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42.それから

「かんぱ〜い」


明るい掛け声と共に、グラスを合わせた。

飲み会の人数合わせで、参加している。

別にいやいやってわけじゃない。

こうやってたくさんの人間でお酒を飲むのは楽しいものだ。

「ねえ、藤本君て彼女とかいないの?」

って、こういう質問が来なければの話だけどね。

「彼女はいないけれど、ずっと待ってる人はいるよ」

別に隠すこともないし、本当のことだからそう言うと、大概「ふうん」とか言われ、一瞬場の雰囲気が白ける。

それから、俺はどうやら「対象外」とみなされるらしく、もうその場の盛り上がりにはついていけなくなる。

今夜もやっぱりそんな感じだ。

好きな女がいる奴は、必要ないって感じか?

そんなこと聞かなければ、楽しく飲めるのに。

逆に男側は、まんまと俺が対象外になったことで、競争率は下がった上にお持ち帰り率はアップしたものだから、内心ホクホクに違いない。

最近では、俺が飲み会の人数集めに呼ばれるのは、こういうことのためじゃないかと少し思ったりする。

苦笑いしてビールを一口飲んだ。

あれから4年が経った。

4年前は苦くてあまり好きじゃなかったビール。それが今ではこの苦味こそが美味しいと感じるようになった。

それどころか、好きだったカクテルやチュウハイの方が、甘ったるくて最近では口にすることがない。


ぶるる…と、ジーンズのポケットの中で携帯電話が震えた。

『着信:和馬』

俺は一応「ごめん」と言って立ち上がったけれど、みんなたいして気にしている風もない。

「もしもし?」

雑音を避けて、居酒屋の外に出て電話に出る。

「お〜、圭太、久しぶり!!」

「久しぶり。元気か?」

「俺は元気だよ。圭太こそ調子はどうさ?」

「まずまずだね」


和馬の軽い調子は相変わらずだ。

和馬はあの後、冬を待たずに瑠未ちゃんとは終わってしまった。

結局積極的になれなかった和馬と、元々おとなしい瑠未ちゃん。少しづつ連絡が途絶えがちになっていって、最後はもう自然消滅のようなものだった。

和馬には絶対に積極的な女の方がいいと本人にも何度も言っているのだけれど、当の本人は、どうやらおとなしい感じの子がお好みなのか、積極的には程遠い子ばかりをチョイスしては、同じことを繰り返している。

そんな和馬も今では医療事務とかって仕事についている。

和馬いわく、「周りは看護婦さんをはじめとして女の子ばっかり。まさに天国!!」ってことらしいけれど、未だに和馬の口からその天国で天使をつかまえたって話は聞けないでいる。

まあ、現実なんてそんなものだ。


「ところで、今日はどうしたの?」

そんなことを考えながら、話を進める。

「いや、圭太最近飲み会とか行ってる?」

「…まさにその最中だけど?」

「あ、あ、そうなの? 悪かったなあ」

タイミングが悪かったと思ったのか、和馬は申し訳なさそうな声を出している。

でも、別に俺はこの飲み会で彼女でもつくろうなんて思ってなかったし、ただ単純に楽しもうと思っていたのも、余計なことを聞かれたことですっかり楽しめそうもなかったから、ちっとも悪いことされたなんて思ってない。

「別にかまわないよ。楽しめそうもなかったしね」

「そうなの?」

「まあね。で、そっちの用件は?」

「ああ、今度飲み会することになったんだけどさ、人数合わせも兼ねてどう? って言うか、久々に会いたいしね」

和馬は言葉の最後の方を強調した。

『久々に会いたい』それは俺も同じだった。

「そうだな、考えておくよ。決まったらまた電話して」

「そうするよ」

そんな感じで電話を切ろうとした瞬間、携帯から微かに和馬の声が聞こえた。

慌てて耳に押し当てる。

「もしもし?」

「ああ、切れてなかったか」

「どうかした?」

「たいしたことじゃないんだけれど、この前雛ちゃんに会ったよ」

「赤城に?」

「そう、この前雛ちゃんどうしてるかなんて話してたじゃん。そしたら偶然この前会ってさ、子供二人連れて、その上お腹大きかったよ」

そう言って和馬は笑った。

「今、7ヶ月とかって言ってた。まさか雛ちゃんが3児の母になろうとはね」

「そうなんだ。幸せそうだね」

「幸せそうだったよ。って、それだけ。じゃあな、また電話するよ」

そう言って、今度こそ電話は切れた。


何となくもう飲み会に戻る気にもなれなくて、家に帰ることにした。

今更俺ひとりいなくなったところで、あの飲み会の雰囲気が変わるとも思えない。

それでも一応、メンバーの中の一人に『用事ができた』と短いメールを送っておいた。

返信はない。

まあ、明日の朝にでも気がつくんだろう。


夜道をぶらぶらと歩く。

以前、赤城と待ち合わせした公園の前を通りかかり、さっきの和馬の言葉を思い出した。

「幸せそうだった」

何よりだ。

赤城は大学在学中から付き合っていた公務員の彼氏と、卒業してすぐに結婚した。

確か結婚式は5月だったけれど、子供が生まれたのはその年の10月。

全くもって計算が合わない。まあ、そんなことはどうだっていい事だけれど。

赤城は確か結婚して、ええと、そう、穴井とかって名字になったはず。

微妙に似ているから、なかなか覚えられない。

赤城は双子の女の子を産んで、一気に二児の母になった。

更にまた一人増えるとは…。

何となく信じられない。

いや、でも思ってみたら、赤城はもしかしたら物凄く肝っ玉母さんになる要素満載だったかもしれない。

いつでも明るくて、無邪気で…今でもきっとあんなふうに子供を育てているに違いないと思った。

赤城が結婚してからは、ほとんどと言っていいくらい連絡を取っていない。

別にやましい事なんかないけれど、旦那さんが男からの連絡なんて快く思うはずがないと思って。

気になっていたのだけれど、幸せそうだと聞いて、なんだか関係もないのに俺まで嬉しいような気分になった。

何となく暖かい気分で、公園を後にした。



朝の日差し、いや、もう昼近い日差しの中で目を醒ました。

昨日帰ってきてからすぐに布団に入って、そのまま爆睡してしまったらしい。

今日は休日出勤もないし、一日休みだ。

大学在学中、何か見つけようと必死になったけれど、必死になったところで見つからなくて、卒業して今の会社に就職した。

あの頃は優月に負けないように、特別な何かを見つけなければと焦っていたけれど、本当は重要なのは「特別な何か」を見つけることじゃなくて、「自分なりに生きていくこと」なんじゃないかって思うようになった。

そう、俺が俺らしく生きてさえいれば、いつか優月に会ったときに、胸を張っていられるような気がする。

パジャマ代わりのTシャツを脱いで、薄手のトレーナーに着替えた。

居間に顔を出すと、父さんと母さんがテレビを見ていた。

「あら、圭太。今日は随分ゆっくり寝てたのね。なんか食べる?」

時計を見ると、もう昼を回っていた。

「いや、いいよ。それよりもさ、今日の夜は俺がなんか作るから、母さん何も用意しなくていいよ」

「本当? それは助かるわね」

母さんは明るく笑った。

もうあの頃のような不安定さはない。

そう、特別な何かを見つけられなかった俺だけれど、ひとつだけ趣味なんて物ができた。

それが料理。

無趣味だったのだけれど、父さんに夕食を作ったのが多分きっかけになったのだろう。

今ではこうして時々夕食を作ったりしている。

「で、何作ってくれるの?」

「…ハンバーグ」

ま、作れる物なんてこんな物だけれど。

「ちょっと出かけてくるよ」

そう言って手に持っていた携帯を、ポケットの中に押し込んだ。

誰からのでもない、優月からの連絡を待つための電話。

これだけは4年間変わっていない。

番号さえ同じなら、機種を替えたってかまわないはずなのに、なんだか願掛けのようになっていて、ずっと同じ物を持っている。

もうすっかり型が古くなっているし、傷だらけのぼろぼろだ。

それでも、取り替える気にならなかった。



ぶらぶらと歩いて、4年前に優月を見送った堤防にやってきた。

あれからも、時々こうやってここに来ては何をするでもなく、景色を眺めていたりしている。

どこにいるとも分からない優月を、ここにいるときだけは何となく身近に感じることができたから。

ふわり、と生暖かい風が髪を揺らした。

優月のいなくなった、あの濃密な時間が流れた季節がまたやってこようとしている。

「あと二回だけ…」

俺は自分に言い聞かせるように呟いてみる。

そう、あと二回だけ、優月を待ってこの季節を迎えようと心に決めていた。

俺は気がつけば、とうとう優月がいなくなったときと同じ歳になってしまった。

あと二年経てば、優月は30歳になる。

それをひとつの区切りにしよう、そう心に決めたんだ。

30歳といえば、きっと女の人にとってはひとつの節目だろうし、その節目を迎えても優月が俺に連絡をよこさなかったのならば、それ以降、連絡が来るとは何となく思えなかった。

それに、何らかの理由をつけて自分にとっての区切りもつけないといけないような気がしていた。

だから、あと二年。

それまでは優月だけを思って日々を過ごすのもいいじゃないか。



水面はきらきらと陽の光を受けて輝いている。

きっとここは何年たっても変わることはないんだろう。

だからこそ、ここに来ると優月を身近に感じられるのかもしれない。

堤防の斜面にごろりと横たわった。

柔らかな緑が、頬をくすぐる。

あの日と同じように、コンビニで買ってきたおにぎりの包装をあけて一口かじる。

目を閉じたら、あの日に戻っているような気分になった。

隣に優月のいるような…。

目を開けた。

視界には、いっぱいの青空だけ。

分かっていたけれど、苦笑いがもれた。


それから、胸が痛んだ。


じんじんと、胸が痛んだ。



慰めるようにポケットの中で携帯が震えている。

のろのろと携帯を取り出す俺はまだ知らない。



『着信:吉川 優月』



もうすぐその名を目にすることを。





もうすぐ夏の気配と共に、あの濃密だった季節がまたやってくる…







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