7.飲み会
次の日、和馬が嬉ししそうに俺の元にやってきた。
「圭太、飲み会今度の金曜日に決まったから。ちゃんと予定空けておけよ」
「飲み会?合コンじゃなかったんだっけ?」
「そう言っといたほうが、お前来やすいかと思って」
「バカか」
俺は呆れて笑った。
「予定大丈夫だろ?」
「うん…まあ」
金曜日か。
もともと乗り気じゃないのに、金曜日なら尚更だ。
金曜日帰りが遅くなって、土曜日起きられなくて優月に会えなかったらどうしてくれる。
って、俺は自分の考えのみみっちさに苦笑いした。
「なに笑ってんの?」
見られたか。
「いや、別に。金曜日のこと分かったよ。逃げたりしないから心配すんな」
そう言った俺を、和馬はじっと見た。
「なんだよ?」
「圭太、俺の言うことじゃないけどさ、もういい加減優月さんのことは吹っ切った方がいいと思うよ。色んな奴に会ってみるのもいいと思う。もしかしたら、優月さんよりお前に合う奴がいるかもしれないし」
やっぱり和馬、そんなこと考えてたんだな。
今回の合コンだって、多分俺のためなんだ。
余計な気、遣いやがって…。
「…そんなこと、分かってるよ」
頭では分かっているんだ。
理屈では分かっているんだよ、和馬。
だけど。
笑って見せたつもりだったけど、俺はうまく笑えていただろうか。
夜の街を、目的地に向かって歩いた。
飲みに出たりする事なんてほとんどないから、久しぶりだ。
飲み会の場所はすぐに分かった。
店に着くと、和馬が奥の方から大声で手を振っている。
「圭太〜〜。こっちこっち!」
店中の視線が俺に向かっている気がする。
あいつ、後で殴ってやる。
席に着くと、既に全員が揃っているようだった。
男は俺と和馬と同じ学部の小田と林。
女の方も4人で…見たことあるような、ないような。
よくは分からなかった。
「じゃ、全員揃ったし、乾杯と行きますか。全員とりあえず生でいいよね」
和馬が場を仕切りだす。
こういうことをさせたら、こいつは本当にうまい。
気を遣うし、盛り上げ上手だし…。
それが余計に、和馬を「いい人」ってだけの存在にしてしまうのかもしれないけれど。
既に人数分注文してあったジョッキを、「乾杯」とみんなで合わせる。
俺も小さく「乾杯」と言って、中身を少しだけ飲んだ。
苦い。
自慢じゃないけど、俺はアルコールが苦手なんだ。
特にビールは苦くて苦手。
こういう席にも何度か出たことはあるけれど、ビールが苦手だとか言うと、「可愛い」とか何とか言われてむかつくから、言わないことにはしているけれど。
和馬が色々注文したり、場を盛り上げたりで、すぐに俺以外は打ち解けたようだった。
俺も最初は何とか話しに加わろうと思ったけれど、その試みも長くは続かなかった。
ダメなんだ。
無理をしてまでこの場になじもうとは思えない。
それでも和馬の顔を潰すわけにもいかないし、それなりに話をあわせる。
自己紹介だ、とか言われて「藤本圭太です。よろしく」とかなんとか言ったのは覚えているけれど、他の奴がなんて名前だったとか、なんて言ったのかなんて、ひとつも覚えていない。
気が付けば、席替えが始まり、俺の隣に小柄な女が座っていた。
「はい」
隣に座った女が、唐突に俺にカクテルの入ったグラスを差し出す。
「なに?」
意味が分からずその子の顔を見ると、大きな目がにっこりと笑った。
「圭太君、ビールダメなんでしょ」
「は?」
「だってさっきから、全然減ってないよ。だから、カクテルなら飲めるかと思って。あ、私の名前は赤城雛子だよ。私の名前も覚えてないでしょ?」
赤城雛子は、カクテルのグラスを俺に差し出した。
「大丈夫だよ。私、口つけてないから」
「…ありがとう」
俺はカクテルのグラスを受け取ると、口をつけた。
甘い液体が喉を降りていく。
ビールはダメでも、甘いカクテルならそんなに嫌いじゃなかった。
それにしても、俺がビールが嫌いなことも、名前を覚えていないってこともよく分かったな。
「何で分かったの?」
赤城は、肩くらいでゆるく巻いた髪を揺らして「ふふ」と笑った。
「だって、ずっと見ていたから」