6.和馬
週末が終われば、俺はまた日常生活の中へと戻っていく。
その「日常」の中に優月はいない。
俺と優月のつながりは、週末に兄貴の病室で会うことだけだった。
俺の日常、この大学での時間が、俺の日常の多くを占める。
別に目標があって入ったわけじゃない。
両親の「とりあえず大学くらい出ておけ」という言葉に従っただけ。
特にやりたいこともなかったし、俺はこの両親の提案に乗っかった。
大学に入って一年が経ったけれど、特に目標なんかは、ない。
「圭太ー!おはよう」
足音をばたつかせながら、俺に近寄ってくる奴。
振り返ったりしなくても、声の主はすぐに分かる。
「おはよう、和馬」
間宮和馬。
妙に人懐っこい、仔犬のような奴だ。
明るくていい奴なんだけれど、女からは「和馬君て、いい人だよね」で、終わってしまうタイプ。
和馬は二つとなりの町の出身で、俺たちはこの大学で知り合った。
俺のことは勿論、兄貴のことも知らないって言うのは、大いにありがたいことだった。
それでも和馬は俺とよくつるんでいたから、色々と人から兄貴のことを聞いたらしいけど、一度も俺と兄貴を比較するようなことを言ったことがなかった。
一度和馬は「優秀すぎる兄貴を持って、お前って大変だったんだな。でも俺は圭太はそのままでいいと思う」なんて言った事がある。
単純かもしれないけれど、俺はこの言葉が本当に嬉しかったんだ。
だから、和馬にだけは、正直になれたし、優月のことも話すことができた。
「で、今回の週末はなんか進展あったわけ?」
「…ないよ」
「またか」
和馬は、人の気も知らないでからからと笑った。
この問答は、必ず月曜日の朝に繰り返されている。
もう、いったい何度目になることやら。
「そろそろ違った答えも聞かせて欲しいね」
和馬は俺の背中を勢いよく叩く。
…俺だって、いい加減違うことが言いたいよ。
俺は憮然とした顔でその言葉を飲み込んだ。
教室で空いている席を見つけて、二人で腰掛ける。
「圭太さ、いい加減諦める気とかないの?」
和馬は教科書を出しながら、そう言った。
「いい加減て…。俺、まだ何にもしてないし」
そう、俺はまだ何にもしてないんだ。
言葉にしたら急に情けなくなってきて、俺はため息をついた。
「それは問題だとは思わない?」
「…問題だろうね」
自分の気持ちも伝えられずに、動けないままだなんて、恥ずかしくてこいつ以外に言えたもんじゃない。
だけど、和馬が言った「問題」は俺の言ったそれとはちょっと意味合いが違ったみたいだ。
「お前さ、女なんてたくさんいるんだぞ。いつまでも兄貴の恋人思ってる場合じゃないって、そう思わない?」
やばい。
俺はそう思った。
和馬がこうやってまくし立てるときは、決まってその後にいい事を言ったためしがない。
「新しい女に目を向けるべきだって。出会いはたくさん転がっているんだ!」
「…和馬、お前は何が言いたいわけ?」
俺のうんざりした視線にぶつかり、和馬は「はは」と苦笑いした。
「だから、さ。新しい出会いをだよ、探しに行かないかって事」
「だから?」
「…合コンがあるんだよね。圭太君、どうだろう?」
俺の両肩をつかむ和馬の手を、俺はぱっと振り払った。
「嫌だね。俺、合コンとか興味ないし」
「それは知ってる。知っててこうしてお願いしてるんじゃないか」
「お願い?されてないけど?」
和馬は真剣な顔で俺に頭を下げた。
「圭太、お願いします。合コンに出てください!!」
「嫌だ」
「圭太〜〜!!」
和馬は俺にしがみついてくる。
「そんなあっさり断るなよお〜。俺ら友達だろ?な?俺お前にそんなに頼みごとしたことなんてないだろ?」
「何でそんなに俺にこだわるんだよ!」
にやり、と上目使いで俺を見る和馬。
「だってさ、イケ面連れてけば、俺の株上がるじゃん」
「結局お前のためじゃねーか!!」
「そう言うなって〜。バイト代出たらおごるよ?好きなもん食っていいよ」
俺はため息をついた。
そろそろ朝っぱらから、和馬とじゃれるのも疲れてきたし…。
「…分かったよ」
「マジで!!」
和馬にはかなわない。
「あ、俺、焼肉ね。なるべく高い店リサーチしておくから」
数馬が青くなるのを、俺は笑いをこらえて見つめた。