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38.儚い繋がり

無事に兄貴の初七日も終わり、だんだん色々なことが落ち着いてきた。

母さんもだいぶん落ち着きを取り戻したようだった。

兄貴がいなくなったことを除けば、日常に戻った、そんな感じだ。


最後に優月を見たのは兄貴の初七日のときだった。

二人で立ち昇る煙を見上げていたあの日、どこかへ消えてしまいそうだと思った優月は、予想外にしっかりとしていた。

俺の両親に挨拶をし、真新しい兄貴のお墓に手を合わせていた。

よく晴れた青空の下、しっかりと立つ優月の姿は、まるで咲き始めたひまわりのようだった。


あの日から数日が経過していた。

連絡を取りたいと思っても、その用事が思いつかない。

この前の初七日のときに落ち込んでいる姿でも見ていたら、そのことを口実に「大丈夫?」とか何とか言って電話することもできたのだろうけれど、あのひまわりのような優月が印象的で、それすらできないでいた。

あの姿を見る限り、俺が心配することなんてひとつもないような気がして。

平日は俺も学校に行っていたから、そんなには気にならなかったけれど、今日は初七日が終わって最初の土曜日。

優月のことが気にならないわけがなかった。

兄貴が死んでから普通に過ごすことができる土曜日は、今日が初めてだ。

もう病院に行かなくてもいいっていうことが、なんだか妙な気さえする。

8ヶ月も通っていたんだから当たり前か。

俺がそう思うくらいだから、落ち着きを取り戻していた母さんが朝からぼんやりとしているのは無理もない話かもしれない。

でも父さんがそばにいてくれるから心配はないだろう。


とにかくいつまでもパジャマでいられないから、服に着替える。

優月が何をしているのか気になって仕方ないのに、連絡もできない。

部屋でうろうろしていてもどうしようもないから、とりあえず外に出てみることにした。

連絡することもできないくせに、携帯だけはしっかりとジーンズのポケットにねじ込む。

「ちょっと出かけてくるから」

そう言って居間に顔を出した。

「ああ、そうか」

居間には父さんと、ぼんやりとした母さんがいた。

「じゃ」

そう言ってドアを閉めかけると、突然母さんが駆け寄ってきた。

「圭太、気をつけてね。お願い。圭太にまで何かあったら、母さん…もう…」

慌てて父さんが母さんに駆け寄って肩を抱く。

「大丈夫だよ、母さん。ちょっと散歩してくるだけだから」

できるだけ優しく言った。

母さんは潤んだ瞳で俺を見上げて頷いている。

そんな母さんを見て、これからは俺がしっかりしなくてはいけないんだという思いがこみ上げてきた。

父さんが母さんをソファーに座らせながら、思い出したように俺に言った。

「そうだ圭太、時間があったら優月ちゃんのところものぞいて来てくれないか。大丈夫か心配だからな」

「え…? ああ、分かったよ」

まさか父さんに背中を押されるとは思ってもみなかった。

だけど、口実ができた俺は走るようにして優月の部屋に向かっていった。



遠目に優月のアパートが見えた時点で、違和感を感じた。

何がおかしいのかすぐには分からなかったけれど、分かったとき、汗がどっと噴出した。

カーテンがない。

優月の部屋にかかっていたカーテンが、窓際にかかっていなかった。

嫌な予感がする。

いや、予感どころの騒ぎじゃない。

カーテンがないってどういうことだ?

部屋の模様替えの最中とか?

そうじゃないとしたら…?

ごちゃごちゃとした思考のままで、とにかく優月の部屋の前についた。

何度かチャイムを鳴らす。

心の中で、優月の足音が聞こえて、優月が顔を出すのを祈るようにして待った。

だけど、一向に優月の足音は聞こえない。

ドアノブをひねってみたけれど、勿論開くことはない。

郵便受けを覗いてみたけれど、部屋の中は見えない。

もどかしくて、どうしていいのか分からない。

考えるより先に、体が動いていた。

隣の部屋のチャイムを鳴らす。隣の人なら何か知っているかもしれない。

って、へたなドラマみたいなことやってんな、俺。

そんな考えさえも、一瞬で吹き飛んでいく。

隣の部屋の女の人が顔を出した。

「どちら様…?」

「あの、隣の人、どっか行きました?」

その聞き方っておかしくないか? 

この思考も一瞬で吹き飛んでいく。

「えー? ああ、さっき引っ越し屋さんが来てたけど? …どこに引っ越すとかは聞いてないよ」

俺の顔に『どこに!?』とでも書いていたのか、隣の人はとりあえず俺の知りたかったことは教えてくれた。

「もういい?」

「あ。はい。すいません」

目の前でバタンとドアが閉められる。

慌てて携帯を取り出した。

優月に電話をかける。

何も聞いてない。

引っ越すなんて何も聞いてない。

呼び出し音は何度鳴ってもつながることなく、とうとう留守番サービスの機械音に変わった。

何度電話してみても結果は同じだった。


どうしたらいい?

どこにいる?

このままもう俺とは会わないつもり?

何も言わずに消えるなんてありえないだろ。

携帯を握り締めたままで、どうしたらいいのか分からなくなっていた。

改めて、優月と俺の繋がりの儚さに眩暈すらおぼえる。

兄貴がいなくなってしまった今、繋がりなんてもうないに等しい。

兄貴がいなければ、優月と俺はもともと知り合うことすらなかったんだから。




正直途方に暮れていた。

何度電話をしても、留守番電話サービスの機会音を聞くだけで、優月の声が聞こえることはなかったから。

いい加減、優月が何も言わずに俺の前から姿を消そうとしているってことは、バカな俺でも気がつき始めていた。

でも、どうしてもそんなこと認めたくなんかなかった。

優月が消えるなんて、考えたくもないし、考えられない。

手がかりを探して、俺は優月の会社の前に来ていた。

そんなに大きくはないビルの一室の、建設会社の事務を優月がしていたのを、兄貴から聞いて知っていた。

もうここくらいしか思いつく場所がない。

「あれ〜、あなた、優月ちゃんの弟じゃない?」

突然に声をかけられて驚いて声の主を見る。

「あ、やっぱりそうだ〜」

声の主は20代後半といった感じで、どこかで見たことがあるような、ないような…。

そんな俺の表情に気がついたのか、その女の人は、にこやかに笑った。

「ああ、前に優月ちゃんがべろべろに酔っ払ったときに一緒にいたの。あなた、あの時優月ちゃんをおんぶして帰った弟君でしょ?」

「…ああ!!」

記憶がみるみる蘇っていく。

そうだ、酔っ払った優月を見つけて部屋まで運んで行ったあの日、困ったように優月を取り巻いていた人たちの中に彼女の姿が確かにあった。

「あの時は姉がすいませんでした」

そうだ、彼女たちの中では俺は弟ってことになってる。

この人から何か優月のことを聞けるかもしれない。

「いいのいいの。あの時はかえって助かったんだから。あんな優月ちゃん初めてだったから、みんなどうしていいか分からなくって」

そんなに前のことじゃないのに、彼女は懐かしそうに目を細めた。

「それにしても優月ちゃん、急に会社を辞めるなんて、何かあったの?」

「会社を…辞めた!?」

思わず大きな声を出してしまった。

告げられた真実に、足元がぐらぐらする。仕事まで辞めていたなんて。何一つ知らなかった。いや、むしろ俺に知らせるつもりなんて一切なかったんだろう。

そんなことを考えていたら、優月の同僚の女の人が怪しい奴でも見るように俺を見ているのに気がついた。

「…弟なのに、知らなかったの…?」

「!!」

しまった。怪しまれてる。優月の居場所を聞き出せなくなってしまうじゃないか。

「実は」

言葉は勝手に出てきた。

「姉さんとは、親が離婚して、僕は母に姉は父に引き取られたんです。別々に暮らしてたんですけれど、一年位前からまた行き来するようになって…。でも最近連絡は取れないし、訪ねて行ったら部屋は引っ越してるし、それで心配になってこうして探してるんです…」

まあ、こうも嘘ばっかりべらべらと話せたものだと思う。

俺の話の内容は、薄っぺらな昼ドラみたいで、かなり嘘っぽかった。

それでも目の前の彼女の瞳には、さっきまでの怪しむような光はなく、むしろ同情するような色が浮かんでいるのを、俺は見逃さなかった。

「もし姉の居場所を知っていたら教えてもらえませんか? 心配なんです」

「…そうだったの。それは心配ね。優月ちゃんも弟にこんなに心配させて…。優月ちゃんなら今日は駅前のビジネスホテルに泊まってるはず。明日にはこの町から出るって言ってた」

彼女はそう言って、ビジネスホテルの名前を教えてくれた。

俺ははやる気持ちを抑えながら、しおらしく何度も頭を下げた。


これで月曜日に彼女の口から、優月のあらぬ噂話が会社で話題になるだろうけれど、そんなこと知ったことか。

後のこととか、なんだとか、そんなこともうどうだっていい。

今はただ、優月と微かに繋がっているこの糸を手繰り寄せるだけ。

この細い糸を。

この儚い繋がりを。

消えてしまわないように。





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