第13話
映画館の窓口まで、河野さんは慣れた足取りで向かっていった。
「やった! まだ結構空いてる」
店員さんに提示された空席状況を確認したのち、河野さんがこっちをみて笑った。
「河野さんは、いつもどこの辺りで見るの?」
「わたしは後ろから三、四番目の……あった。ここの真ん中辺りの席が好きです。なぜか昔から、いつも後ろの方で……」
河野さんは座席表を指差しながら、苦笑いを浮かべる。
「確かに、後ろの方が観やすいよね」
「加賀くんは、いつもどこで観てるんですか?」
「僕? 僕は……いつもこの辺りかな」
僕は中央列後方の、一番左端の席を指差した。
「えっ、何でわざわざ左端……なんですか?」
付け足すように、河野さんが僕に質問する。
「気楽なんだよね。トイレに行きたくなっても、すぐに通路に出られるし、肘掛けの左部分も気兼ねなく使える」
「あー、なるほど。……じゃあ左端でみます?」
「えっ!? ああ、そういう意味でいったわけじゃ……い、いいよ! 河野さんが見たい映画なんだし!」
「い、いえ、確かに言われてみれば左端も快適そうですし、左端でもいいかなーって」
「いや、見たい映画なら真ん中で見るべきだよ! せっかく映画館で見るんだし! ほら、後ろにも人、並んじゃうから」
そういって後ろを振り向くが、他のお客さんは隣にある無人の券売機にズラっと並んでいて、こっちに来る気配は毛頭なかった。
「ごゆっくりお選びください」
窓口のお姉さんが柔らかく笑う。恥ずかしくて額に汗を掻いてきた。
「……でも、何だか今日が真ん中で観たい気が」
「いえ、私も左端を体験したい気が……」
この変なやり取りは、この後もしばらく続いた。
……今考えると、心底どうでもいいことだった気がする。
結局、やり取りの軍配は僕に上がった。
後ろから三、四番目、真ん中の位置の席のチケットを確保し、僕たちは河野さんイチオシの恋愛映画を観た。
こういった系統の映画は苦手で、河野さんには悪いけどあまり期待はしていなかった。
だけど、予想は良い意味で裏切られた。緻密に主人公とヒロインの関係を追っていくストーリーは、僕でも引きつけられるものがあって、時間を忘れてスクリーンに没頭した。
「ど、どうでしたか?」
上映終了とともに出口が混み合う最中、河野さんは僕に静かに話しかけた。
「うん、すごく面白かったよ。最初はついていけるかどうか不安だったけど」
「そうですか、良かったです! 私もすごく満足で、いい恋愛映画というのは、ただ男女が二人、恋愛しているというだけで留まりませんからね。そこにメッセージ性も自然と付随してくるもんです。そういった点でも、これは当たりでした」
「そ、そうなんだ……」
おどおどせずに、キリッとした表情かつすらすら話す河野さんは、僕にとって違和感の塊だった。
「さあっ、加賀くん。はやくパンフをおさえて、どこかで語りあいましょう」
「う、うん。でも、僕そんなに詳しく観てないからついていけないかも」
「私が教えます。あと、原作の小説も持ってきてますから、あとで貸します。さあ、行きましょう」
「そ、そんなに急がなくても……」
その後も河野さんはじれったそうに、出るのに遅れて人ごみに巻き込まれた僕を早く来るよう促した。