第11話
「はあっ!! ……はあっ、はあっ」
体を起こし大量の汗を手の甲で拭う。心臓はバクバクと未だに鳴り響き、少し吐き気を覚えた。
「……夢でよかった」
深呼吸をして、自分を落ち着かせようと必死に努力する。
……この手の夢をたびたび見る。詳しく調べたことはなかったが、恐らく母の叱る声がトラウマになっているのだろうと、ひとりでに納得していた。
枕元に置いてあったミネラルウォーターを取って、喉を鳴らした。未開封であったにも関わらず、水は半分以上なくなった。
「……」
今だったら、分かる。分かるんだ。母は父との離婚や、子育てのストレスで不安定な状態だったのだと。だがそう頭で納得していても、小さいときに植え付いた本能的な恐怖は、中々取り除けずにいた。僕は未だに誰かの、大きな怒鳴り声を聞くとひどく萎縮する。
時計を見るといつも起きる時間より、三十分寝坊していることに気が付く。
「やばっ……」
目覚ましの設定時刻を誤っていた。アラームは三十分後に鳴る設定になっていた。
毛布を畳み、足早にキッチンに向かった。その際、テーブルにスーパーのビニール袋が二つ置いてあることに気づいた。
……ああ、そうだった。昨日母さんが弁当を作るために、食材を買い込んだんだっけ。目覚ましはズレてたんじゃなくて、僕がズラしたんだ。
しかし、母の姿はキッチンにはなく、隣にある母の部屋の扉は閉まっている。
「……母さん?」
部屋をノックし問いかけても、返答はない。「入るよ?」ともう一度確認を取ると、部屋の中から「あっ、圭太……」という小さな声が聞こえて、扉を開く。
そこには眩しそうに腕で目隠しして、扉から入った光を遮る、母の姿があった。
「……ごめんね、圭太。学校のお弁当、今日圭太が作ってくれない? すっごく眠くて…………ホントに、ごめん。ごめんね……」
母はそういって鼻をすすり始めた。
「……うん、大丈夫だよ。気にしないで」
パタンと扉を閉めて、僕は気持ち宇を切り替えるために一息ついた。
……母さんは、仕方ないんだ。いま、精神的に辛い時期なんだ。それはわかりきっていたことじゃないか。
「……お弁当、何にしようかな」
でも、この胸にかかる霞みは、何だろう。