表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界と、セカイ  作者: チャンカパーナ橋本
セカイと、世界。の全話分
12/34

第12話


「……はやく来すぎたかな」


 腕時計に目をやると、時刻は待ち合わせの一時間前だった。

 背中の方を振り返ると噴水が水面を跳ね返り、陽の光が反射してキラキラとしている。その周りを囲んで、スマートフォンをいじったり、本を読んだりと各々の行動をとる人たちがいる。


「ごめん、待ったー?」

「ううん全然、行こうか」


 お目当ての女性が来て、僕の隣にいた男性は、スマートフォンをポケットにしまって女性と腕を組んだ。

 ……改めて、僕がなんでこんな場違いな場所にいるのか。今でも不思議に思う――




「――あ、あの……加賀くん!」

「ん、なに?」


 ここ最近習慣となった五階での昼食中に、河野さんはこの話題を切り出した。


「あ、あのーそのですねー……え、映画とかって、結構見ます?」


 言い切ると、河野さんの額には、僅かに汗がにじんでいた。


「……うーん、普通かな」


 一般の人がどれだけの頻度で映画に行くのかもわからないくせに、僕は無責任にそう答えた。


「あっ、なるほど。ふ、普通ですか」


 河野さんは「なるほど」「普通かー」等と小さく声を漏らし、気まずそうにしていた。……期待していた答えと違ったかな。


「……とはいっても、どのぐらいが普通かはわからないんだけどね。そうだね、年に……十回行くか行かない程度、かな」


 何だかバツが悪い気がして、合間を埋めるようにそう答えた。


「あっ、それだったら、結構行ってる方だと思います。なんだ、映画好きなんじゃないですか!」

「いやごめん、休日に一人でできる娯楽が、映画ぐらいしかないだけなんだ……」

「あっ……」


 休日に何となく出掛けて、適当に面白そうな映画を観るのが僕は嫌いじゃない。センスがないのか、大体はずれで終わるけど。


「ま、まあっ、そんな加賀君に提案なんですけどね」


 河野さんはコホンと息を整えた。


「こ、今度映画見に行きませんか! チケットが一枚、余ってて!」


 河野さんはそういって、財布から二枚のチケットを取り出した。


「私の好きな小説の実写化なんですけど、その、妹が塾の模試で行けなくなっちゃって……」


 僕は内心、河野さんに妹が居たことに驚いていたが、会話の流れを遮っても悪いと思い、深く追求しなかった。


「で、どうでしょう? 今週の日曜なんですけど……」

「今週か……」

「ええ、急ですいません」


 ……正直、予定は空いていた。部活もバイトもしていないので、当然といえば、当然だが。

 でも問題は、そこじゃなかった。


 ――セカイ。


 ……いや、いい。やりくりは幾らでもできるはずだ。


「うん、大丈夫。行けると思う」

「ホントですか!? 絶対に面白いので、楽しみにしててください!」

「ははっ、ハードルあげて大丈夫?」 

「はい、私の一番好きな作品だから大丈夫です!」


 河野さんの顔がパアッと明るくなった。この表情を見れただけでも、僕はこの選択が正解だったと思える。




 ――けど、こんなことになるとは予想しなかった。

 自分がひどく場違いな感じがして、キョロキョロと辺りを見渡してしまう。その際に、カップルの人達と目があい、思わず目をそらす。


 ……一刻も早く、ここを離れたい気分だった。でも、ここで河野さんと待ち合わせしてしまった以上、ここを離れるのも……逆に待たせてもなんだと思うし。


 テレビか何かで、デートは一時間前集合が基本だと聞いたことがある。……まあ、これはデートではないのだろうけど。


 時間がまだまだあることを知った僕は、改めて自分の服装を見直した。おしゃれな服装とはいわずまでも、精一杯清潔感のある服を選んできたつもりだった。デニムシャツに黒のズボンを合わせ、スニーカーは一番綺麗な外出用のものを履いた。全部セールで買った安物だったけど、洋服にアイロンはかけたし、スニーカーも洗濯したてだった。おしゃれだとは言えなくとも、汚くはないと信じたい。


 服装が似合っているのか、そんなことが何となく気になって、シャツのボタンをいじっていると、誰かが小走りで近づいてきたのが見えた。


「す、すいません、待たせちゃいました?」

「……いや、大丈夫だけど。早くない、河野さん?」


 腕時計にチラと目をやると、時刻は僕が来てから五分も経っていなかった。


「……ふふっ、それ、加賀くんのセリフじゃないと思いますけど」


 河野さんは手を口に当てて笑った。それはいつもと同じ仕草のはずなのに、可愛く見えてしまう。

 原因はわかっていた。河野さんがいつもの制服とは違って、私服だったからだろう。

 白のシルク生地のシャツ、というのだろうか。詳しくはわからないが、そういった上着に、黒のロングスカートと春らしいサンダルを合わせた河野さんの格好は、今日の青空とも調和していて、爽やかかつ可愛らしかった。


「……じゃあ、早いですけど、と、とりあえずどこか行きましょうか」

「う、うん、そうだね」


 目を逸らしながら僕に言う彼女の姿を見て、思わずこっちも緊張する。

 彼女と歩き始めた僕の両手は、汗でじんわりと滲んでいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ