#15 訓練
#15 訓練
昶 Side
ギリシャ神話にはモイライと言われる「運命の三女神」がいる。
「クロートー」、「ラケシス」、「アトロポス」の三柱からなる姉妹である。
その三相女神の中でも「破壊者」に相当する女神アトロポスから命名されたのがあたし達が現在乗っている強襲揚陸艦「アトロポス」だ。この艦はヴェネラブル級軽巡洋艦の船体をベースに大改造をされたクロートー級強襲揚陸艦の三番艦である。
クロートー級強襲揚陸艦は主砲や空中魚雷、対空機銃及びロケットランチャーなどの主兵装を残したまま左側に飛行甲板と2基のカタパルトが装備されていて右半分が軽巡洋艦、左半分が軽空母のような構造になっている。
重量の増加に伴い主機は魔導エンジン2基から4基に増設されたために機関出力が十分に確保され速力、機動性共に払い下げ前の軽巡洋艦時代よりもむしろ機動性能は上がっている。
ちなみに元の船体のヴェネラブル級軽巡洋艦はネームシップの「ヴェネラブル」、二番艦「エンフォーサー」、三番艦「デヴァステーション」があり「エンフォーサー」と「デヴァステーション」は先の世界大戦で戦没、四番艦から六番艦の三隻が建造途中に大幅な設計変更となりクロートー級強襲揚陸艦となったのは先程述べた通りである。
ネームシップである「ヴェネラブル」は今なお現役でこの傭兵部隊「アトロポス」に払い下げられており、同じく帝国軍から払い下げられた僚艦の駆逐艦「雷風」と共に明日「アトロポス」と合流して護衛に付くのだそうだ。
ちなみに駆逐艦「雷風」も大戦の生き残りで全ての戦闘においてほぼ無傷で激戦をくぐり抜けて幸運艦、不沈艦と言われたのだそうだ。古株の乗組員達の話を聞いてみると太平洋戦争での旧日本海軍の陽炎型駆逐艦「雪風」のような存在の艦らしい。
現在の「アトロポス」は今でも現役で強襲揚陸艦として運用されているが「クロートー」と「ラケシス」は既に帝国正規軍から退役し「クロートー」は静態保存されて博物館に、「ラケシス」は海外に有償譲渡、「アトロポス」はこの傭兵集団「アトロポス」に払い下げられ、その艦名からこの傭兵部隊の旗艦となったのだそうだ。
しかし疑問なのは何故この異世界でギリシャ神話にちなんだ艦名が命名されているのかである。
この前坂崎艦長に訊いてみたのだが元のヴェネラブル級軽巡洋艦やクロートー級強襲揚陸艦の設計をした人物があたしと同じ地球世界からの転生者だったのだそうだ。
この世界には転生者は多いとは聞いていたがそのせいなのか料理や名詞で地球世界の言葉を聞くことが実はかなり多い。
あとこのラティス帝国は日本列島のような大きな四島とその北東に位置する大陸部分の領土(こっちは列島の面積の十倍くらいある)から構成されているが特にラティスポリスやパルマポートのある列島部分は雰囲気が日本に近い。
そのせいかあたしはこの世界に馴染むのは結構早かった気がする。
あたしと亜耶は陸戦隊の人達に見てみないかと誘われて飛行甲板で魔導機兵や陸戦隊の訓練を見学していた。
アルフォス女王陛下も一緒に見学しているのだが噂じゃよく一人で艦内を歩きまわって乗組員達に気さくに話しかけているらしい。
最初の頃はあたしや亜耶とあまり変わらない年齢の女王陛下をその身分の違いから畏れ多くて避けていた乗組員達も今は普通に質問に答えたりアルフォス女王陛下本人も護身術の延長として射撃訓練に参加していたりするのでわりとよく話をしたりしているようである。
アルフォス女王陛下の実力はどうかというとあたしが見た限りでは並の兵士より集中力が高い分だけ射撃の命中率が高いように感じた。
飛行甲板では陸戦隊の兵士たちが盛り上がっていた。
それというのも今あたしの目の前で亜耶と「アトロポス」の陸戦隊の隊長であり、この艦に搭載されている上陸用舟艇「アキレウス」の艇長も兼任しているカールス大尉が白兵戦訓練をやっているからだ。
ちなみにこの訓練は純粋に格闘術の訓練なので魔法の使用は禁止されている。
なんでもこの前の女王陛下救出作戦を中継で見ていて一度亜耶と手合わせをしてみたかったのだそうだ。
亜耶とドワーフであるカールス大尉ではその白兵戦のスタイルは全く違う。亜耶はその高い運動能力と動体視力で相手を翻弄し鋭い一撃で敵を倒すタイプ。
それに対してカールス大尉はドワーフの頑丈な身体を活かして体力とタフさ、ドワーフならではの一撃の重さ、破壊力ででKOして敵兵を倒すパワータイプである。
亜耶はカールス大尉の全ての攻撃をかわし続けているが、もしドワーフの重い一発を喰らったら華奢で体重も軽い亜耶は簡単に吹っ飛ばされるだろう。
カールス大尉はと言うとこれまで亜耶にただの一発も当てられずに少し焦っているようだ。
亜耶はカールス大尉が隙を全然見せない為に攻めあぐねている。
その時、「アトロポス」が大きく揺れた。気流の悪い所を通過したらしい。亜耶が一瞬バランスを崩しそうになったのをカールス大尉は見逃さなかった。
「!」
亜耶は自ら転がってギリギリでカールス大尉の回し蹴りをかわした。そのまま亜耶は艦の揺れも利用して足払いをかける。
「はあっ!!」
亜耶の足払いで今度はカールス大尉がバランスを崩した所を亜耶はカールス大尉の腕と襟首を掴んでそのまま背負投で投げ飛ばす。
咄嗟に受け身を取ったカールス大尉は起き上がりつつ構えながら亜耶を牽制しつつすぐに立ち上がるとそのまま連続して亜耶にフック打ち込むが亜耶はそれを全て見切って避ける。
亜耶はドワーフの凶悪な破壊力を持つストレートを上体を少しひねって躱すとそのまま腕を極めて脚を引っ掛けて大尉に膝を着かせた。
そのまま首筋に腕を巻きつけて喉元にダガーを突きつける仕草をした所で審判の笛が鳴り亜耶の勝ちに終わった。
流石あたしの娘。いや母娘じゃないけど。
「だっはっは!二人共合格だ!全くこっちがいくら打ち込んでも全部避けちまうから永遠に終らないかと思ったぞ!久しぶりに面白かった!」
「私は大尉が相手じゃ打ち込んでも効かなそうだし、魔導機兵のパイルバンカーを当てても倒れないんじゃないかって感じましたよ」
「ちょっと待ってくれ涼月少佐、俺を何だと思ってるんだ?!」
「いやいや隊長の面の皮の厚さじゃパイルバンカーじゃなきゃ抜けませんぜ?」
部下の冗談に陸戦隊の兵士たちがどっと笑う。
「馬鹿野郎、俺だって傷つくこと位あるんだよ!これでも俺ガラスのハートなんだからな!」
カールス大尉が笑いながら立ち上がる。拳で語り合う、じゃないけどあたし達二人を認めてくれたらしい。ちなみにあたしは銃剣術の訓練で彼とは引き分けだった。
あたしと亜耶は白兵戦訓練の汗をタオルで拭きながら右舷の舷側エレーベータの脇に駐機されているグレーのいわゆるロービジ塗装の魔導機兵(「紫電」という名称だそうだ)を近くで見学していた。
そのデザインはというとアニメで例えるといわゆる量産機的な形をしている。
リアルロボット系アニメの主人公機のような派手さやスマートさよりも大量生産されて配備された実用性能重視の武骨なデザインだ。だが鈍重そうな感じはは無くてなんとなくではあるが扱いやすそうなイメージだ。
身も蓋もない言い方をすればガ◯ダムではなくジ◯やジェガ◯に近い雰囲気、と言えばわかりやすいだろうか。
「お、魔導機兵に興味あるんですか少佐」
この艦の整備班責任者のマスティンが話しかけてきた。年の頃は五十代前半くらいか、黒髪に白髪が混ざっているおじさんである。
「ええ、私達がいた世界には人型の兵器は物語の中でしか存在していませんでしたから」
胸部のコクピットハッチが開いていてその中にタンデム配置のシートが見える。
「複座という事は練習機ですか?」
「基本的にはそうなんですが機体そのものの性能や固定武装や装備できるオプションパーツは他の「紫電」と変わりませんよ、なにしろ艦に搭載できる機数に限りがありますから全機体が戦力なんですわ、まあ現状では定期検査やトラブルでメンテ中の機体の予備機に使う事が多いですね」
「帝国正規軍の魔導機兵とは随分違うみたいですけど傭兵部隊のは別の機種なんですねえ」
「まあ別っちゃ別ですかねえ・・・ベースになった機体は帝国軍の「フェンリル」ですが我々の使いやすいように魔法炉とその魔力増幅器の交換だの魔法攻撃の管制装置の追加だのオリジナルのオプション装備追加だの散々改造して面影無いですからねえ・・・」
ん?魔法攻撃の管制装置と魔力増幅機の交換か、もしかしてあたしと亜耶が組んで乗ればひょっとするかな。
「ふーん・・・・ねえ、あたし達もこれのシミュレータやってみたいんだけどいいかな?」
「じゃあ魔導機兵部隊の隊長に声かけときますよ」
そして三日間ばかり魔導機兵のシミュレータを集中してやってみた結果だが・・・複座機の設定で魔法攻撃に亜耶、あたしが砲手、パイロットは複座機の特性を活かしてあたしが砲撃する時は亜耶が、亜耶が魔法攻撃する時はあたしがパイロットをする。近接攻撃時は亜耶が操縦と剣を、同時にあたしが射撃を担当する。
あたしはそれを利用したある戦術を思いついた。
その戦術であたし達二人のコンビの機体でこの艦のパイロット達にシミュレーターの相手をして貰ったら勝率はほぼ八割だった。
ちなみに負けの二割は魔導機兵部隊の隊長相手の対戦である。流石に隊長の経験値は侮れない。
・・・・・・これってあたしがゲーセンでリアルロボットの対戦ゲームを散々やりこんで身体で覚えたからなのかもしれない。なにしろ操作系統がほぼ同じだったのだ。
亜耶もあたし以上にすぐ動かし方を覚えてしまったがこっちは単純に亜耶が天才肌の娘だからだろう。
その戦術を自分なりに考えて試してみたのだがどうやらこれ使えそうだ。あとで坂崎艦長に意見具申してみよう。
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