#45 襲撃
#45 襲撃
昶 Side
ゆっくりと急勾配を抜け、列車は間もなくこの峠を登り終えて平坦部にさしかかる。もうしばらくすると列車が走行したまま後部補機を切り離すのだそうだ。
そして列車がその平坦部に入ってしばらくするとそれは起こった。
「あれ?スピードが落ちてない?」
「ダイヤ上はしばらく運転停車も含めて停車しないはずですが・・・変ですね」
ポ、ポ、と短く2回ほど汽笛が鳴るのが聞こえた。
本務機が後部補機に「力行」(「りっこう」といって車で言えばアクセルを踏んでエンジンから力を出している状態)してくれという合図の汽笛だ。
しかし後部補機から返事の汽笛は無く速度は下がり続ける。
再び速度を上げようと本務機が加減弁を開いたのだろうか、少し加速するのを感じた。
その時である。
今度は逆にガーンと強い力で引き戻されるように列車の速度が落ちた。
「うわ!」
「!」
衝動であたし達二人は思わずよろけた。
「先頭の機関車の様子を見てきます!」
亜耶は側扉を開けると雨樋に手をかけてひょいと屋根に登ると本務機へと向かった。
あたしは念のために腰のホルスターのオートマチック拳銃のセーフティを外して亜耶が開けた側扉から後ろの車輌の様子を見る事にした。
後ろの車輌には鉄道警備隊の人達が乗っているはずなのだが何も変わった様子が無い。
どうしたもんかな。あまりこの車両からは離れたくないんだけど。
小型の無線で後ろの車輌にいる鉄道警備隊に呼びかけてみるが応答がない。
「こりゃまずいな……ん?」
よく見ると鉄道警備隊の乗務している車輌の割られたらしい窓から薄っすらと煙が見える。
まさかと思い自分が乗っている車輌の天井を見るとダクトから同じ煙が出始めている。
「やっば!!」
あたしは亜耶と同じように雨樋に手をかけて鉄棒の要領で屋根によじ登った。
換気装置に細工されるとは盲点だった。
正直な所もっと直接的に、例えば列車を停車させるように爆発物を仕掛けるとかブレーキに細工をするとかを予想していたからなあ。
亜耶 Side
私は屋根に登ると前へと向かった。
客車からテンダーへと飛び移り、テンダーの上から機関車の運転室へ声をかけた。
「急減速しましたけど何か異常があったんですか?」
「おう、警備のお姉ちゃんか、異常も何も後部補機が全然仕事してねえんだよ!いくら汽笛で合図しても加減弁……アクセルを開けてくれねえんだ!………うおっ!」
「きゃあっ!」
今度はドーンと更に大きな前後衝動が来て私はテンダーから振り落とされそうになり機関士のおじさんは機関士席から投げ出されそうになった。
「クソっ!後部補機の奴ら何やってやがる!」
「様子を見てきます!」
「頼む!補機の奴らブレーキかけやがった!このままじゃ力負けして止まっちまう!」
「わかりました!」
私は機関士のおじさんに頷くと後部補機へ向かった。
再びテンダーから今度は客車へと飛び移ると屋根の上には昶が登っていた。
「昶、車内はどうなってます?」
「ベンチレーター、換気装置に細工されたわ、今車内に入ったら駄目よ」
「じゃあ鉄道警備隊の人達は………!」
昶は無言で首を横に振った。
「屋根のベンチレーターを壊して空気を入れ換える・・・このままじゃ車内にも入れない」
昶はアサルトライフルを構えると屋根上のベンチレーター(ガーランド型ベンチレーターと言うやつだ)に向けてグレネードランチャーを発砲した。
私達が乗っていた車輌とその次に連結されている鉄道警備隊の人達が乗っているはずの客車のベンチレーターを破壊して屋根に大穴を開けると後方へと漏れ出たガスは全て流れ去り雲散霧消した。
そのまま鉄道警備隊の車輌の割られた窓へと手を伸ばしてコンパクトの鏡を反射させて車内の様子を覗くとその車内では通路や椅子にもたれかかったままで鉄道警備隊員達は動く様子が無い。
「どう?」
「全滅、と言っていいかと」
「戦力激減だわね」
「念のため生存者がいるか確認してみます」
「任せた、じゃああたしが後部補機に行ってみる」
「わかりました」
昶が列車の後ろへと屋根を走って行くのを見送ると私は念のために自分の周囲に風の結界を展開すると割れた窓から車内へと入った。
「うっ………」
車内は凄惨な光景となっていた。
喉をかきむしるようにして倒れている者。新鮮な空気を求めて窓にすがりついたまま絶命している者。
どれも散々苦しんだのがわかる死に方をしていた。
果たして生き残りがいるのかどうか。いたとしてもせいぜい2・3人がいいところだろう。
嫌な気配を感じる。
それも明らかに私を狙っている気配と殺意。
「!」
私はとっさにスライディングするようにクロスシートの陰に飛び込んだ。
それと同時に私の隠れたシートの背もたれがグズグズに崩れ落ちた。
崩れるシートと一緒に串のような鋭いニードルが何本も落ちてくる。
たくさんの大きな針の束を一気に精製して魔力によって射出する事に特化した奴だ・・・「針使い」。
そして私の知っている「針使い」は一人しかいない。
だが、その本人は今頃は強襲揚陸艦「アトロポス」で傭兵の任務に付いているリトラだ。
でもここにいるのがリトラの筈が無い。
だとするとこんな珍しい能力を持っているのは誰?
私に対する殺気が増幅してくるのがわかる。
私の様子を伺っているな。
「そろそろ出てきたらどうです?」
「ふうん、やはり気付いてたんだあ♪」
「……貴女は!」
「この列車に積まれているマジックアイテム諸々は車両ごと我々が頂くわよ、そして貴方たちにそれを防ぐ術は無いわ」
「車両ごと?」
「ええ、「車両ごと」よ」
コルディアは空を指差して意地悪く微笑んだ。
昶 Side
列車の屋根上を走って最後尾の機関車の前まで来ると一旦伏せて様子を見た。
機関車側から発砲、攻撃してくる様子はない。
「…………変だな」
そうか。
あたしは頷くと客車の連結器を飛び越えると後部補機の機関車のデッキに乗り移った。
この機関車は魔法炉とタービンの組み合わせで走る新型らしく本務機のようなSLタイプではなく、昔日本でもよく見られたデッキ付きの電気機関車のような形をしている。
例えて言えばセノハチで補機をしていたEF59型電気機関車に近いイメージ、といったところか。
そのままあたしは機関車のキャブ(運転室)にある貫通扉から車内に入った。
「やっぱり無人……!」
機関士席のノッチ(クルマで言うアクセルペダルに相当する)と二系統あるブレーキ弁にマニピュレーターが取り付けられていてそれに繋がるパイプは魔力の流れで虹色に淡く輝いている。
するとマニピュレーターがノッチを戻して惰行状態に入れた。
次に機関車単体と編成全体の二系統あるブレーキ弁のうち編成全体のブレーキを制御する自動空気ブレーキ弁のマニピュレーターが動き始めた。
そして一気にブレーキ弁を動かして「非常」位置に入れてブレーキ圧を上げっぱなしにした。
圧力計の針が一気に上昇する。
「あっこの下手くそ!」
思わず声が出た。完全な急ブレーキだ。
自動空気ブレーキは自動車のブレーキのように踏んだ量に比例してブレーキの強弱ができる訳ではない。
ブレーキ弁を「非常」もしくは「常用」に入れると入れている間だけブレーキの圧力は上がり続ける。
「保ち」の位置に入れるとその時点の圧力でブレーキ圧力が固定されかかり続ける。
逆に「緩め」の位置では入れている間は空気が抜け続けてブレーキは緩む。
そして急激にブレーキ圧が上がった列車に急制動がかかりはじめた。
「止める訳にはいかないのよっ!」
銃で数発魔力パイプを撃ってブレーキに繋がるマニピュレーターへの動力供給を断ち切るとあたしはブレーキ弁を緩め位置に戻そうとした。
「このっ!!駄目、戻らない!!」
うわあ、めっちゃ固くて戻らない。
既にブレーキ圧は上がりきっており列車はどんどんスピードを下げる。
「どうすれば………そうだ!この区間は!」
ふと機関士席から外を見ると線路脇の勾配標、つまり坂をしめす標識が見えた。
そうだ!この手があった!
「亜耶!後部補機のブレーキ系統に細工をされてる!!これから後部補機を走行中開放する!」
『こちらもまずいことになりそうです、それと予想外の敵が現れました』
「切り離したらすぐに戻る!後部補機は無人よ!で、予想外の敵ってのは?」
『現在私の前にはコルディア・コーネウスがいます』
「ええっ?!なんであいつが!………とにかくこの勾配を登りきった所で後部補機を切り離すから亜耶はコルディアの足止めを!!」
『了解しました!』
窓から身を乗り出して前方を見る。
もうすぐサミット、つまり峠の頂点だ。本務機の速度が落ちているのがわかる。
ここで列車を停めた場合、もしも敵がこの周辺で待ち受けていたら事態の収拾がつかなくなるかもしれない。だから停めるわけにはいかない。
「よし」
あたしは頷くと汽笛を引いて二回「ピィッ・ピィッ」と短く吹鳴する。
するとすぐに本務機も同じように二回汽笛を吹鳴した。
短く二回汽笛を吹鳴するのは二両以上の機関車が一緒の運用に入っている時に「ここからはパワーを出すからそちらもパワーを上げて欲しい」という場合にこの合図をするともう一方の機関車も「了解した」事を示すために二回短く吹鳴して使う合図である。
後少しで峠の頂上だ。
「詰めが甘いわよ!この区間で「これ」を固定しないなんてね!次は「これ」っ!」
既に峠を登りきって補機の必要のない平坦な区間に列車は到達している。
あたしは連結器の自動解放装置のレバーを引いた。
次にこの機関車単体のブレーキを軽くかけると急いで最後尾の客車に飛び移る。
ガクンとショックが来ると連結器が外れて後部補機と列車は走行したまま切り離された。
今の汽笛吹鳴で本務機がパワーを上げているらしく列車が少しずつだが加速し始めた。切り離された後部補機が後方へと離れていく。
あたしは亜耶のいる前方の車両へと向かった。
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