黒羽の天使3
「で、詳しく説明してくれよ。天使だとか、悪魔だとか、信じるしかないけど全然わかんねぇ」
なりゆきで元姉の部屋、現ハルの部屋で二人は話す。天使の力を抑え、衣服も羽もなくなった光明は元の寝巻き姿に、ハルは姉の服を着ている。
「そうね、何から話せばいいかな……天界、地界、獄界があってね、天使は天界で、人間は地界で、悪魔は獄界でそれぞれ暮らしているの。これはもう大前提」
「天国や地獄みたいなのが本当にあるってことか?」
「ちょっと違うけどまあそんな感じ。で、いつもは人間の知らないところで天使と悪魔は戦っているの」
「戦い……」
「そっ」
それが当然といった感じでハルはベッドに腰かけて足をぶらぶらさせる。
「ちょっと待て、じゃあさっきの悪魔やハンカは何なんだよ? それにハルだってどうしてこっちにやって来たんだ?」
「問題はそこよ。そもそも私達天使は地界に降りてはいけない。悪魔も地界に上がってはいけない……はずなの」
「はっ? じゃあなんで」
「だから問題なのよ。いきなり地界にハンカが現れて……緊急で私も降りてきたの」
「訳がわからねぇ……」
「私もわからないから調べるの。だから居候するの」
あくびをしながら布団を取り出して、ハルは就寝の準備をする。
「くそ、いきなり殺された挙げ句なんでお前を泊めなきゃいけねぇんだ」
「申し訳ないとは思うけど、まあ、これも何かの縁ってことで。よろしくね、そしてお休み」
「おい、ハル!まだ聞きたいことが」
「ムリ、明日にして。私疲れてるの」
「てめえ」
ハルが布団にくるまるので光明は何も出来ない。下手にうるさくすると親に変な勘違いをされそうだったので仕方なく光明も自分の部屋に戻る。
(天使と悪魔の戦いね……)
光明は再びほっぺたをつねるがやはり現実の痛みが襲うだけだった。
信じられないが信じるしかない現実を考えながらいつしか光明も眠りへと入っていった。
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獄界、アポロの地で黒い羽の悪魔が二人、話をする。
「どうだ、地界は?」
すらりと伸びた灰色の髪は彼、イジエムの生前からのトレードマークであった。それは獄界の高級悪魔になってからも変わらない。
「別に……自分が住んでいた町と大して変わりはないです」
イジエムの質問に小柄な青年が応える。だがイジエムは手を払い否定する。
「そうじゃない。天使の場所は分かったかと聞いているんだ」
「天心開放のときはさすがにわかりました。そしてそれは天使も同じようです。こちらの低級悪魔が邪心開放をすると気づかれ、殺されました」
青年は何の感情もなく淡々と事実を語る。
「なるほど、天使も中々のやり手を送ってきたか」
「はい。それともう一つ」
「なんだ、伊比よ」
「恐らく……地界に天使は二人います」
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「光明、こ~~め~~い」
朝、光明は目覚まし時計ではなく人の呼び声で起こされた。
「光明、起きて~~」
「なんだ……ハルかよ……って、ハルかよ!」
「うるさいなー、そうだよ。私だよ」
「もう少し寝かせてくれ……まだ目覚まし鳴ってないんだから」
光明は布団を頭に被る。まだまだ眠たい時刻、そのはずだった。
「でももう七時五十分だよ」
「…………はっ!?」
目覚まし時計はセットを忘れると鳴らない。
光明は跳び起きて制服に着替えてドタドタと階下へと降りていく。
「母さん!なんで起こして……」
「はい、カバン」
「……くそ、いってきます!」
光明は駆けていく。神見町の神見高校へ。天使の力を移動に使いたいところだがさすがにそうはいかない。光明は駆けていく。そして十字路に差し掛かったとき、
「うわっ」
「きゃあっ」
光明は神見高校の制服を着た少女とぶつかった。
「いった~い」
「す、すいません! ……って、なんだ、瓜子か」
「なによ~、私だったらぶつかっていいっていうの~」
光明と瓜子は同じクラスだ。
蔓瓜子はかわいらしい童顔と豊富なバストによって男子から絶大な人気を誇る。
しかし瓜子には彼氏がいない。そもそも彼女に告白しようとする男子はいない。理由は簡単、
「さあ、ぶつかった責任として山中くんも天探女の信仰のもとへと」
「入らねえよ、ほら、早くしないと遅刻するぞ」
彼女は天探女という謎のものを信仰し、ことあるごとに信仰を勧めてくるからであった。故に男子たちは彼女の外観だけを楽しみにするしかないのである。
「でも私、昨日の夜に声が聞こえたんだよ」
神見高校に向かって走りながら瓜子は再び謎のことを話し出す。
「はあ、天探女のか?」
「そう! そしたら外で何かが見えて……まるで天使みたいだったの」
まずい、と光明は一瞬心臓を掴まれたような感覚をおぼえる。
「上空でよく見えなかったけれどきれいだったな~~」
「……変な信仰のしすぎだ」
「ひど~い、ホントに見たんだからね」
幸い顔は見られてないようなのでホッとするが瓜子の一言一言が光明には恐ろしい。光明は改めて自分がどのような立場になっているかを自覚することになった。そしてハルにも迂闊に天使の力を使わないように注意しなければならないと光明は考えて学校生活を過ごすのであった。
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天界、ヘラの間の上位天使 つばき、そしてアテナの間の上位天使 北村がアポロンの間の上位天使 おじいさま、のもとを訪ねる。地界の状況を聞くためであった。
「おじいさま、たしかハルを送ったのですよね?」
尋ねるのはつばきである。
彼女はヘラの間の上位天使であり、その意味するところは彼女が天界の実質の長であるということだ。
しかし支配者とはいえない。彼女は他の天使を信頼し、うまく組織をつくっている。逆にそんな彼女だからこそ、ヘラの間の上位天使になれたのかもしれない。
「そうじゃ。ハルを地界に送った」
おじいさまも丁寧に応える。
「ハルはうまくやっていますか?」
「一応、今のところはの。悪魔との戦闘もあったが難なく倒しておる」
「ということは、だ。向こうはハルさんが簡単に倒せるような低級悪魔とハンカしか地界に送らなかったということか」
ボーボーに伸ばした茶色のくせ毛がブロッコリーのような頭を形成している北村が、自身のふちなし眼鏡に手を押し当てて考える。アテナの間の上位天使である彼は若者ながら天界の脳であり秩序を守る存在である。故に今回の悪魔側の不可解な地界への干渉が持つ意味を考えて対策を練らなければならない。
「たしかにそうじゃの……あの悪魔は恐らく低級じゃった」
「突然地界に現れたと思えばただそれだけの者しかいなかった……悪魔の狙いがわかりませんね……」
つばきは北村と目を合わせてため息混じりに首を振る。北村も同様だ。
「ハルはいつ戻って来るのですか?」
「それが……ワシが伝える前にハルのやつは降りてしまっての。本当なら一度戻って来て欲しいんじゃが……」
「なるほど、ハルらしいですね」
そういってつばきはくすくすと笑う。全てはハルを信頼しているからだ。
「って、それじゃあ困る。やはり地界の状況は早く察知しないといけない。おじいさま、例のやつを見せてくれ」
しかし北村は納得しなかった。アテナの間の上位天使として不安因子は潰しておきたいのだろう。
「じゃが……」
「早く!」
「うむ……」
「どうしたのですかおじいさま。例の水晶で地界の様子を私たちにも見せてください」
地界の状況を直に見ることが出来るのはアポロンの間の上位天使だけである。ただし、おじいさまはそれを映し出す力を持っている。
「……仕方あるまい。つばき、北村よ。説明と弁解の時間はワシにくれよ」
そうしておじいさまが何かを唱えだすとアポロンの間の床である雲から大きな音とともに巨大な正八面体の水晶が現れる。それにおじいさまが手を触れると水晶の表面には地界の様子が映し出された。
「まあ、これは?」
「どうしてハルが……?」
水晶には地界の様子が映されている。当然ハルの様子もだ。そしてつばきと北村は驚きを隠せない。
「どうしてハルが人間と暮らしているんだ!」
水晶が映したのは山中家の晩飯時であった。