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14.和馬の思いと企み

今日何度目になるか分からないため息を、ふうっと吐き出した。

陽の当たる席で突っ伏していると、眠気が襲ってくる。

俺はその眠気に少しも抗うことなく、そこに堕ちていくべく目を閉じた。

講義の声は、聞こえているだけで俺の上を滑って通り過ぎていく。

背中を包む陽光は、心地よくて、心地よくて…


「…た、圭太。おい、いつまで寝てんだよ」

せっかくいい気持ちで寝てたのに…俺は、抗議の目を声の主、和馬に向けた。

「もうとっくに講義終わってるぞ」

「うん」

そんなの知ってる。

知ってて寝てるんだ。

俺はふてくされた顔を隠すことなく、むくりと起き上がった。

和馬が笑いながら俺の隣に座る。

「あ〜あ、またそんな顔して。月曜日だし、お前がそんな顔してんのは、またどうせ優月さんのことなんだろ」

「うるせ」

呟いてみたけれど、それはほとんど声にならなくて、和馬の顔を曇らせる結果になってしまった。

「なんかいつもよりもダメージでかそうだな。結構堕ちてる?」


情けないな、俺。

自分の気持ちを隠すことも、コントロールすることもできない。

「情けないわ、俺」

そのまま言葉にしてみた。

「だから言ったろ。いい加減、優月さんのことは忘れた方がいいって」

和馬は俺のたった一言で、何となく色んなことを察したようだ。

和馬には、『触れられたくないこと』探知機みたいなものがついているようで、聞かれたくないと思ったりしたことは、大概聞かないでいてくれる。

そのくせ、ちゃんと察してくれたりもする。

それはひとつの才能だと、最近俺は思う。

「俺さ、いやなんだよね」

和馬がまじめな顔で俺を見た。

「何が?」

「お前がさ、優月さんのことで落ち込んで、何だかよくは分からないけれど、自信なくしてくみたいな感じが」

「自信ね…」

「そうだよ。お前、優月さんのことになると、普段はそうじゃないくせに、急に自信なくしたり、臆病になったりするだろ。見てて、正直きつい」

そんな風に思われているなんて考えもしなかった。

でも今の俺は、そんな風に心配してくれる和馬をありがたいと思うより、そんな風に和馬に心配をかけている俺自身が情けないと思うだけだ。

この思考回路も、相当、情けないよな。


「で、お前は情けないと思って、それでどうしようと思うわけ?」

「どうしようって…?」

「そう。情けないと思って、まさかそれで終わりなわけじゃないよね?」

…考えてなかった。

この先のことなんて、考えてもいなかった。

ああそうか、俺はいつでもこうやって立ち止まってしまって、だから先に進めないんだな。

「考えてないよ、何も」

正直に答えた。

それ以外の答えが見つからなかったせいもある。

和馬相手に、格好つけたって仕方のないことだし。

「そんなことだとは思ったよ。お前、本当に優月さんに関してはダメダメだもんな。見てるこっちが腹立つくらいに」

「悪かったよ」

「だから、この前、飲み会もセッティングしたっていうのに」

やっぱりこの前の飲み会は、俺のためだったのか。

分かったところで、和馬を責める気なんかにはなれない。

「雛子ちゃん、心配してたぞ。『約束してたのに、メールもくれない』って」


雛子?

ああ、赤城雛子のことか。

そういえば、メールをするとかそんな約束をしていたんだっけ。

あの時は、メールもしてみようとか思っていたはずなのに…。

「本当のこと言えば、あの飲み会セッティングしてほしいって頼んできたの、雛子ちゃんだったんだぞ」

「なんで?」

いや、本当は何となく分かってるさ。

飲み会のときの赤城の態度を思い出せば。

それをわざわざ聞こうってんだから、俺も性格悪いよな。

「何で…って、そりゃ、雛子ちゃんがお前との接点がほしいって俺に頼んできたからだよ」

「和馬、元々赤城と知り合いだったんだ」

俺の言葉に、和馬は明らかに『何を言ってるんだ』と言う顔をした。

「圭太さあ、お前もしかして知らなかったとか? 雛子ちゃん、うちの大学だぞ」

「知らなかった」

知らなかった。

全く。

「本当に優月さんのことしか頭にないんだな。この大学の女なんて、よく見たこともないんだろう」

「…そう言われてみたら、そうかも」

和馬がわざとらしいくらいの大きなため息をついた。

「ダメだって。この前も言ったけど、女は優月さんだけじゃないんだぞ。しかも優月さんは兄貴の恋人で、今でも欠かさず病院に通ってきてるんだろ?悪いけどそれ、どう考えたってお前には不利だって」

和馬は一気にまくし立てる。

俺は和馬の言うことが正論なだけに、言葉をなくした。

「はっきり言うけど、優月さんは兄貴の恋人なんだぞ。優月さんにとっては、圭太は弟みたいなものじゃないのか?」


足元がひんやりする気がした。

「そんなことない!」とか「それがどうしたっていうんだ!」とか叫びたい気持ちもあったけれど、全てが喉元で凍り付いている。

思考回路も同様。

いろんなことが頭の中を駆け巡っているようで、なのにその一片もつかむことができない。

「圭太...?」

和馬が黙りこくっている俺の顔を覗き込む。

その顔は、明らかに言い過ぎたことを後悔しているようだ。

「俺、言いすぎた...?」

何か言おうと思っても、まだ喉元で言葉が凍り付いていて、一言もしゃべることができない。

「でも」

迷いながらも、妙に力の入った和馬の声に、俺は顔を上げた。

「俺の言ったこと、間違ってるとは思わない。認めたくないかもしれないけど、優月さんは無理だと思うよ。兄貴の恋人ってだけじゃなくて、悪いけど、特殊な状況なんだし」


「うん」

やっと搾り出した言葉はそれだった。

分かってることなんだ。

和馬の言ったことは全部。

それは実は、俺がずっと前から気が付いていて、でも認めたくなくて、頑丈な蓋をしていた事実に過ぎない。

それを和馬の口から聞かされたことで、目を逸らしていられなくなった事実に衝撃を受けただけ。

「和馬、本当に俺がそんなことに気が付いてなかったと思ってた?」

「え?」

「分かってたよ。でも、正直それを見ないようにしてたから、お前に言われてちょっときつかった」

「そっか...」


少しの沈黙の後、和馬はまたしてもマジメな声で言った。

「な、圭太。もう優月さんにこだわるの、一回やめてみたらどうだ?忘れろとか、そういう無理なことは言わないよ。でもさ、他の女にも目を向けてみる、いい機会なんじゃないの?」

そうかもしれない。

和馬の言うとおりだ。

こだわりすぎているのかもしれない。

「雛子ちゃんだっているんだし。ちょっと携帯借りるぞ」

「は?」


ニヤッと、企んだ顔をした和馬が、机の上にある俺の携帯を取るのと、授業開始のベルが鳴るのと、ほぼ同時だった。

「どうするんだよ、俺の携帯」

「ちょっと借りるだけだって。どうせ使わないだろ?」

「だからって...」

この時間の講師が教室に入ってきた。

口うるさい講師だから、和馬から携帯を取り戻すこともできない。

「変なことに使うなよ」

小声で去っていく和馬の背中に言葉をぶつけた。

和馬はちょっと振り返ると、OKサインを出しながらやっぱりニヤッと笑った。


和馬がこういう顔をするときは、何か企んでいるときなんだ。


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