8.赤城雛子
赤城雛子は意味深なことを言って、俺の顔をじっと見つめた。
大きな瞳に、白い肌。
美人と言うよりは、完全に可愛いに属するタイプ。
優月はどちらかと言うと、綺麗に属するタイプだ。
俺の中に、優月の涼しげな目元や横顔が浮かび上がる。
完全に無意識だった。
俺は優月の顔を追い出すように、頭を振った。
無意識のうち、優月の顔が浮かんでくるなんて、重症じゃないか。
「どうかしたの?」
赤城が俺の顔を覗き込んでくる。
ふわり、といい香りがした。
赤城の可愛らしい顔さえも、優月を思い出させる一因にしかならない。
その事実に、俺はなんだかちょっと悲しくなった。
どうして、どうして届きもしない優月じゃなきゃダメなんだろう。
目の前にいる、この赤城雛子だって、十分に魅力的なのに。
「別に」
そっけない言い方をして、俺は赤城から渡されたカクテルをぐっと飲んだ。
「ふうん。ね、圭太君、携帯見せてよ」
赤城は、俺のそっけない態度なんて一向に構う風でなく、俺のポケットから携帯を引っ張り出した。
「おい、何してんだよ。勝手に」
かっさらわれた携帯は、既に開かれて、勝手にボタンを押されている。
「返せって」
赤城の手の中の携帯を奪い返そうと手を伸ばしてみたものの、さっとかわされる。
「いいじゃない。私のアドレスと番号、登録してるだけなんだから」
いたずらっぽい顔で笑って見せる。
それから再び、携帯に集中。
俺はため息をついた。
赤城の顔を見ていたら、別に見られて困る物が入ってるわけじゃないし、いじられても別にいいか、って気分になってきた。
それにしてもこの赤城雛子って奴は、結構卑怯な顔をしている。
可愛らしい上目遣いで「いいじゃない」なんていわれると、ま、いいかって気になってしまう。
多分、そういうことを知っててやっている。
「はい、入ったよ。で、発信」
そう言うと発信ボタンを押した。
すぐに近くではやりのアーティストの歌声が聞こえた。
赤城は鳴っている自分の携帯を満足そうに見つめてから、ピッと切った。
「完了。これで私の携帯にも圭太君の番号入ったよ。アドレスの方は入れてないから、今度圭太君がメールしてきてね」
「は?」
「約束ね」
赤城は小指を差し出す。
戸惑っている俺の手をつかむと、強引に自分の小指を絡めた。
「はい、約束」
「はあ…」
なんだか、押し切られた感じだ。
でも、別に嫌な感じはしなかった。
多少強引でも、嫌な印象を与えない。
それも赤城雛子の魅力のひとつなんだろうな。
和馬が俺の方を見ていることに気が付いた。
俺と目が合って、慌てて隣の子に話しかけている。
ああ、なるほどね。
そういうことでしたか。
最初から俺と赤城雛子を会わせることが目的だったんだな。
隣を見ると、赤城がニコニコと笑っている。
そうだな、いいかもしれない。
優月だけに囚われてないで、色んな奴と関わった方がいいんだ。
幸い、赤城は俺のこと嫌ってないようだし、俺だって、別に嫌な感じはないんだし。
少し優月から離れるチャンスなのかもしれない。
そう思った。
この時は本気でそう思ったんだ。
もしかしたら優月のこと、吹っ切るきっかけができるかもしれないって。