16.こんな時間も嫌いじゃない
その日の俺は、赤城のことを色々と知った。
いや、知ったっていうより、聞かされたの方が正しいかもしれない。
昼休み、食事が終わった頃を見計らって、赤城は友達を連れ俺のところにやってきた。
赤木の連れてきた子は要瑠未といって、どうやらこの前の飲み会に来ていた子のようだった。
目配せをする赤城と、妙にハイテンションな和馬を見る限り、どうやら和馬はこの要がお気に入りのようだ。
自分のことは見えなくても、人のことはよく見える。
そんなもんだ。
赤城は自分のことを聞いてもいないのに、色々と俺に話した。
飲み会のときにも色々話してはいたけれど、正直俺もほとんど覚えていなかったし、赤城も覚えていないだろうという前提で話しているようだった。
「私、月・水・金はバイトしてるから真っ直ぐそっちに行くけど、火・木は予定ないから」
「ああ、そうなんだ」
何となく相槌打ったものの、単なるスケジュールの説明ってわけじゃなく、火曜日の講義終了後、赤城はまた要を連れて俺のところにやってきた。
「圭太君、今日はなんか予定入ってるの?」
そんな質問に、俺より先に和馬が答えた。
「今日の圭太は何にも予定入ってないよ。な?圭太」
確かに何にも予定なんて入ってない。入ってないけど、お前が答えんな。
という抗議の目を和馬に向けたけれど、既に和馬は要と楽しそうに話していて、俺のことなんて眼中にないようだ。
「じゃあ、圭太君、色々と計画立てない?日にちとかも決めようよ」
必殺上目遣い。
飲み会のときにも思ったけれど、その可愛らしい上目遣いは卑怯だって。
思わず頷いてしまう俺。
「よかった〜」
ぱっと花が咲くように笑う赤城の顔に、一瞬惹きつけられてしまった。
それから和馬と要は二人で本屋に行くからと言って消えて(正直この二人のことは気にはなっていたけれど、進展具合なんかは報告待ちということに決めている)しまったので、俺たちは当てもなく大学を出た。
「これからどうする?」
大学を出たところで、赤城に聞いてみた。
俺としては、歩いているのもなんだから、どこか喫茶店にでも入りたい気分だった。
でも、赤城から出たのは、思いがけない言葉だった。
「良かったら、私の部屋に来ない?」
…私の部屋に来ない?
って、確か一人暮らしって言ってなかったっけ?
一瞬の沈黙の後、真っ赤になって慌てた。
「あ、いや。そのっ、違うの。私の部屋近いし、このままあてもなく歩いててもしょうがないし、もし良かったらどうかな〜って、思っただけで」
そこまで言って、しゅんとしたように俯く。
「別に変な意味で言ったわけじゃないんだからね。誰でも部屋に入れようなんて思ってないし…」
耳が真っ赤だ。
何だかおかしくなって、吹き出してしまう。
「何?何で笑ってんの?」
赤城は、真っ赤な顔のまま、今度は膨れている。
「いや、なんでもないよ。俺も別に変なこと考えたりしないし、赤城がいやじゃないんだったら、そうさせてもらう」
「ホント?」
赤城の顔がぱっと輝く。
「うん。コンビニでなんか買い物していこう」
「そうと決まれば、急ごうよ!」
俺の腕を取って足早に歩き出す赤城。
「圭太君」
「ん?」
「ちょっとくらい変なこと考えてもらっても、いいんだけどなあ」
いたずらな視線。
でもやっぱり耳は真っ赤。
「そういうことは簡単に言わないの」
俺よりも20センチ近く小さい赤城の頭を押さえつけた。
「ちぇ」
赤城はくすくすと笑った。
コンビニで買い物をして、赤城の部屋に行った。
小さな部屋ながら、綺麗に整頓されていた。
直接床に座り、コンビニで買ってきたお菓子の袋と、ペットとボトルのお茶を開ける。
「ぬいぐるみとか置いてないんだね」
そんな言葉があまりにも自然に出てきて、はっとする。
自分でも気が付かないうちに、この前入った優月の部屋と比べていたようだ。
優月のこと、特別考えていたわけでもないのに…。
「圭太君、誰かの部屋と比べてたでしょ?」
赤城が笑いながら俺を見ている。
その笑顔とは裏腹に、言葉には棘があるような気がした。あくまで、そんな気がしただけだけど。
質問に答えないでいると、また新たに赤城が聞いてきた。
「圭太君って、最後に彼女とかいたのっていつ?」
「なんで?」
「何となく」
「う〜〜ん」
別に隠すことでもないし…俺は過去の記憶を探り出した。
そうだ、あれが最後だったんだ。
「確か高校3年のときが最後だったと思うけど」
「高3!?って、もう2年も前じゃない。圭太君もてるでしょ?何でそんなにフリーなわけ?」
赤城は興味津々な顔を少しも隠すことなく、身を乗り出して聞いてくる。
そんな開けっぴろげな赤城の様子がおかしくて、思わず笑ってしまう。
「そういう話ってさ、もう少し遠慮して聞くもんじゃないの?」
「あ…」
赤城は本日何度目かの赤面で、乗り出していた体を落ち着けて座りなおした。
「だって、気になっちゃったんだもん」
「めんどくさくなちゃってさ」
「え?」
「だから、彼女とかそういうの」
「さっきの続き?」
「そう」
2年前、名前は…そうだ、マナミだったな。
「最後に付き合った子がさ、俺が他の子と話すのも嫌がって、そのうち毎日メールや電話が一日に何回も来るようになって、うちのそばで俺の行動とか見張ったりするようになってきてさ…。それで」
「それで…別れたの?」
「まあ、それでって言うか、俺もその子も限界になっちゃって」
いや、本当は俺が、そんな彼女のことが嫌になってしまっただけだったな。
「ふう…ん」
赤城は見透かすように俺を見た。思わずそんな視線から目を逸らしてしまう。
「私、その子の気持ち、何となく分かる気がするなあ。私だって、彼氏の気持ち縛っておきたくて、一日に何回も電話したり、不安で家のそばうろついたりするかもしれない」
「俺も、今なら何となくその子の気持ちとか、分かる気がするよ。俺、全然優しくなかったし」
そうだ。
いつも頭の片隅に優月のことが消えなくて、優月と彼女をいつも比べていて、わけもなくイライラしたりしていた。
そんな俺の態度が、彼女を傷つけていたことも分かっていながら、俺は彼女から逃げることを選んだ。
だから俺はあれから、中途半端に誰かと付き合うことを辞めたんだっけ。
「そっか。でも今になってその子の気持ち分かる気がするってことは、圭太君、誰か想う人でもいるってことかな」
「は?」
ずっと俺を真っ直ぐ見つめていた赤城の視線が、何となく痛い。
和馬の顔が頭をよぎった。何か赤城に話しているのかもしれない。
いや、和馬に限ってそれはないか。
「もう、否定してほしかったな」
「え?」
赤城は一瞬膨れた顔をして、それからすぐに笑って見せる。
「圭太君、どうせだからさ、週末、土曜日と日曜日、両方一緒にどこか行かない?」
「二日とも?」
「そう!きっと楽しいよ!」
赤城の笑顔には、『そうかもしれない』と思わせる何かがあるようだった。
何となく俺も楽しいかもしれないと思った。
「そう…だな。それもいいかもな」
「え!?本当に!!」
両手をテーブルについて立ち上がった赤城は、その拍子にペットボトルのお茶をこぼしてしまった。
テーブルに、淡い緑色の液体が広がる。
「ああ!!ごめんなさい!どこも濡れてない?」
慌ててそばにあったティッシュでテーブルを拭く。
慌てすぎて、今度は俺の分のお茶まで倒しそうになっている。
「慌てなくても、一回言ったことを変えたりしないって」
おかしくて、笑いながらそう言うと、赤城は手を止めて俺を見る。
「だって、圭太君がオッケーしてくれるなんて思ってなかったから。嬉しくて」
「うん。どこ行くか、考えないとね」
「うん!!」
心底嬉しそうな赤城の顔に、俺まで何となく嬉しくなってくる。
優月の顔は浮かんでこなかった。
何となく穏やかで楽しい時間。
久しぶりな気がする。