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黒羽の天使5

「降臨……」

 光明は言葉を失う。失わされた。二人との力の差に。


「さて質問は、この細い剣で斬ることが出来るか、だったよね?」

 場違いなほど明るい声でいたずらっぽくハルが喋る。

「ああ、か細い剣、だがな」

 伊比が応える。ただしその構えに隙はない。いつでも戦闘に入ることができる構えだ。

「教えてあげるよ。これは剣じゃない、矢だよ」

 ハルが膝を曲げてその身を低くする。

閃線一矢せんせんいっし!』

 直後、光の直線が夜空に出来あがる。それはハルの動いた残像だった。

「くおっ」

 細剣を突き出したハル自身が一本の矢となって伊比いびと衝突し、そのまま斜め上へと突きあげていく。

 しばらく後に凄まじい音とともに両者が弾かれる。その事実に驚くのはハルだった。


「まさか、閃線一矢せんせんいっしが防がれるなんてね……」

「俺をこれだけ傷つけておきながらまさかとは、女、なかなか贅沢を言うな。一撃で決めるつもりだったのか」

 衣服が破れた伊比の胸部からはドロリとした血が流れている。だが悪魔にとってこれしきの怪我は重傷ではない。

「ま、降臨相手じゃ一撃は贅沢か。ならもう一撃!」

「なめるな『羽風壁はふうへき』」

「さっきはそれで防いだのね! なら私の威力のほうが上よ!」

「守りだけだと思うなよ『羽風牢はふうろう』」

「きゃっ!?」

 現れしは風の牢獄。ハルを閉じこめ、四方八方から切り刻まんと風が荒れる。

「終わりだ『羽風邪はふうが』」

「もうっ!『閃線一矢せんせんいっし!』」

 一点突破でハルは牢を壊して脱出する。全身に鎌でやられたかの如き切り傷ができるがまだまだ戦える状態だ。





「いつまでよそ見してるつもりだ!」

「うわっ!」

 ルガリアの巨大な拳が振られる。光明にはなんとかかわすことしかできない。

「伊比が降臨したんだ、もうあの女は自分の身を守るだけで精一杯だろうよ。だから……俺もおめえを倒すことだけに集中出来るぜぇ!」

 ルガリアが一段と速度を上げて移動し、光明との距離を一気に詰める。

「ぐはっぁっ」

 まずは腹部へと一撃。

「オラ、オラ、……オラァ!」

 両肩に一撃ずつ、とどめに胸部へと一撃が入ると光明の身体は何もない夜空を軽々と遠くへ飛んでいく。

「がはっぁ、あ……が」

 あまりの衝撃に光明の口から血の混じった赤い胃液ともなんともいえない体液が漏れ出す。


(まずい、まずいぞ。このままじゃ本当に)

 ルガリアは余裕たっぷりに光明へと近づく。正確には邪心の力を拳に溜めながらだ。光明でもそのことは分かる。故に恐怖する。

 上空では更に大きな力、降臨と呼ばれた力が二つ、どちらが優勢ともなく激しくぶつかりあっている。ハルの助けが望める状況ではないことも光明は理解する。


 この男は自分が倒さなければならない。さもなくば自分が倒される。


 光明はふらつく身体で剣を握りしめる。

 なぜこんな戦いに巻き込まれているのか。あの時ハルに刺されなければ自分は普通の高校生活を送れたのに。

 恨みならいくらでも言える。

 けれどいくら言っても状況は変化しない。

 迫り来る大男を倒すすべを、希望を、可能性を光明は考えた。


(俺は、ハルと同じで天使だ。天心開放も普通に出来た。なら……)


 光明は立ち上がる。剣を構えて、瞳をまっすぐと前へ向ける。

「おっ、まだやる気か?」

 ルガリアが笑みを浮かべながら光明に近づく。勝利を信じてやまない表情だ。


「俺だって天使だ……」

「だからどうした」

「やってやるよ、《降臨》を」

「なっ!?」

 ルガリアの表情が一気に歪む。それは恐れか、驚きか。勝利への確信が揺らいだのは確かだろう。

「おめえみたいな弱いやつが、《降臨》だと!? 」

「知るか! もうこれしかお前を倒す可能性は残ってないんだ!」

 そして光明はハルと同じく己の白剣を上へとかかげる。


「力を貸してくれ! アポロ《降臨》」








「はっ?」


 ルガリアの表情が再び変わる。それは呆れか、驚きか。だがしばしの間の後に盛大な笑い声を響かせる。

「はっはっはっはぁーーはっはっはっ」

「あれ? 何も……」

「こんな無知な天使がいるなんてな! なんだおめえ、俺を笑い死にさせようとしてるのか、腹が痛くて仕方ねえ!」

「どうして……」

「おめえが叫んだアポロは伊比いびや俺が属する邪なる神の名だ!」

「でもハルもあの悪魔もアポロ《降臨》って……」

「アポロンだよ、お仲間の女天使が《降臨》させたのはな!」

「マジかよ!? だったら……ぅああ」

 光明は再び《降臨》を試みようと一度白剣を下に降ろした。だがそのとき、光明の身体に異変が起こる。


「うあぁっつぁ……あぁあぅあ」

「な、なんだ!?」

 邪なる力が周囲を覆う。光明は頭を押さえてその場にうずくまる。

「ふああぁあっっくっぅあぅ」

 苦しみの声と同時に光明の身体に変化が訪れる。黒き邪心が渦を巻きながら光明に絡みつく。白い衣服には漆黒のラインが幾本も入り、白剣は禍々(まがまが)しい邪心に包まれる。

「うおおぉぁああぁ」

 雄叫びと共に光明がその白き羽をはばたかせると、周囲の邪心を吸いとっていくかのようにその色が変わっていく。




「何が起こってる……ルガリアか……いや、違う?」

 あまりの邪心に伊比いびは戦いの手を止める。ルガリアに《降臨》は出来ない。その事実を知っている彼は尚更理解が出来ない。

「あれは……光明!?」

 ハルにはそれが光明だと信じることが出来なかった。彼女が知っている光明はおじいさまから力を貰った真っ白な羽を持つ天使だ。しかし彼女が見たものは苦痛の表情を浮かべる黒羽の天使だった。




「な、なんだ、どうなってんだ……」

 ルガリアは目の前にいる少年の変貌と増加した力に腰を抜かす。敵わない相手かどうかなどではない。邪心に満ちた天使などあり得ない相手なのだ。

「うぅぅぅあぁ」

「ひっ」

 突如、光明が移動する。ルガリアとの間を一気に詰めるとその白剣を真上から降り下ろす。

「うがぁあ」

「うわあぁぁ」

 叫び声と悲鳴が重なるとき、白剣から邪心が放たれる。斬撃はルガリアの身体ごと消し飛ばし、夜空の彼方へと飛んで消えていく。


「うがぁあ」

 それでも光明は止まらない。やみくもに剣を振り、辺りに斬撃を撒き散らす。


「光明!!」

 ハルは一目散に光明のもとへと移動する。だが光明の斬撃がそれを許さない。

「きゃあぁぁ」

 邪心の塊がハルに直撃する。伊比いびとの戦闘で消耗し、傷ついた彼女にとってその一撃は重たいものだった。

「……こぅ……めぇ……」

 倒れるハルの前に今なお邪心に満ちた光明が近づく。仲間などという認識はない。己の邪魔をする者すべてを倒さんとする、黒羽の天使。その剣がハルの頭上へ振りおろされようとしたとき、


「『光束こうそく』」

 光の輪が飛翔する。

「うぐわぁあ」

 輪は剣を持つ腕ごと光明の身体を縛る。更に二つの輪が飛んできて光明の首と脚を捉える。

「うぐぁ、がぁ、ぁあ……」

 しばらくして光明は気を失う。それと同時に邪心は消え、羽は白く戻り縮こまっていく。


「あの悪魔は逃げたのか……仕方ない。今はこの二人のほうが重要だ」

 ふちなし眼鏡に手を押し当ててその若者は考えを呟く。《降臨》状態でも、彼の頭は相変わらずボーボーで茶色くせ毛のブロッコリーだ。


「きたむら……さん……?」

「聞きたいことはたくさんあるが、まずは天界うえへ戻ろうか。話はそこでたっぷりだ」

 気絶した光明と傷ついたハルを抱えて、アテナの間の上位天使 北村きたむらは今来た夜空をそのまま戻っていくのであった。

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