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24.ずっと待ってる

無機質な呼び出し音が数回続いた後、同じように無機質な留守電に切り替わる。


いや、そんなに簡単じゃないことくらい分かってたさ。

すぐに優月が俺からの電話に出てくれるはずもないってことくらい。

普通に考えたら当たり前か。

それでも俺は、もう一度優月にちゃんと会って話をしたい。


「…優月、俺、圭太。会って話がしたいんだ。…連絡待ってる」


『連絡待ってる』

なんて言ったみたけれど、多分どれだけ待ったって優月から連絡来ることがないだろうってことくらい、バカな俺でも分かっている。

俺から動かない限り、いつまで経ったって優月とちゃんと話をすることはできないだろう。

週末に病院で会えたとしたって、まともに話をしてもらえるかどうか…。


携帯を握ったままで、俺はごろりとベットに横になった。

今夜だけ優月からの連絡を待って、ダメなら直接優月のところに行くしかないだろうな。

それで会ってもらえるっていう確証はないけれど、動かなければ、何も変えることはできない。もっと早く気付くべきだったはずなのに。

もっと早く心を決めるべきだったのに。

俺の脳裏に、最後に付き合ったマナミの姿が浮かんだ。もう顔も思い出せないけれど。

今になってやっと、マナミの気持ちが分かるような気がする。

今なら俺だって優月に電話攻撃を仕掛けたり、自宅前で待ち伏せたり、ストーカーって言われても言い訳出来ないことをしかねない。

いや、正確に言えば、これからそれに近いことをしようとしている。

誰かを好きになるってことは、決して綺麗なことじゃない。

それが事実なんだろう。

やっとそれが分かった。

もっと早く分かっていれば、不必要に誰かを傷つけないで済んだのに。

今更遅いか…。


いつの間にか眠ってしまったようだった。

服も着たまま、部屋の電気もつけっぱなしの状態で、夜明けと共に目が覚めた。眠る前と同じように、右手にはしっかりと携帯が握られている。

期待はしていなかったけれど、優月からの着信はやっぱりなかった。分かっていたこととはいえ、心のどこかで落胆している自分がいた。

時計を見た。まだ6時前だ。

それでももう眠る気にもならなくて、のろのろと起き上がる。変な格好で寝ていたせいか、体のあちこちが痛んだ。でも体の痛みのおかげで、何か他の痛みを忘れていられる気分だった。

大きく伸びをしながら、どうやって優月に会おうかと考える。

もう電話をしたってどうにもならない。

優月が出てくれるとは思えない。

それなら、それなら直接行くしかないだろう。

会ってもらえるまで、毎日でも優月の所に行くしかないだろう。

しつこいとか思われるんだろうな。

だけどこれ以上状況が悪くなりようもないんだし、もう恐れることもない。もう既に状況としては最悪なんだから。


そう、既に状況は最悪。

これ以上悪くなりようなんてない。


そう思った途端に、何だか気持ちがすっと楽になるような気がした。

悪あがきでも何でもいいから、自分の気の済むようにやってみよう。




携帯の時計を確認する。

夜の8時を回ったところだ。

優月のアパートの近くに来ていた。部屋の明かりが点いているのが見える。もう仕事を終えて帰ってきているようだ。

仕事から帰ってくるところを待っているって手も考えたんだけれど、俺はあえてその手を選択しなかった。

帰りを待っていれば、確実に優月を捕まえることができる。強引に話をすることだってできるだろう。そう、優月の意志を無視して。一方的に。

でもそれは何だか嫌だったんだ。

ここまで来て何を格好つけているんだって自分でも思うけれど、俺と会うかどうかは、優月に決めて欲しかった。強引にじゃなくて、優月が自分から部屋のドアを開けるのを待ちたかった。

もしかしたら、ずっと会ってもらえないかもしれない。でも、それならそれで、俺は納得できるような気がする。自分の思うままにやった結果ならば。


色んな想いを抱えながら、優月の部屋の前に立った。

大きく息を吸い込み、チャイムに指を伸ばす。もう迷いもない。

『ピンポーン』と、ずれたような音が聞こえた。

部屋の中から、優月の足音が聞こえる。

「はい」

優月の声に、心臓が跳ね上がるようだった。

「…俺」

喉に引っかかるように張り付いていた声を、何とか絞り出す。

「圭太だけど」

優月からの返事はない。

だけど、薄いドアの向こうに、確実に優月の気配がある。聞いてはくれているようだった。

名乗ったら『帰って』とかって言われると思っていたから、黙って聞いてくれていることで、俺も幾分冷静さを取り戻した。

「あのさ、もう一回話しがしたいんだ」

一瞬、迷ったような間の後に、優月の小さな声が聞こえた。

「…何を話すっていうの?」

「俺の気持ちとか、もう一回ちゃんと話しておきたいんだ」

「聞いたところで、何も変わらないよ」

「それでも、このままなんて嫌だから」

「…」

優月の声は途切れてしまった。しばらく待ったけれど、もう答える気はないらしい。それでも相変わらず、ドアの向こうにはまだ優月の気配は消えていない。

「俺さ、優月が会ってくれるまで待つから。近くの公園で待ってるよ。会ってもらえるまで毎日、夜の12時まではそこにいる。会ってもいいと思ったら、電話してくれてもいいし、来てくれてもいい。それまでずっと待ってる」

ドアの向こうの優月にそう告げると、俺は優月の部屋の前から立ち去った。

俺の言葉を、優月はどんな風に受け止めたんだろうか。

冗談だと思った?

一時の気の迷いだと思った?

バカなやつだと思った?

どう思われたっていい。俺はもう優月を待つって決めたんだから。


夜の薄暗い公園のベンチに腰をかけた。

今日はきっと優月は来ない、そんな気がした。

それでも俺はここで待っているしかない。

ぼんやりしたまま、0時を迎えた。やっぱり優月は来なかった。

大きく息をついて立ち上がる。

…また明日だ。


それが火曜日の夜。

水曜日も木曜日も、俺は公園で待ち続け、一人で夜の0時を迎えた。

そして金曜日。今夜も誰も俺の肩を叩かないまま、時間だけが過ぎていった。もう後5分で0時になろうとしている。

心の中でカウントダウンを始め、ゆっくりと土曜日になる瞬間を迎える。

何だか力が抜けてしまって、ベンチにぐったりと身を預ける。

土曜日ってことは、また優月は兄貴の所にやってくるはず。いや、俺に会いたくないから来ないだろうか?

そんなことを考えながら、のろのろと起き上がり、歩き出した。

明日、病院に行けば分かること。



「おはようございます」

そう言って俺を迎えてくれたのは、担当看護師の広田さんだった。

優月がいつも座っているイスは、ぽっかりと空いている。いつもならばもう確実に来ている時間なのに。

「おはようございます…あの、今日は優月来てないんですか?」

「ああ」

と言って、広田さんは処置をしていた手を止めた。

「今日は来てないみたいね。昨日の夜に来てたって聞いたけど?」

「…昨日の夜ですか。あ、すいません、処置の邪魔して」

「いいえ」

営業用の優しい笑顔を見せて、広田さんはまた兄貴の処置を始める。

その処置の淀みない動作を見ながら、俺は『ああ、ずらされたんだ』ってことを考えていた。

いくら俺に告白されたからと言って、優月がこのまま兄貴の元を訪れるのをやめるとは考えられなかった。わざわざ昨日の夜にここに来たってことが何よりの証拠だろう。

だったら、このまま俺に会わないように時間をずらすのか、それとも明日にはいつものようにここに来て、何事もなかったように俺と会うつもりなんだろうか…。

会わないようにずらされるよりも、何事もなかったように振舞われる方が、俺にとってはつらいことのように思えた。

なかったことにされるのだけは、嫌だった。


それでもだからといってどうしたらいいんだろう。

俺には待つことしかできない。

今日もあの公園で待つしかない。


分かってはいても、どうしようもならない焦燥感が俺の胸をちりちりと焦がしていく。


焦燥感に駆られるまま、優月の留守電にメッセージを残した。

「優月、待ってるから。お願いだから、このままなかったことにはしないでほしい。ずっと待ってるから」

祈るような気持ちで。

すがるような気持ちで。


自分の中にこんな気持ちがあるなんて知らなかったんだ。

優月、だからなかったことになんてしないで。


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