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どうせ僕らは自殺する  作者: 原作:ささやか 著:ラーさん
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夜は地球の反対までしか続いていないなんてことは小賢しい知識の産物で

 病院から歩いて十分ぐらいのところに海がある。そこはよく整備された海浜公園になっていたので、ボクと加賀見さんはそこでデートの続きをした。

 ふらふらと二人で砂浜を散歩してみたり、芝生でごろごろ日なたぼっこをしてみたり、ベンチを我が物顔で占領している野良猫にエサをあげてやったりして日暮れまで遊んでみたけれど、やっぱりいつものことながらやることがなくなってしまったので、ボクらは仕方なくセックスをすることにした。

 砂浜に波の寄せる音が聴こえる。外灯の青白い光が、砂浜沿いの遊歩道にぽつぽつと並んでいて、その灯りの下にあるベンチのひとつに座ってボクたちはセックスをしていた。

 波の音と加賀見さんのあえぎ声が混ざった夜の音は、熱いとも寒いともいえないどろどろとした感覚となって、ボクの膝の上でギシギシとゆれている。

 ボクは彼女の髪の匂いを嗅ぎながら、そのむこうに見える夜の海をぼんやりと見ていた。それはどうしようもなく真っ暗な、ところどころに月の明かりを白く浮かべる波がさざめいているだけの、ただ漠然とした黒い広がりで、そのどうしようもなさはボクの身体を包んで溶かしてしまいそうな優しさとなって、肌にじわりじわりと染み込んできていた。

 ああなってしまえば幸せになれるだろうにと、ボクの耳元で波がずっとささやいている。だけれど加賀見さんの髪のやわらかな匂いを嗅いでいるとその声もどこか遠いものに感じられて、夜の海の優しさと一緒に他人事のようにボクのまわりをただようだけだったから、ボクは彼女の髪を抱くようにしてなでていた。


「高橋くんはホントに髪が好きなんだね」


 加賀見さんがいつかのように言う。ボクもいつかのように答える。


「うん。好き」


 ひと休みするようにボクにもたれてきた加賀見さんが腕をボクの首にまわすと、ボクの鼻は彼女の髪の匂いでいっぱいになった。


「高橋くんっておもしろいね」


「そうかな?」


「そうだよ」


 加賀見さんがボクの肩に頭をのせる。ボクの耳に加賀見さんの唇。そっと触れた熱の感触にボクの身体がピクンとふるえる。


「あたしね、怖いの」


 加賀見さんの吐息がボクの耳にすべり込んでくる。


「夜に一人になるとね、どうしようもなく死にたくなるの。だから手首を切るんだけどね、でも切った手首からぷつりと血が浮いてくるのを見るとね、あたしはどうしようもなく生きているって感じてしまうの」


 加賀見さんの手首はいつでも包帯でぐるぐるで、たまに赤茶色に乾いた血で汚れている。


「血がね、あたしには流れていてね、それをどうしようもなく見せつけられて、ああ、あたしは生きているんだって思って、それで毎日生きていてしまうの」


 夜だった。夜は地球の反対までしか続いていないなんてことは小賢しい知識の産物で、そんなことは今のボクたちには関係なくて、夜はどこまでいっても絶望的に夜だった。だけれどボクたちはこうやって二人で抱き合いながら、なんとか死なずに生きていて、それがひどく不思議なもののように感じられたから、だからボクは彼女に聞いてみた。


「今日はリストカットしないの?」


「だって」


 加賀見さんが言う。


「高橋くんが髪をなでてるから」


「ボクも」


 そう答えると、彼女の腕がちょっとだけ強くボクの頭を抱き寄せた。

 遠くで切れかけの外灯がチカチカと点滅しているのが見える。

 ボクは彼女の髪の匂いに満たされながら、その点滅をずっとながめていた。

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