第18話
「ふわああー……、よく寝た」
腕を伸ばしながらセカイはそう、ぽつりと感想を漏らす。
「おはよう」
ベンチには夕日が射し込んできて、起きたばかりのセカイは眩しそうに目を細めている。
「……なんか圭太クサくない?」
「えっ、ホント?」
「うん、菜の花より菜の花クサい」
慌ててズボンの匂いを嗅いだ。原因はすぐにわかったが、自分自身はその匂いにまったく気がついていなかったので、素直に驚いた。
「実はセカイが寝ている間に、菜の花畑に降りてみたんだよ。そしたら――」
その途中、僕は言葉を止めた。
それは、なぜかセカイが身体を強ばらせ、目を大きく見開いていたから。
「……セカイ?」
「……」
「……セカイ、どうしたの?」
「……ぁ」
セカイは何かを言い掛けて、躊躇うように口を閉ざした。
「……何か知ってるの? あのお墓のこと。……知っているなら、僕に何か教え――」
「……いやっ」
「えっ」
「いやっ! 絶対にいや!」
「ど、どうしだのセカ――」
「いや、来ないで!」
心配して近づこうとすると、セカイは手を大きく横に払った。
そしてそれは、セカイが僕に対して初めてした、強い拒絶だった。
「……あっ」
セカイがしまったというように、眉をひそめる。
「ち、違うの圭太」
「う、うん。大丈夫だよ。大丈夫」
僕の手が、震える。全身から汗が噴き出す。それは、静めようと思えば思うほど、全身から噴き出してくる。
「ち、ちがうの! 言ったでしょ! ワタシは、何があっても圭太の味方だって」
「うん……うん……」
僕の心にも、必死にその言葉を理解させようとした。
だけど本能的に、全身がそれを拒否していた。
汗ばんだ手のひらをみると、手が小刻みに震えていることがわかる。手のひらに、走馬灯のように、今までの記憶が蘇っていく。
良かれと思ってお手伝いをして、逆に迷惑をかけ母親に怒られたこと。堂上くんに勇者ごっこを仲間外れにされたこと。箕輪くんにゲーム機を壊されたこと。それを母親に「壊してしまった」と報告したこと。母親は優しくしてくれたこと。それが逆に胸を突いたこと。海斗くんにカードゲームを盗まれていたこと。東くんは僕んちにあるゲームが目的で遊んでくれていたこと。いつもオロオロしている僕を、女子はクスクス笑っていたこと。告白した斉藤さんに僕はすごく陰口を叩かれていた事実。僕のことを面白いといってくれた木田くんにも遠藤くんにも、里見くんにも、実はバカにされて笑われていたこと。
――世界は、決して優しくないということ。
「ああああああああああああぁぁああああああああああああぁぁぁっっ!」
「圭太!」
セカイが、僕を強く抱きしめる。
「はっ……はあっ、はあ、はっ……」
「ごめん、ごめんね」
腕を強く巻き付けたセカイから、その体温が伝わってくる。その暖かさに、少し安堵する。セカイが声を漏らすたび、その声が身体の全体を通じて伝わってくる。セカイの瞳から涙がこぼれ、僕の頬にそれが伝わる。
「大丈夫だから、圭太には……ワタシが、ワタシがいるよ」
♪♪♪
セカイの背中の方から、あのメロディが流れてくる。
「まもなく五時になります。外で遊んでいる子供たちは、気をつけてお家に帰りましょう」
「……ごめんね、このまま、一緒にいてあげられなくて」
「ううん、……うっ、ごめん。僕こそ、セカイだって辛いのに、僕だけ。僕だけ」
嗚咽混じりでしか声が出ない。そのまま、体裁もなく、僕は泣きじゃくった。
「……ううん、いいんだよ」
身体越しに、セカイの心臓の鼓動が伝わる。
「圭太、やっぱり、圭太には、言っておくよ」
「……なに?」
「あのね……あのお墓ね――」
そしてその先の言葉が紡がれる前に、僕の記憶は、ぷつりと途絶えた。