8話
「中から襲撃する。攻勢を弱めて外に逃がせ。囲んで叩く」
『おっそいよ! そろそろヤバいから!』
「いいからやれ」
倉庫は長田達が交戦している搬入口に近付くに連れて荷物の置き方が乱雑になってきた。これまではいくらかはアサルトライフルを構えられる程度の空間はあったけど、その程度の空間もなくなってきていた。
M4をスリングで提げ、P226を抜く。弾倉の数が心許ないけど、仕方ない。
左足を前に半身になり、拳銃を胸元に引き付けるようにして構える。これなら奪われることも無い。
柱の影から人影が飛びかかってきた。真上から振り下ろされるナイフを持った手首の部分を左腕で受け止め、連続で三発撃ち込む。後ろで飯倉も発砲するのがわかった。
「っ、一発食らいました!」
「どこだ!? 深いなら下がって上と合流しろ!」
「プレートで止まってます、まだ大丈夫です」
「なら行くぞ、っと!」
搬入口の方から来た一人を射殺。同時に後ろから組みつかれた。拳銃で殴りつける。上手く当たらなかったのか離れない。
視界の端じゃ飯倉も同じように組みつかれた、それどころか完全に馬乗りになられてナイフで刺されかかっていた。
『なんかこっち減った! 押し込むよ!?』
「代わりに、こっちに来てる! 早くっ、来い!」
首に太い腕が回された。締め付けられてだんだんと意識が遠のくのが分かった。くそ、抜けられない……。
「アっ、が……」
僕がどう思おうと、酸素を絶たれた身体はなんとか呼吸しようと足掻く。
拳銃を左の腰に回し、弾の続く限り引き金を引く。
「がっ!」
首に回された腕から力が抜ける。大きく息を吸いながらスライドが後退したままの拳銃で思いっきり殴りつけた。
よろけた敵の足を払い、馬乗りになって何度も殴りつける。
完全に息の根を止めてから、立ち上がって空の弾倉を落とす。新しい弾倉を差しこんでスライドストップを解除したが、半端な位置で止まってしまった。殴っているうちにフレームかどっかが歪んでしまったようだ。
ダンプポーチもないのでベルトに挟んでおいた。
そこでようやく飯倉の方を見てみると、今度は飯倉が敵に馬乗りになって喉元にナイフを突き刺しているところだった。右頬から派手に出血している。
「見せろ」
飯倉の顎を掴み、手早く傷を確認。見た目は派手だけどそれほど深い傷ではなさそうだ。この程度なら跡も残らないだろうし。
「管理官さん、俺の予備の拳銃使いますか?」
そう言って飯倉が差し出してきたのはCz75だ。マズルガードと銃剣が取り付けられている。
「お前、なんでこんなものを持ってきたんだ?」
サブということらしいから何も言うつもりはないけど、さすがに趣味に走りすぎてるんじゃないのかな。飯倉が普段使っている拳銃はワルサーP99だったはずだ。現に今それを構えているし。
「長田さんに見せてくれって言われて持ってきたんですけど・・・・・・鼻で笑われて終わりでした」
「あー。まああいつはそういう奴だ。気にしないでいい。さて、行くぞ」
一度は受け取った銃剣付Cz75だけど、これは丁重にお返ししてM4を使うことにした。抵抗もそれほどでもないし格闘戦はなさそうだし。
太い柱の陰に身を隠し、こちらに背中を向けている機銃手に銃弾を叩き込む。突然背後から奇襲された敵がひどく混乱しているのが分かった。
先ほど白兵戦を仕掛けてきた連中と違って錬度が低すぎる。多少の訓練を受けたチンピラってところか。軽機関銃の火力にものを言わせて正面の敵を抑え込むくらいはできるようだけど、ちょっと奇襲されたくらいでまったく攻撃が止まってしまうのはいただけないな。指揮官らしい人間は既に死んでるみたいだし。ま、気にするほどのことでもないか。外国人はいなさそうだし、皆殺しにしてかまわないだろう。今回は死体の処理だとか面倒なことは公安がやってくれるようだし。
倉庫の隅に銃撃で追い込み、最後はフルオートで掃射する。最初は悲鳴やら断末魔やらが倉庫中に響いていたけど、すぐにそれも聞こえなくなった。
ゆっくりと近づき、それぞれの手から武器を蹴り飛ばす。念のため、胸と頭に一発づつ撃ち込んで死んでいることを確認する。
『管理官、倉庫から逃亡しようとしている者が三名。人種は確認できず。武装は確認できません。どうしますか?』
「足かなんかを撃って捕縛。あとでお話を伺うことにする」
『了解』
さて、とりあえず上で捕縛した連中を尋問するとしようか。
†
「貴様ら、なんのつもりだ!? 俺が誰だかわかっているのか!?」
頭から血を流しながら引きずられてきたのはいかにもといった雰囲気のおっさんだ。捕縛する時にかなり抵抗したのか、引きずってきた工作員も血を流している。
「そこまでされてよく殺さなかったな」
「気になることを叫んでいたので、尋問した方が良いと判断しました。・・・・・・私にやらせていただけますか?」
そう言ったのは二十代半ばくらいの女性工作員だ。見た目は地味なOLっぽい感じ。眼鏡はひび割れ口の端から血が垂れている。
「いいよ、別に。あ、ひとつだけやってみたいことあるからそれだけ試させてくれ」
「分かりました」
後ろ手に縛られ、地面に転がされたまま汚い罵り声を上げていた男に話しかける。
「なあ、あんたに聞きたいことがあるんだ。それさえ聞ければ拷問だの尋問だのはしない。なんだったらそのまま解放してやってもいい。答えていただけるかな?」
「ふざけんな、こんな事が許されるとでも思ってんのか!? お前、俺に手を出したら公安が黙ってねえぞ!!」
自分から飼い主の手に噛み付いておいてそれはないだろうに。それとも、こいつはバックが中国人に代わったことを知らないのか? 立場から考えてそれはありえないはずなんだけど。
「長田、そこにある椅子持って来い」
長田が持ってきたのは骨組みが木材、座面と背もたれのところが麦わらを編んで作られている南国風の椅子だ。その座面のところをナイフで手早く切り取る。
「おい、縛ったまま服をはげ。全部だ」
「や、やめろ、何するつもりだ!?」
じたばた暴れる男を工作員たちが全裸にするのを横目で見ながら、倉庫の端に積まれていた荒縄・・・・・・小学校なんかの綱引きで使うような縄だ。なんでこんなものがこんなところにあるんだ?
縄の端を結んで拳大の玉を作る。
全裸になった男を座面を切り抜いた椅子に座らせ、両手を背もたれの後ろできつく結ぶ。両足も椅子の脚に結びつけた。
「なんだよ! 何するつもりだよ、ふざけんなよテメエら!」
「威勢の良いこと言ってるけど縮んでんじゃん」
語尾に(笑)がつきそうな口調で、工作員たちが囃し立てる。
昔見たスパイ映画でこういうシーンがあったんだよね。こうして試せる機会が来るってのはなかなかない事だ。縄はこいつを捕縛した工作員の武内さんに渡してある。
「んじゃ、質問一つ目。あんた達外人と取引してたろ? どこの国の人間とやってた? あ、これは一応確認だってことを伝えとくよ」
「てめえこの野郎外せ馬鹿や・・・・・・ガァッああああアアアアアアアア!!」
武内さんが結んだ縄の先を、振り子の原理で勢いを付け、男の股間を下から殴打する。うわ、いたそー。
「じゃあもう一回。どこの国の人間と以下略」
「そっ、うがッ、あああああああああああああああああああ!!」
答える前に武内さんが殴打。
「ちょ、早い早い。気を取り直して、以下略」
「ちゅ、中国人だ! 俺たちは中国人からしか仕入れてねえし卸してもいねえよぉ!」
なんだよ、二回で吐いたか。
「白人はいたか? ていうかお前、ほんとの事言えよな。じゃ、お仕置き」
「ああアアアァァァァァァァアアアァァァァッァアアアア!!」
「おい、逃げ出そうとしてた連中はどうした?」
『一人は失血死、もう二人はなんとか生きています。死んだのは白人、生きてるのは白人とアジア人です』
「よし生きてる二人を倉庫まで連れて来い。死んだ白人は持ち物を漁って身元が分かるものがないか確認だ」
『了解』
指示を出し終えると、椅子に縛り付けられてすすり泣いている男に向かい合った。
「さて、おっさん。次の質問だ。もたもたしてると不能になっちまうから、手早く、正直に答えた方がいい。
さて、今しがた逃げ出した白人達を捕まえた。今からこっちに来るだろう。もしたどり着くまでにおっさんが役に立つ情報を吐かなければ、その白人達に聞くしかなくなる。そのために、おっさんには見せしめとして拷問を受けた後に死んでもらうことになるんだ。ここまでは分かったか?」
力なくうなずくのを確認して、俺は続けた。
「じゃあ、俺が質問するってのも時間の無駄だろうし、おっさんが知っていて俺の役に立ちそうな情報を自由に喋ってくって方式で行こうか」
「分かった……。ぜんぶ、全部話す……。
俺たちは中国人から武器を仕入れて国内で非合法に捌いてた。取引先はだいたいが暴力団だが、テロリストまがいの連中にも売っていた。」
「なるほどなるほど。見境なしだったわけだ。それで、取引相手でおもしろそうなところはあったか?」
「いる。日本人の退役軍人の集まりに機関銃だとか爆薬だとかを売った。あいつら、目的は知らんが戦争でも始めるつもりに見えた。その連中の中に白人が混ざってた。完全な身内ではなく外様といった感じだったが。あの手の過激派は純血主義が多いから、白人が混ざっていることが珍しくて覚えていたんだ」
「よし、いい情報じゃないか。その連中へ渡した武器の届け先は?」
「八王子の商社の倉庫に届けた。池谷運送ってとこだ。なあ、これでいいだろ!? 俺が知っているのはこれだけだ!」
「なるほどなるほど……。おっと、時間切れだ。お客さんが到着したよ。残念だけど、おっさん、見せしめに殺すね」
「な、おい! てめえ話がアアアアアアアアアア!?」
武内が殴打を再開した。