僕は彼女に恋をした。 ―休日―
前作:僕は彼女に恋をした。
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先にこちらを読んでいただいたら話に入りやすいかと。
この前説明した、僕が密かに思いを寄せている女性。
名前は錦野 淼華。剣道部次期主将と言われている程腕が立つらしい。
恐らくは文系を極め込んだ僕では、まず土俵にすら上がれないだろう。
取り敢えず、彼女は勉学でも部活でも成績優秀、文武両道の鑑のような実力者なのだ。
余り多くを語らず、動けば的確に指示を飛ばしてくれる。
何人かの男子は彼女のことを「アニキ」と密かに呼んでいるのを聞いた。
兎に角、僕では到底釣り合わない、雲の上の存在だ。
月と鼈。雲泥の差。灯心に釣鐘。
特技無し、特徴無し、存在感無しの影の存在である僕は、彼女と言う光の前では影をより一層深めるだけだった。
生まれてこの方彼女がいた例しも無し、告白する勇気も、ましてや話しかける勇気すらないのだ。僕は。
彼女のことを知れば知るほど、僕は自信喪失していく。
然し、それと反比例するように、僕は彼女に惹かれていく。
成程。女子たちが思いを抱く「身分差の恋」とはこんな感じなのか。
叶わぬと分かっていながら、されど消せぬ恋心を、微かな希望を抱いて募らせる……。
って僕は何乙女チックに浸っているんだ!!
緊張して固まった表情筋をほぐす。
最近は授業中にも彼女の事について考えてしまう。
不運にも同じクラスではないのだが、こんな姿を見られないってことを考えたら幸運なんだろうか。
というか、僕はあの日、運命的な出会いをする前には彼女の事を噂としてしか聞いたことがなかった。
去年の体育祭ではリレーで先輩を相手にごぼう抜きしただとか、
運悪く体育倉庫に閉じ込められてしまった時には内側から鍵を開けただとか。
根も葉もない武勇伝を、耳に入る女子の話や友人から半信半疑で聞いていた。
いざ、彼女の事を意識してみると、なるほどその話も噂止まりではなさそうだった。
錦野 淼華。彼女には凄みを感じるのだ。
そう、まさに今。凄みを感じている。
休日に親に頼まれてステンレスのパイプを買いに出ていた。何に使うかは知らないけど。
その時にちょうど錦野さんを見かけて、ラッキーって思ったんだ。
で、その。なんというか……。
興味本位でついて行ってみたんだ。
ダメだって思っても、抗えない衝動に、まるで見えない腕に牽かれるように、僕はその足を前に進ませていた。
でまぁ、彼女は特に何処に寄るでもなく、ただ街を歩いているだけだった。
もしかしたらもう買い物の用事は済ませて、家に帰るだけかもしれない。
そう思って、踵を返そうと思ったその時。
彼女の周りに、男が数人群がった。
「やっほ~彼女~♪一人でどこ行くの~?」
「もし暇だったらでいいんだけど、一緒にカラオケでも行かない?」
「ねーねー!無視とか俺ら悲しいんだけど~?」
もし一人とかだったら、偶然を装って助けに行こうと考えた。
3人に勝てるわけないだろう。この、僕が。
僕は、ただただ陰で彼女の様子を見守るしかできなかった。
錦野さんはうっとおしそうに、男共の顔を一瞥する。
「私は」
彼女は、切り払うかのような声色で、呟く。
「貴方達みたいな脳みそが類人猿のソレ同様の獣には興味が無いね。
コンクリートジャングルでも野生動物は出るものなんだ?」
そう笑う彼女と、目が合ったような気がした。
男共は怒り狂い、彼女を路地裏へと連れて行こうとする。
しかし、錦野さんは早い。
服を掴みかかろうとする男の手を避け、こちらに向けて走ってくる。
僕は、どうしようかと考えたが、とりあえず建物の影に隠れる。
僕の前を過ぎ去ったかと思いきや。
「それ貸して!」
と、僕が持っていたステンレスパイプを取る。
そこからの景色は圧巻だった。
水を得た魚の如く、パイプは男たちの胴や小手へと綺麗に入る。
面を打たないのは、彼女の優しさなのだろう。
ステンレスパイプで面を打たれたら、最悪死んでしまう。
男共はその場に蹲り、彼女は僕の手を握る。
「誰か来る前に逃げるわよ」
何が起きたのか分からなかった。
ただ、僕は彼女の手に牽かれるが儘に、足を動かした。
少し離れた公園のベンチで、僕たちは座っていた。
慣れない運動に、僕は肩で息をしていたが、彼女はさらりとした顔で、汗一つかいていなかった。
「貴方があそこにいてくれて助かったわ、ありがと」
「い、いや!そんな……お礼を言われることでは……」
「確かに、ストーカーはお礼を言われることではなかったわね」
ギョッとする。気づかれていたのか。
は、恥ずかしい。罪悪感と言うか、自分が愚かしくて、穴があったら入りたい気分だった。
「あ……」
と、彼女が自分の手に持っていたものに気付く。
ステンレスパイプは、へこみ、曲がっていた。
「あ~……これは、貴方が付いてきていたのでチャラってことで」
と、不敵に笑う。
これは……許された、のか?
「え、と。あの、ごめんなさい。尾行とか、しちゃって」
「そうそう、なんで付いてきてたの?」
そう聞かれて、僕は思わず赤面してしまう。
ホレてしまったから付いて行っていた。
なんて正直に答える訳にはいかない。事実ではあるのだが、そんな事言ったら最高に変質者だ。
では、何というか?同じ道だったと嘘をつくか?
付いて行っていたのを気付かれてるんだから、そんな嘘、バレバレだろう。
じゃあ、何と。
「もしかして、私の事、好き?」
心臓が痛い!
額から、嫌な汗が噴き出てくる。
とぼけなくては、何か、言い訳をしなくては。
図星過ぎて、涙が出てくる。
「いや、そんな!僕じゃあ、そんな……そんな事は……」
言葉が出てこないもどかしさ。
否定しなきゃいけないのに、否定したくない。
こんな、告白まがいの事、僕に言えるわけがない。
僕は、君に、恋をした。
僕は……。
「僕は……っ!」
頭に、手が乗せられる。
ぽんぽん、と落ち着かせるように置いた後、優しく撫でてくれる。
「ちょっと酷な質問だった、ごめんね」
胸が。
どうしてこんな……。
イケメンなんだ……。
悔しさと恥ずかしさで、僕は考えるのをやめた。
気が付いたら、僕は彼女を家まで送っていた。
あの後は特に何も話していない。
ただ「やっぱり面白い奴だな」と言われただけで、それ以外は特に。
道中も何も話さない。
無言で、一定の距離を保ちながら、帰路につく。
何か話すべきなのだろうか?
でも、話すことがない。
特にあんな失態を見せた後だ。
俯きがちで、でも彼女の様子をたまに見ながら歩く。
彼女は平然として、まぁ真顔で歩いていた。
僕の方を気にするでなく、平常運転。
僕だけ意識して、ホント馬鹿みたいだ。
学校でばったり会ったらどうしよう。
友達の前でキョドったりなんかしたら、それでこそ終わりだ。
悶々と、負の感情がスパイラルしていく。
と、彼女がこちらを向く。
「私の家だ。送ってくれてありがと」
にこりと、さわやかな笑顔を見せてくれる。
僕も、引きつった笑顔を返す。
「じゃ、また明後日。学校で会おうな」
また、頭に手をポンポンとしてくる。
こんなの、ドキドキするに決まっているじゃないか。
僕だって男らしい所を見せたいが、彼女の前ではできそうにない。
いきなり、ほっぺを手で挟まれる。
「ちゃんと、いつも通りにね。変に意識したら、私じゃなくてもバレちゃうぞ」
何でもお見通しだ、って顔をする。
そのあと、彼女は家の中に入っていった。
僕は、暫くその場に立ち尽くしていた。
見透かされている。
頬に、頭に、彼女の手の感触が残っている。
……いい匂いだった。
心臓が痛いほど鼓動している。
まぁ、心臓に痛点は無いんだけれども。
ため息を一つ。
意識すれば、するほど。
僕は彼女に恋をした。
その事実が、彼女を、錦野 淼華をもっと好きにさせていく。
家に帰る道を、僕は全力疾走した。
この高ぶる気持ちを、やり場のない気持ちを、昇華させて足を動かす。
人が通らないような河川敷を、大声をあげて走る。
彼女と話せた嬉しさと。
彼女を知れた喜びを。
人には言えないこの感情を、ぶちまけていった。
ちなみに、家に帰った後、へしゃげたステンレスパイプについて親に言及された。
上手い言い訳が思いつかなかったため、僕は黙秘権を行使した……。
思いの外好評を頂いたので続き的なサムシング。
やはり思いつきなので大目に見てください。