや敏捷さにとっさに身をかわすのが遅れてなんとかアサルトロッドでその剣を弾いて防ぐ。
「さて、本気を、出させて、もらう」
「なんですって…!」
「一気に剣で、斬り殺しては、面白くない」
剣を鞘に収めると今度は鋭いキックが飛んできた。
それを私は………避けることが出来なかった。
私は蹴り飛ばされ背後にあった研究機器に叩きつけられた。
「ぐうっ!」
「どうした、その、程度か」
私は起き上がるとソードモードにしたアサルトロッドを構える。
「では、行くぞ」
「はあっ!」
気合いと共に彼女に打ち込む。
しかしそれはまるで完全に読まれているかのようにことごとく回避されてしまう。
………いや違う。
彼女は私の動きを全て把握している。
それは予測ですらなく「考えるまでもなくわかっている」ような予め予定されているかのような動き。
このままでは私は負ける。
一旦後ろに跳んで間合いを取り直す。
「どうして………!」
「知りたい、か?」
私は無言で頷いた。
彼女は目深に被っていたローブをゆっくりと取った。
「え……」
ローブの下にあったのは銀色の髪の少女。
その顔立ちはもう一人の私。
私と唯一異なるのは瞳が緑色な位か。
「私はA-β。ここで作られ、チューニングされた、もう一人の、お前だ、涼月亜耶………いや、姉さんと、呼ぶべきか」
「なるほど……このラボで作られたホムンクルス…」
「そうだ、私は、お前だから、動きなど、簡単に、予測できる」
「っ…………!」
「無駄話は、ここまでだ、いくぞ」
さっきよりも更に上回るスピードでA-βが打ち込んで来た。
キャンドルタウン総合病院にて
ついさっきまで遠くから砲撃音らしいドンッ!という音が昶のいる病室まで聞こえてきて窓ガラスをビリビリと振動させていた。
それから時間が経過して今はその砲撃音もやんで静かになっている。
どうやら臨検・拿捕作戦は進んでいるらしかった。
病院はいつも通り混み合っている。
1人の男が面会に訪れていた。
その男は面会用の書類にサインすると昶が入院している病室へと脚を向けて歩き出した。
男は1人用個室の病室前まで来るとその入り口にある名前札に若桜昶の名前を確認すると病室に音も無く入る。
昶は窓の方を向いて横になっているようだった。
男は黙って懐からサイレンサー付きの銃を出すと昶に向けて躊躇なく引き金を3回程引いた。
くぐもった発射音と同時に昶の身体に弾丸が吸い込まれた。
「悪く思うなよ、命令なんだ」
「同感だわ、悪く思わないでね」
「何?!」
男は慌てて昶のベッドの毛布を引き剥がすとそこには1人分の大きさに纏めた毛布に黒髪のウィッグを付けた物が転がっていた。
「クソっ!!」
男が声のした方に振り向くとそこには左手で松葉杖をつき壁にもたれかかった状態で拳銃を構えた昶とやはり銃を構えたナシュア少尉が病室の入り口に立っていた。
「で?あたしに何か用?それとも泥棒かな?」
「何っ?」
「判断が甘いのよ間抜け!対策くらいするっての!」
「この転生者のメスガキが!!世界は純血種の為に!!」
「甘いと言った!!」
叫ぶと同時に昶が引き金を引くと同時に男の持っている銃は昶の射撃で弾き飛ばされた。
「はあっ!!」
昶の正確な射撃で銃を失って狼狽える男をナシュアが隙をついて背負い投げで投げ飛ばす。
男はそのままナシュアに取り押さえられた。
「全く……亜耶が襲われた時点で対策をしてるに決まってるじゃない、判断が甘いのよ」
「でも少佐、これで背後関係はわかりそうですね」
男を床に組み伏せて上着の下に隠していた武器を取り上げながらナシュアが一息つく。
「うん、これでほぼ確定……でも変だと思わない?」
「何がです?」
「あたしと亜耶二人だけ相手にここまですると思う?」
「……確かに少佐達二人をターゲットにするには大掛かりですね、わざわざ貨物船一隻使ってくるなんて」
「亜耶……おびき出されたかな」
「各個撃破、ですか」
昶はしまった、と言いたげな顔で頷いた。
荒海の海魔号 船倉
「このっ!!」
「無駄だ」
亜耶が1ダース程の魔法陣を生成させビットの攻撃魔法を放った。
が、そのビットはことごとく同様にA-βが放つビットに貫かれ消滅する。
「これなら!」
亜耶は身体の芯に魔力を集めるイメージで更に集中してみる。
そのの身体の奥深く、心の奥底で光が弾ける感覚。
魔力が集まり、その全てが自分の物になって周囲の全てが見渡せる不思議な感覚。
魔力が上昇した亜耶の瞳の色が紅に変化する。
「なるほど、魔力強化か、だが、無駄だ」
「っ!」
今度はA-βが飛ばすビットを亜耶は魔力の刃で弾き落とす。
「それだけでは、ないぞ」
「うああっ!!」
「これは、お前が、よく使う方法、だったな」
A-βが亜耶の背後に待機させていたビットがその背中に直撃したのだ。
その隙をA-βは逃さなかった。
亜耶の鳩尾にその拳が深くめり込んだ。
「ぐっ…」
その激痛に亜耶は身体を二つに折った。
「まだ、だ」
A-βの回し蹴りが亜耶を捉え、その身体が壁に叩きつけられた。
亜耶は崩れるように倒れ、アサルトロッドがカランと乾いた音をたてて転がった。
「この程度か……立て、姉さん」
倒れている亜耶の首をA-βは無表情なまま左手で掴むと軽々と持ち上げた。そのまま首を握っている左手に容赦なく力を込める。
「ぐ…う……」
A-βの手を外そうと亜耶は両手でその手を外そうとするがA-βの手は微動だにしない。
「まだ、抵抗するか」
A-βは亜耶を持ち上げたまま右手で亜耶の赤いリボンタイを解き、Yシャツのボタンを外すとその胸をはだけた。
「何を…するつもり……」
「お前の、魔力を、吸収して、私の物にする」
「そんな事……」
露わになった亜耶の左胸、心臓の位置をA-βは右手で掴む。
この世界での生命と魔力を司る源の心臓から右手を通して亜耶から奪われた魔力が大量にA-βの身体に流れ込んでいく。
「魔力欠乏で、死ね」
「ひあっ……あ………ああ…………ぁ……」
亜耶の身体がビクビクと小刻みに震える。
その金色の瞳の上半分が瞼に隠れ、生気が消えていく。
「どうした、もう、抵抗は、終わりか」
「………………」
亜耶の両手がだらりと垂れ下がり、その全身からふっと力が抜けてただA-βの左手にぶら下がっただけの状態になった。
「…………あっけないな、姉さん」
A-βが手を離すと亜耶の身体はどさりと床に転がり動く事はなかった。
「極道令嬢はエルフに転生したけどごく普通の人生を過ごしたい。」
新作シリーズを始めました
この世界から50年後の設定のお話です
週二回のペースで更新予定です!
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