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15.離れてみるのも

講義が終了すると、3分もしないうちに見覚えのある顔が、でもこの教室では見慣れない顔が、物凄い勢いで教室に入ってきた。

かと思うと、きょろきょろとして、俺の顔を見つけるとびっくりするくらい嬉しそうな顔で駆け寄ってくる。


赤城雛子だった。


「圭太君!!メールどうもありがとう!」

赤城は俺のそばに駆け寄ってくるなり、息を切らしてそう言った。

メール?

「ああ雛子ちゃん、この前はどうも」

「和馬君」

和馬は俺の背後から近寄ってきて、赤城には分からないように、そっと俺に携帯電話を手渡した。

「雛子ちゃん今日はどうしたの?圭太に用事?」

和馬の言葉に、赤城は顔を輝かせる。

「そうなの!さっき圭太君がメールくれてね、今週の土曜日か日曜日に、二人でどっか出掛けないかって。で、嬉しくて来ちゃったってわけ」

そう言いながら和馬に自分の携帯を見せている。

確かに赤城の携帯の画面には、俺からの送信で、今赤城が言った内容のようなことが映し出されている。

って、おい。

俺、そんなメール送った覚えなんてないんですけど。

俺は赤城からは見えない位置で、和馬の腰の辺りを殴りつけた。

痛そうな顔を隠しながら、和馬はさっきと同じようにニヤッと笑う。

「私、ホントに嬉しかったんだー。もう圭太君、約束なんて忘れてると思ってたから」

「そっか、良かったね雛子ちゃん。で、何?出かける場所とか、日にちとか相談しに来たわけ?」

「そうだね、それも相談しなくちゃ」


完全に俺はそっちのけで、話ばっかりが進んでいる。

そのメールは俺が送ったわけじゃないと言いたいところだけれど、こんなに喜んでいる赤城にそれを告げるのは何だか残酷な気がしたし、恥をかかすわけにもいかないから、そんなことは言えるはずもない。

クソ。

和馬の奴、俺が断れない状況を作ったってわけか。

つまり、和馬の思うツボって奴だ。


「とにかく、ありがとう。圭太君」

「は?」

いきなり赤城が俺に向かってぺこりと頭を下げたので、驚いて顔を上げた。

にっこりと、それはもう、本当に嬉しそうな赤城の顔があった。

俺が送ったメールではないけれど、何だか照れてしまう。

「私ね、絶対に土曜日も日曜日も予定入れたりしないから。本当に本当に嬉しかったんだ。で、あ、私今は時間がなくって。でもどうしても圭太君に自分で伝えたかったの。喜んでどこでも一緒に行くって」

そう言いながらも、赤城はじりじりと後退していく。

「あの、どこ行くとか、今度ちゃんと一緒に考えようね」

本当に時間がなかったのか、表情とは逆に、体は帰りたがっているようだ。

「絶対ね」

そう言って、顔は俺たちの方へ向けたまま、小走りで出口に向かっていく。

ドアから一旦出たかと思ったら、また顔を覗かせて、「絶対だよ!!」と言って手を振って去っていった。


「何だか嵐みたいな奴だな...」

赤城の勢いにちょっと呆気に取られて、俺はそんな感想を口にした。

「ホント、すごい勢いだったな。でもさ、雛子ちゃん、よっぽど嬉しかったんだなあ」

ほのぼのとそんなことを言う和馬を、何だか俺は責める気にはなれなかった。

「...和馬、俺、メール送った覚えないんだけどなあ」

「そりゃそうだよ。俺が送ったんだから。圭太に覚えがあるはずないじゃん」

悪びれる様子のない和馬の言葉に力が抜けた。

「そりゃそうだよ...て。お前さあ、自分が何したか分かってるの?」

「何って、圭太と雛子ちゃんのデートのセッティングでしょ?」

「勝手に何やってんだよ」

「俺が勝手にやんないと、圭太、雛子ちゃんにメールすらしなかったでしょ?」

確かに、それはそうかもしれない。

「しかも、優月さんのことばっか考えてて、他の女と出かけるなんて、思いつきもしないでしょ?」

...おっしゃるとおり。

「だから俺がメールしてどっか出掛けようって誘っただけだよ。何か異論でも?」

「いや、異論て言うかさ、なんかそれっておかしくない?しかも、土曜日か日曜日って...俺の都合は?」

「お前に、土曜と日曜に病院に行く以外で予定なんかあるわけ?」

「それは...」

俺は口ごもった。

優月と病院で会うようになってから、極力、いや、絶対に予定を入れないようにしてきた。

土日にだけ、優月と会うことができるから。

「だろ?病院に行くしか予定なんてないだろ?って言うか、圭太、兄貴が入院してからずっと土日に病院以外に出かけたことなんかないんじゃない?」

その通りだ。

俺にとっての土日は、この8ヶ月間優月のためだけにあった。

「だから、これはいい機会なんだよ。一回優月さんから離れてみた方がいいんだ。じゃないと圭太、いつまで経ったってこのまま優月さんにこだわったままなんだから」


和馬の言うことは的を得ていて、俺には反論の余地もなかった。

第三者だからこそ、和馬は俺を冷静に見てくれている。

俺は当事者だからこそ、いつでも冷静に見ることができない。

少し、頭を冷やす必要があるのかもしれないな。

離れて見ることで、初めて見えるものだってあるんだから。

だから、和馬の言うとおり、これは俺にとっていい機会なのかもしれない。

第一、赤城のことを思えば、今から断る気になんてなれないんだから、ここは素直に和馬の作戦に乗っかるってのも手なのかもしれない。

「…分かったよ」

思っていたより俺の反応が素直なことに驚いたのか、和馬はまじまじ俺を見たけれど、すぐに嬉しそうに笑った。

「そう、それでいいんだよ。俺はどっちかって言うと、雛子ちゃんの方が圭太には合ってると思うよ」

「お前、優月に会ったことないだろ」

「お前には、あれくらい分かりやすい子の方が合ってるって」


手元の携帯が震えた。

着信メールが一件入っている。

送信者のところには、『ヒナ』更に、名前の前と後ろにハートまでついている。

『用事はないけど、メールしたよ!!』

意味のなさ過ぎる内容に、思わずぶっと吹き出してしまった。

「どうしたの?」

「これ見てみろよ。あいつ本当に忙しかったのか?」

俺の携帯を覗き込んだ和馬も呆れたように笑った。

「でも、雛子ちゃんらしいよ。分かりやすいよな?ホント」

「そうだな」

なんだか、赤城に親しみを感じている自分がいた。



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