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私は人魚姫になれない

作者: はち

小さい頃から不思議だったことがある。

どうして人魚姫は、泡にならなければいけなかったのだろう。


「そーいえば、お前、昔それで大泣きしたよな。幼稚園の頃。なんでお姫様死んじゃうの?なんで、なんでって。それで、幼稚園の先生、むっちゃ困ってた」

「え、そんなことあったっけ?」

学校からの帰り道、たまたま幼馴染の八代 、サッカー部でなぜかそこそこモテるけど今はそんなことどうでもいい、と一緒になって、なんでか幼稚園のお遊戯会の話になった。私達の演目は人魚姫で、私はその練習で大泣きした、らしい。

「だって解せなくない?王子様は人魚姫に命救われてるくせに、その恩忘れてほかの女とくっつくし。助けてくれた女性が見つからないくらいなら君と結婚する、とか人魚姫に言っといてほかの女とくっつくし。結局ほかの女とくっつくし!」

「お前、幼稚園の時になんつーこと考えてんだよ。可愛くねぇなー。てか、要は、王子がほかの女とくっついたことが許せないだけじゃねーか!」

「だってそーじゃん!」

人魚姫は何も悪いことしていないのに。ただ王子様を好きになっただけなのに。例え自分が泡になっても、それでも王子様を救いたいと思うほど、王子様を好きになっただけなのに。それなのに泡になった、というのを理不尽だと思った。

シンデレラや白雪姫のように、お姫様と王子様が結ばれるのが当たり前のおとぎ話の世界で、お姫様と王子様が結ばれない、というのが、衝撃的だった。

まるで、この世界には、どうやっても叶わない恋がある、といわれたかのようで。

「ね、八代はなんで人魚姫が泡になったと思う?」

「は?しらねぇよ、そんなん」

そんなこと言って、二、三日したら、「人魚姫のことだけど…」とか言って彼の考えを話してくれるのだ。

そういうヤツなんだ、八代は。


「んで、一条先輩はどう思います?人魚姫が最終的に泡になる件について」

次の日の放課後、私は所属する文学部の部室で、先輩に尋ねた。文学部と言っても、私と、この一条先輩以外は全員幽霊部員で、活動してるのは、実質、私達二人だけなのだけど。

人魚姫が最終的に泡になる件について、ってどこかのラノベのタイトルみたいだよね、と一条先輩は笑いながら、しばらく考えて、口を開いた。

「赤い靴、フランダースの犬」

「なんですか?」

「主人公が最後に死ぬ話だよ。さて、これらのお話の共通点はなんでしょう?」

「知りません」

少しは考えなさいよ、と苦笑いしながら一条先輩は続けた。

「主人公は良い行いをしてるんだよ。自分の罪を償ったり、どんな境遇でも不満や文句を言わなかったり」

「それじゃあ、人魚姫も王子様を助けたから、泡になった、ってことですか?」

「泡になった、というか、魂が神のもとへ行った、とかだったろ、確か。ヨーロッパだとキリスト教が強いからね。良いことすると、死後救われますよ、ってことが言いたかったんじゃないかな」

全部俺の個人的な意見だけどね、と最後に一条先輩は小さく笑って付け加えた。


「それで?七瀬君は今、叶わない恋でもしてるの?」

「…なんか話が急に、アクロバティックに飛躍しすぎじゃありません?」

「いや、だって、七瀬君が物語に突っかかる時って、いつも自分もそういう立場にある時だろ?ごんぎつねをひっぱり出して、匿名で罪を償うことの是非を論じてきた時は、確か、うっかり友達が大切にしてたキーホルダーを壊しちゃったんだっけ?あれ、結局ちゃんと謝った?あと、注文の多い料理店の時は…」

「あー、あー、あー!もういいです!十分です!黒歴史を掘り返さないでください!あと、ごんぎつねの子には後でちゃんと謝りました!」

「それで、七瀬君は誰に恋してるの?」

まぁ、だいたい見当はつくけどさ、と続く。

「…本当、ぶれないですよね、一条先輩」

だから、この人はちょっと苦手なのだ。なんでも見透かしてそうなところとか、一度食いつくと、決して逃してくれないところとか。

スッポンかよ、とココロで悪態をつく。

「スッポンも一度くらい食べてみたいよね」

「…先輩、実は超能力者だったりします?」

まさか、と先輩は笑う。そして、それで?と目で話を促してくる。


「別に叶わない恋、って訳じゃないですよ?」

そう、別に叶わない恋ではない。人魚姫のように、住む世界が異なる人を好きになった訳でなはい。おそらく、告白でもすれば多少の望みはある人で、でも、その望みが限りなくゼロに近いというだけで。

「なんで、ゼロに近いって思うの?」

「そりゃ、好みのタイプと違いますもん」

ヤツの好みのタイプは、フワフワガーリーな、いかにも女のコって子で、かたや私は、理屈っぽく、可愛げもなく。むしろ最近は、ヤツは私のこと、女の子って認識してるのか?と疑問に思うくらいである。

「そしたら、今から、彼のタイプのフワフワガーリー系女子になってみる?」

「先輩、それ本気で言ってます?」

「…まぁ、無理だろうねぇ。」

七瀬君、おっかないもんねぇ、と続く。

「今更変えられませんよ。生まれてこのかた15年、この性格で生きてるんですもん」

そして私は、厄介なことに、自分のこの性格が嫌いじゃないのだ。例え、男女と言われても、可愛げがないと言われても、私は私が好きなのだ。そして、その事を少し誇りに思ってるのに。

今更、変われない。


「まぁ、告白くらいしてみれば?減るもんじゃないし。勝算無くはないと思うけど」

「やですよ」

告白したら、変わってしまう。

放課後たまたま一緒になったから、じゃ、一緒に帰ろうか、ってなる距離感が。何の用もないのに、ヒマだ、ってだけでLINEのやり取りできる関係が。

告白して変化を望むには、今の距離感は、今の関係は、余りに居心地が良すぎる。

「七瀬君は臆病だね」

「なんとでも言ってください」

だって、人魚姫は王子様に会う為に人間にまでなったのに。それでも叶わない恋があるのに。


恋を実らせるのは、こわすぎる。



それから、二日経ち、帰り道にまた八代と一緒になった。

「人魚姫のことなんだけどさ」

ほら来た、と思う。

「人魚姫は、人魚のまま、王子に恋をしたら良かったんじゃないか?」

「…え?」

予想斜め上の答えだった。

「要は、人魚姫は人間になる為に取引したから泡になった訳だろ?そしたら最初から人魚のままだったらいい。そうすれば声もそのままだから話せるし、そしたら王子が他の女のとこに行くこともない」

「まってまって。これはなんで人魚姫が泡になったか、って議論だから。趣旨ズレてない?それ」


「だから、この物語は、恋する時に無理に自分を装うな、ってことが言いたいんじゃないか、ってこと」


あぁ、目から鱗が落ちる、ってこういう事を言うんだなって思った。


「八代はどう思う?その人魚姫のテーマ(仮)の恋愛観について」

おい、(仮)ってなんだ、どこの恋愛シュミレーションゲームだよ、と、ツッコミながら、

「別にいいんじゃね?変に装ってても、付き合ったらどうせすぐにバレるだろ。だったら、最初から素のままの方がいい」

そっちの方がお互い楽だしな、と言った。


だったら。

だったら、私は人魚姫にならない。


たとえ、あなたが王子様でも。

たとえ、住む世界が違っても。

私は、人魚のまま、あなたに恋をする。


私は、私のまま、恋をする。



ひとまず、次の日曜に遊園地にでも誘ってみようか。

「ねぇ、八代?」



-END-



はちです。


人魚姫をテーマに色々思ったことを書いたら、こういう話になりました。

作中の人魚姫に対する考察は、すべて作者の妄想です。多めに見てやってください。

誤字、脱字等がありましたら、ご指摘頂けるとありがたいです。

感想、コメントなど頂けるとよろこびまくります。


最後に、お読みくださりありがとうございました。

皆様に、最大級の感謝を込めて。


はち

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― 新着の感想 ―
[良い点] 子どもの頃によく読んだお話を、大人になりかけた主人公たちが新たな解釈を添えていくところに、オマージュとオリジナリティを感じました。 [一言] ありがとうございます。
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