crash matter
午後16時20分。
ファッションモール内の
雑貨屋と服屋が融合された店。
わたしの職場はここだ。
都会とは言い切れないが
田舎でもない街。
沢山の車と人が交差する街。
一つ裏手に入れば
そこは夜の闇に包まれた歓楽街。
ただ普通のショップ店員として
働いている私には別の顔があった。
それは、隣の服屋で働いている
リリコとわたしだけの秘密だ。
あ、簡単にわかったなんて
理解した口ぶりで言わないでね。
この話はただの風俗嬢や飲み屋の
女たちの物語でしたなんて
そんな当たり前の落ちがある
話なんかじゃないのよ。
もっと巨大でcrazyで
かっこよくてイカす話。
本物の悪い奴の生き様よ。
リリコとわたしは
このショッピングモールに
勤めてから随分と長い。
本当はそろそろショップ店員など
引退してもいい年齢なのだが
裏の顔を隠すためには
ただのショップ店員として
真面目に勤めているという
称号を手放すのはとても惜しい。
それゆえに真面目に働いている。
いや、働くフリをしているのだ。
隣の服屋の休憩時間
リリコ達がわたしの店に
遊びに来ることは珍しくない。
女たちはそれぞれに
小物や服を漁り
可愛い可愛くない
プレゼントにいいねなどと
きゃあきゃあと楽しそうだ。
リリコもその中に混じっている。
わたしは店員として
仲の良い客に接するように
一応対応する。
今年の春のトレンドなんですよ
こっちは出産したてのママさんなんかに
プレゼントするのもお勧めですよ。
笑顔できゃあきゃあ騒ぐ中に
混じっていたわたしが
その輪を離れてレジの方に向かうと
リリコがそっとついてきた。
今日、来るらしいわよ。
知ってる?
わたしもさっき食堂で会って
初めて知ったの。
もちろん貴方をお呼びよ。
休憩中、抜けて行かなきゃね。
頑張ってね。
リリコにそっと耳元で囁かれた。
ああ、そおいえば今日だった。
すっかり忘れてたからお怒りかしら?
まあ、都合のいい時間だし
休憩を取ることを他の店員に伝えて
店を抜けて、携帯を取り出した。
スリーコール。
必ずスリーコールで出るのだ。
お前なにしてんねんどあほが。
まさか忘れてたっちゅーんや
ないやろーなー?
散々あれほど言うといたんに。
簡単に俺の怒りは収まらへんで。
陽気な関西弁が
つらつらと耳の中に流れてくる。
明るい楽しそうな声だから
本当に怒っているのか
怒鳴っているのかはよくわからない。
ごめんごめん。
とりあえず3階の角にある
アイスクリーム屋で
合流でいいかしら?
それならあなたも5分も
かからずに来れるでしょう?
話はそれからね。じゃあ。
あかりは急いで
エレベーターに向かう。
きっと先に着くのはこちらだろう。
でも先に向こうがついたのであれば
また何かとうるさいのだ。
約束を忘れていたのは確かにわたし。
計算通りあかりがそこに
着いた時にはまだ彼の姿はなかった。
しばらくしてスーツ姿の男が現れた。
背は166センチであまり大柄ではなく
年は40すぎ、顔はそれなりに老けている。
髪は天然パーマなのかくしゃりとなっており
陽気な関西弁が彼の特徴だ。
お前本当にわかってんのか。
今日の大切さが。
どえらいお客さんなんやで。
しっかりしてくれや。
向かいの小さな珈琲店に入る。
2人で珈琲を頼んだ。
あかりが財布から小銭を出そうとすると
手が滑っていくらか小銭を落としてしまった。
あ、すいません、といいながらしゃがみ
小銭を拾ってまた立とうとすると
彼はあかりの頭をしゃがんでいるあかりの上からそっと撫でるように押さえ
ええで、と一言だけ言った。
周囲に気づかれないように
あかりは彼の心遣いにまたやられたなと思った。
彼の行為は、彼の優しさからきていた。
おごるおごらんはめんどくさい
金があるやつが払えばいい
けどお前は硬い女やからめんどくさいのお
といつも言われていた。
あかりはいつもタダでは奢ってもらわない主義なのだ。
crash matter
日本語に訳すると
衝突問題
これに関わっている奴は
精神がかっこいい奴が多い。
というかほとんどがそうだ。
彼もまた同様に。
まあそれにしても
向かいのアイスクリーム屋は
なんやトッピングがどーのこーの
問題がうるさいんやわ。
もっとトッピングを増やせとか
アイスクリームに混ぜる為の
機械を導入してくれとか
ああだこおだうっさいねん。
一階にもアイスクリーム屋があって
そっちでトッピング自由にできんのやから
トッピングがそない欲しい奴は
一階のアイスクリーム屋に行くやろ。
もおそれでえーやん。
なのに3階の奴らはトッピングがどおののせいで
売り上げがなんたらとか言うてくんねん。
ほんま、しょーもないやつらやわ。
野口はタバコをふかしながら
仕事の愚痴を吐いた。
そう、野口はこのショッピングモール全体の責任者なのだ。
細かく言えばわたしは野口の部下に当たる。
直属の部下ではないし、普段あまり関わることもないが
一応建前上、人の目に触れる時は敬語を使って会話をしている。
そうなんですね。
野口さんも大変で。
ところでお時間は
大丈夫なのですか??
ああ、まだええで。
お前は?
わたしはもうそろそろ、、
ところでリリコから聞きました。
ああ。そおなんや。
今日いきなり来るっちゅーんやから
こっちも大慌てやんな。
先に言うとけっちゅーねん。
でも、まあ無理な話やろーな。あの人は。
野口は笑いながら言う。
とっても嬉しそうだ。
そして、その話を聞いて
わたしも自然と笑顔がこぼれた。
おいおい何にやついとんねん。
こっちは妻も子供もおんねやで。
俺といる時にそんな顔されたもんなら
周りから勘違いされるやん。
それともなんや。お前本当に俺に惚れとんのか?
野口が顔を覗き込んでくる。
すみません。
そんな訳ないじゃないですか。
とにかく、今日はどうされるんですか?
わたしは早く上がれそうなら
仮病を使って早く上がりますが
野口さんはどうですか?
早く上がれそうですか?
リリコはもともと早番で
もうすぐ仕事が終わるそうです。
そうか。
俺は今日20時ごろには終わる。
そこから直行しようと思ってる。
お前はどうする?
では、わたしも20時ごろに
上がれるようにします。
駐車場で待っていてもらえますか?
裏だと変な勘違いをされるかもしれないので
できればお客様用の駐車場で待っていて下さい。
わかった。ほなまあ
お前の階まで送ったるわ。
ありがとうございます。
2人でエレベーターに乗り込んだ。
珈琲店を後にした私たちは
またアイスクリーム屋のトッピングについて
いろいろ議論していた。
エレベーターには一人の
年配の男性が乗っていた。
すみません、と私が自分の階を押す。
野口はまだ、お前ならどーする?
など意見を求めてきた。
わたしはトッピングだけが直接的に
売り上げに関係しているとはおもいません。
なので、例えば3階のアイスクリーム屋に
トッピングを自由に入れることのできる
機械を入れたとしてもそれ以上の収益が
見込めるとは思いません。
トッピングありなしも顧客の選択の自由です。
トッピングが欲しい顧客はもちろん
一階のアイスクリーム屋に行くでしょうし
シンプルなアイスクリームを求める顧客は
3階のアイスクリーム屋に行くと思います。
そおやんな。その通りや。
よし、ついたで、今日も一丁
仕事に励んで下さい。
ありがとうございます。
そおいってエレベーターから
おりて振り返り頭を下げると
その年配の男性の胸元にキラリと
光るものが見えた。
代表取締役社長
と、その輝く胸元には
名札のような物に
肩書きと名前が書いてあった。
あ、と私は思い
社長、お会いできて光栄です。
エレベーター内でのたわいもない会話
お気になさらないでください。
そお言って頭を下げながら手を差し出し握手を求めた。
社長、という言葉を聞いて
野口は驚いた顔をしていた。
社長は優しく
いやいや、業務に励んでくれている様子が
とてもよくわかりました。
君はここのフロアで仕事をしているんだろう?
なのに、他のフロアの店のことまで考えてくれてありがとう。
仕事、頑張ってくださいね。
社長はどうやら
わたしが首からかけていた
店員カードを見てそお声をかけてくれたようだ。
さすがだな、とあかりは思った。
そのあとの野口と社長は
どんな会話をしたんだろう
と思いながらあかりは店に戻り
体調が悪いことを伝えて
早上がりを希望した。
店ではあかりが上の立場なので
心配の声は上がっても、反対の声は上がらないことはわかっていた。
20時丁度。
あかりはすぐさま
タイムカードを切った。
すぐに出れる準備はしてあった。
お疲れ様です。
ごめんね、先に上がっちゃって。
あとはよろしく。
そお他の店員にこえをかけると
あかりはすぐさまエレベーターに
向かって飛び乗った。
一刻も早く、という思いがあった。
一階につき、出入り口に向かって走る
多分、野口は分かり易いところに
車を停めて待っていてくれているだろう。
野口はとても気が利くし、頭も良い。
もっとも、そおゆう人間でなければ
危険な遊びには手を出せない。
野口の車を見つけた。
随分ボロい車だ。
でも彼のお気に入りらしく
簡単に乗り換えようとはしない。
あかりは乱暴に野口の車に飛び乗った。
両手足を伸ばしてあくびと伸びをした。
おいおいなんやねん。
もお少し優しくしてや。
この車も寿命が近いんやで。
まあ、何にしても仮病お疲れさん。
あー本当に疲れた。
危なかったわ。
リリコに聞かなければわたし
そのまま忘れてたかも。
あーしかしこのオンボロ車
ちゃんと動くんでしょうね?
動かなかったら承知しないわよ。
早く例の場所へ向かって!
はいはい。
かしこまりましたよーっと。
それにしてもお前の演技も
下手な女優さんよりもうまいわ。
かなわんな〜女は怖い。
社長へのあの対応、どこでどお習ったんや。
ああ、タバコ吸うてもええで。
もお仕事終わったんやからな。
ちぃとはリラックスせえや。
先ほどのショッピングモール内での
二人とはまるで別人のようだ。
タバコをふかしながら
あかりはリリコに連絡をした。
ああ、ねえもおついた?
あ、そーなんだ。
まだ見えてないのね。
一体いつくるのかしら。
今シックスとむかってるから
もう少し待ってて。
うん、気をつける。
うん、じゃあね。
電話を切ったあかりがいった。
まだ奴はいないらしいわ。
まあ、そんな早くに現れるなんて
思ってもないけど。
まあ、そりゃそおやろ。
夜はこれからやで。
もう少しパーティの時間は
遅くても大丈夫やろ。
二人が向かっていたのは
裏通りのさらに奥にある
advance baseという店。
BARはBARなのだが
普段、この店はあいていない。
つまり、営業をしていないのだ。
しかし、今日は特別。
というか、奴が現れる時だけ
この場所はそっと開き
悪魔を歓迎するために人が集まるのだ。
そう、最高に狂ってる
悪魔がね。
そして、歓迎する私たちは
その悪魔に首ったけなのだ。
adbance baseに集まる人々は
実に年齢も性別も職業もバラバラ。
ただ唯一の共通点は
いってしまえば、悪魔の熱狂的な
ファンというか、彼に惚れ込んでいるのだ。
そして、advance base内では
プライベートの一切を公開するのを
禁じられている。
少しでも自分や他人の個人情報を喋ったら
もう二度とこの場所に足を踏み入れることも
悪魔をお目にかかることもできない。
人々は自分の一番すきな数字
それをコードネームとして使う。
野口は6(シックス)
リリコは1(ファースト)
あかりは7(セブン)
誰かが先にその数字を使っていたら
数字の後ろにまた数字がつく。
例えば野口のコードネーム6
6を使いたい奴がいたら
6Ⅱ(シックスツー)と呼ばれる。
それが重なれば重なるほど
のちにつく英数字が増えるという仕組みだ。
そして、来店者は全員
左の首筋にスタンプを押される。
特殊な光でないと映し出されない
インクを使って押されるのだ。
なので、店内では
相手の左首筋を見れば
相手のコードネームが
わかるようになっている。
しかし外ではどんな光を当てても
反応せずにバレないという仕組みだ。
その店に最初に
来店する奴は必ず
悪魔の招待状を持っているはずだ。
そもそもまず悪魔と先に
出会っていなければ
この店の存在も知らないであろう。
悪魔に選ばれし者
そして悪魔に魅了された者のみが
ここに集まってくるのだ。
リリコとあかりと野口
つまり1と7と6は
悪魔に出会い、悪魔に選ばれている。
それがたまたまなのかなんなのか。
外で悪魔の話をするのも禁じられている。
全て悪魔が決めたルールだ。
僕のファンは
熱狂的でもスマートで
紳士でなければならない。
ルールを守れない不届きものは
僕のファンには相応しくない。
悪魔がよくファンたちに
囁くセリフだ。
1.7.6と自分達の数字を持ち
英数字がついていないことに
彼女たちは誇りに思っている。
つまりは、一番最初に選んだ
数字をそのまま持ち続けている
ということになる。