#54 歓楽街と港
#54 歓楽街と港
亜耶 Side
調査を始めてから3日ほどが経過したが昼間の調査では大した進展はなく深夜に調査時間を変更する事になった。
ラーシャ博士はというと水司塔の設備を借りてこの3日間で採取した水質サンプルの細かい分析作業を今は行っている。そのために私が外での調査を続けているという訳だ。
この河のマーケットブリッジより少し離れた所にはキャンドルタウン温泉の商業港とその乗組員や港湾労働者を主な客とした歓楽街がある。
そこにはいくつかの橋や建ち並ぶ夜の店の間に小さな運河がいくつか存在していた。
ここなら含有魔力量の変化に繋がる事象に関係している者が潜伏、活動していても目立たない。
港の方向を見回すと色々な船が停泊している。貨物船もいればキャンドルタウン温泉の観光目当ての客船もいる。
私は取り敢えず情報収集をするために何件かの酒場に行ってみる事にした。
なんでもこのあたりの酒場はここの港に出入りする船舶の船乗りや港湾労働者が多いらしい。
それならば何かしらの情報を手に入れられる確率も高そうだ。
酒場「酔いどれ水夫亭」にて
「…………はあああああああああ」
亜耶は大きなため息を付いた。
「全く、人の話を本気で聞く気があるのでしょうか」
亜耶の周囲にボロボロになって転がるごつい男達。
話は10分ほど前に遡る。
亜耶が木製の扉を開けて酒場に入るとこの店で呑んだくれている男達の視線が集中した。
元来荒くれ者の多い船乗り相手の酒場である。そこに一人で若く可愛い女の子が入ってきたのだからその視線が集まるのは当然だった。
早速亜耶にちょっかいを出すべく寄って来る男達。
そして亜耶がバーテンに何か変わった噂でもないかと聞き込もうとしてカクテルを注文しつつカウンター席に座った所へセクハラまがいのナンパを亜耶にした男をひっぱたいたのをきっかけに勃発した店の客ほぼ全員を巻き込んでの大乱闘。
その結果、死屍累々と転がる亜耶に張り倒された男達。
「……さて。」
「ひぃっ」
亜耶がぐいっと襟首を掴むと思わず怯えてビクッとするナンパ男。
「ちょっと聞きたい事があるのですが」
「ななな何でしょうかっ」
「なんか失礼ですね、か弱い女の子に向かって何怯えているんです」
「…………か弱い?」
「何か文句でも?」
「………」
ナンパ男は冷や汗を流しながらふるふると首を横に振る。
「お嬢ちゃん、それくらいにしてくれねえかい」
「船長!」
「貴方が上司ですか、部下の躾が些かなっていないようですが」
「後で注意しておくさ、そいつは俺の船の大事な操舵手だ、手を離してやってくれないか」
「いいですよ……そのかわり」
「何だ?」
「何か変わった噂とか情報があれば聞かせて貰えませんか?詳しくは言えませんが仕事で調査をしていますので」
「お前さんがどんな奴だかもわからないのにペラペラ喋るとでも思ってるのか?」
亜耶は無言で近衛騎士のドッグタグを男に見せた。
「ふん、騎士様とはね……まあ落ち度があるのはそいつだしいいだろう、こんな場所だし胡散臭い噂なんざ数え切れねえ程あるぞ」
「この辺りの河や海に関する事ならば喜んで聞かせて頂きますよ」
「この辺の海ねえ…それなら3号埠頭に行ってみな、妙な貨物船がいるぜ」
「妙……どのように?密輸とかですか?」
「いや、そういうんじゃねえ…なんていうか動きが極端に少ねえんだよ、貨物船のくせに貨物の荷揚げも積み込みもするわけでもなく停泊したままでな…ごく少人数の出入りしかキャンドルタウンの港湾局には申告してねえらしい」
「確かにそれは不自然ですね、乗客というわけではないんですか?貨物船でも法的に少数の旅客扱いは可能だそうですが」
「ウチの船の連中の話じゃ乗客って感じじゃなかったそうだぜ、もっともそれ以上の詳しい事はわからねえけどな…気になるなら調べて見るこった」
「なるほど、行ってみましょう」
3号埠頭にて
3号埠頭はキャンドルタウン港の端にある。
それ故に人通りも少ない。
そこには全長にして150m程の旧式な貨物船が停泊していた。
亜耶達が乗っていた空中艦とは違い水上船舶はまだ帆船や蒸気船が多くこの貨物船も蒸気エンジンで航行する旧型のようである。
その周辺には船舶に積み降ろしをする為のコンテナ並みに大きな木箱やシートをかけられた積み荷らしき貨物が至る所に置かれている。
亜耶はその人間離れした能力でポーンと跳躍すると積み上げられた巨大な木箱の上に着地した。
辺りは深夜故に暗く、月明かりが頼りである。
時間的にも人の出入りは期待できないなと思いつつ張込みを続けてはいるものの流石に眠気が襲って来る。
眠い目を擦りつつ貨物船の名前を見ると帝国公用語で「荒海の海魔」と標記してあった。
「大げさな名前ですねえ……ん?」
埠頭から船体に掛けてあるタラップから10人程下船するのが見えた。
ローブを被っているので顔や体格は分かりづらいが何かを隠し持っているように感じる。
亜耶はふと「荒海の海魔」号に違和感を覚えた。
………何か変だ。
しばらく亜耶は観察していたがある変化に気がついた。
「喫水線が下がっている……?」
しかし人の乗り降りも貨物の積み下ろしもしていない。
にもかかわらず船の喫水線が変化している。
少し考えた亜耶はある事に思い至った。
「そうか…バラスト水の排水」
バラスト水とは船舶の底荷、つまり船底に積む重しとして用いられる水である。 貨物船が空荷で出港する際に港の海水が積み込まれ、貨物を積載する港で船外へ排出される。
空荷の時にこれを積まないと船橋の視界が妨げられ、自船周囲の死角域が拡大し小型船が見えなくなってしまったり、船の重心が上がって転覆しやすくなったり、横波や横風に対して不安定になったりする。
他にもプロペラが水面近くになるので、軸動力が推進力に変換される効率が下がる。甚だしい場合は空中に露出してしまう。同じ理由で舵も利きにくくなる。
そのような理由でバラスト水は必要不可欠な物なのだがそれにしても不自然である。
基本的に積荷と入れ替えで重心のバランス取りの為のバラスト水を何故貨物の積み下ろしもしていないのに排水しているのか。
「いや……そもそもずっと空荷のままならバラスト水は入れ替えても意味がない…」
貨物の積み下ろしをしないのならば重心も変化しないしバラスト水を排水したり新たに汲み上げる必要はない。
とは言え現状ではただ単に「不自然」というだけだから船内に踏み込むわけににもいかない。
亜耶Side
いや、そもそもあれはバラスト水なのだろうか。
どうにも気になる。取り敢えず私は周辺の水を採取する為に木箱の上から飛び降りると夜陰に乗じて船に近づいてみる。
「…………魔力を不自然に強く感じる……?」
この排水はまともな物じゃない。
私は小さな瓶を埠頭から紐で下げてその中に採取すると背後から近づく気配に声をかける。
「………誰です、先程から私を監視しているのは」
「何を、している」
少し低めの落ち着いた、それでいて感情を感じない冷たい声。
「そんな質問をするという事はやはりこの船には何かあるんですね」
「答える、必要は、無い」
その人影の殺気が一気に増大した。
振り向く間もなく襲いかかってくるの感じて横っ飛びに回避した。
「くっ!ソード!」
一瞬でも回避が遅れていたら私は胴から真っ二つにされていただろう。
アサルトロッドを抜くと同時にその長さの8割ほどが魔力の粒子で剣に形を変える。
「よく、避けられたな」
異常に戦い慣れている。そして動きも尋常でなく速い。
「……なるほど、流石に反応も、動きも、速い」
そのまま次々に剣を繰り出してくる。
なんとかアサルトロッドで弾いて受け流す。
回避するので手一杯。こんな奴は初めてだ。
歯が立たない訳じゃない。
上手く言えないが……私の手数を読まれているような気がする。
全てが防がれる、だが歯が立たないというのとも微妙に違う妙な感覚。
どんな奴なのか顔を見てみたいが暗いのとローブを目深に被っているせいで顔はわからない。
「………面白い、な」
「何を……っ!」
何度か打ち合うと不意にそいつは私から離れた。
「ここまでだ、だが、お前の動きは、大体、わかった」
「…………」
乗組員たちが気付いたのだろうか。舷窓に明かりがいくつか灯った。
「……そうみたいですね、ここは私が退くとしましょう」
「死にたく、なければ、そうするがいい」
お互いに武器を収めると私は埠頭を後にした。
船尾に掲揚されている旗をちらりと見る。
………現状では法的に私がこの船に踏み込む事はできない。
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