9.声
飲み会はそのまま23時頃まで続いた。
飲み会の間中、赤城は俺の隣にいて、自分の趣味のこととか、最近の音楽のことだとか、友達のことだとか、家族のことだとか…とにかく、よくそんなに話すことがあるなってくらいによくしゃべっていた。
ついでによく飲んでもいた。
それにつられる格好で、俺も珍しく飲んでしまって、おかげで頭がくらくらとしている。
アルコールのせいもあって、赤城の話していたことの三分の一も覚えていない。
もしかしたら、三分の一も覚えていないかもしれない。
だけど、何度も言われたおかげで、「俺から赤城にメールする」って約束だけは覚えていた。
今日この飲み会が終わって、家に着いたらメールしてみよう。
そう思っていた。
とにかく最初の居酒屋を出て、俺たちは外に出た。
火照った顔に、夜の風が気持ちいい。
「次どうするの?」
髪の短い女が言った。
赤城がずっと俺の隣にいたから、赤城以外の奴の名前なんて覚えていなかった。
「次、カラオケなんてどう? 俺、知ってる店あるから」
そう言ったのはやっぱり和馬。
みんな同意しているようだ。
「ねえ、圭太君も行くよね?」
赤城が俺の腕を取る。
「ん〜、そうだな」
「行こうよ」
「そうだね」
「やったあ」
明日は土曜日。
いつもなら病院に行く日だ。
だけど、別にいいじゃないか。
優月に会えなくっても、そんなこと大した事じゃない。
酔っ払った頭でそんなことを考えていた。
優月のことを、本当に頭から追い出せるような気がしていたんだ。
だけど…。
みんな和馬について歩き出したときだった。
「もう一軒行こうよぉ〜」
そんな風に聞こえた。
妙に聞き覚えのある声。
でも、いつも聞いてるものとは明らかに違う甲高い声。
優月の声?
俺はすぐに振り返った。
だけど、ぐるりと見る限り、優月の姿はどこにも見えない。
聞き間違えだったのかもしれない。
「どうしたの? 圭太君」
止まって後ろを向いている俺の顔を、赤城が覗き込んでくる。
「うん…。いや…うん」
本当に優月だったのかどうかも分からないのに、だいたい優月の姿なんかどこにも見えないのに、俺の全神経はさっき声の聞こえた方に集中してしまっている。
「圭太ー? どうした?」
和馬もそんな俺に気が付いて振り返っている。
「ごめん。俺…」
考えるより先にみんなが向かっている方とは逆の方に一歩踏み出していた。
「圭太?」
「俺、ちょっと用事思い出したから。今日はやっぱり帰るわ」
そう言うが早いか、駆け出していた。
「あ!圭太君!!約束っ、忘れないでよ!」
赤城の声が追いかけてきたけれど、その声は俺の中に留まることなくすんなりと通り過ぎてしまった。
応えるのも面倒で、振り返りもしないで軽く片手をあげる。
俺は走って、声の聞こえた方に走った。
アルコールが入っていたのをすっかり忘れていたけれど、頭がぐらぐらして嫌でも思い出してしまった。
すれ違う人の顔を見る。
優月じゃない。
あれも違う。
あの声、本当に優月だったのかな?
そうだったとして、俺、優月見つけてどうするつもりなんだ?
ぴたり、と俺の足は動かなくなってしまった。
荒い息を整えながら、痛むわき腹を押さえる。
そうだ、何も考えないで走ってきてしまったけれど、優月を見つけたって、俺にどうすることができるって言うんだ。
俺が行ったって、ただ邪魔してしまうだけじゃないのか?
何してんだ、俺…?
「優月ちゃん、今日はもう帰った方がいいって」
「え〜〜? もう少し付き合ってよお」
今、「優月」って言ったし、あれは確かに優月の声だ。
俺はよろよろと声のするほうに向かっていった。
「私、今日は飲みたいんだ」
「でも、今日は飲み過ぎだってば。もう帰ろう?ね?」
4人組の中心に優月はいた。
かなり飲んでいるのか、足元がふらついているのが、遠目にもはっきり分かる。
優月を囲んで、同僚と思われる男女が困っているようだった。
「でも明日は病院に行く日なんじゃないの?」
「いいの!今日は飲みたいんだってば」
頑固にも帰ろうとしない優月を、困ったようにみんなが見つめている。
「何、してんだ、よっ!」
やっとたどり着いた俺は、優月の手をつかんだ。
「あれえ? 圭ちゃん。こんなとこで何してんの?」
間近で見た優月の顔は真っ赤で、目もトロンとしていて、完全に酔っ払っているようだった。
「君、優月ちゃんの知り合い?」
一緒にいた女の人が俺にそう聞いてきた。
「…弟、です」
咄嗟に嘘をついてしまった。
だけど、そう言うのが多分一番手っ取り早い。
「弟なんだ」
周りにいた人から、警戒心が一気に吹き飛ぶのが分かった。
「ちょっと困っていたんだ」
そう言ったのは、いかにも仕事のできそうな男の人。
びしっとスーツを着ていて、大人のイメージだ。
「優月ちゃん珍しく酔っ払っちゃって。飲みすぎだから帰った方がいいって言ってたんだけど、まだ飲むって言うし…。送って行こうにも、誰も優月ちゃんの家知らないしさ」
そう言いながら優しく微笑む男の人の顔を、俺は見ることができなかった。
自分とこの人の間にある、決定的な差を見たくなかったから。
「いいですよ。俺、連れて帰りますから」
「そうしてもらえたら助かるよ」
他の人も頷いている。
別に、同意してもらえなくても連れて帰るけどね。
こんな優月を置いていけないから。
「さあ、帰るよ。ゆう姉」
俺はわざとそう言って、優月を背中に担いだ。
「ゆう姉〜。その呼び方懐かしい〜」
「黙ってろ」
優月を背負って歩き出した。