13.オムライスの味
俺は優月に連れられて、小さな、でも感じのいい店に入った。
優月はそれなりに常連らしく、マスターが顔を出してにこりと笑った。
窓際の席に向かい合って座る。
優月は俺にメニューを差し出した。
「好きなの頼んでね。昨日のお詫びなんだから」
「うん」
そうは言ったものの、あまり空腹を感じていなかった。
もしかしたら、俺って緊張してるのか?
何だか情けない話しだなあ。
俺は優月に見つからないように、苦笑いをかみ殺した。
「いらっしゃいませ」
そう言ってテーブルに水を運んできたのは、中年の感じのいい女の人だった。
雰囲気的に、マスターの奥さんといったところだろうか。
「こんにちは」
優月はにこやかに挨拶する。
俺もぺこりと頭を下げた。
「珍しいのね、いつも一人で来るのに。恋人?」
「まさか、弟ですよ」
「そうなの?仲いいのね。いつものでいいの?」
「はい。圭ちゃんは?」
「…俺もそれで」
「じゃ、オムライスふたつね」
そう言って、その女の人はゆったりとした動作で戻っていった。
…ショックだった。
昨日、酔っ払った優月に『弟みたいなもの』って言われたときもショックだったけれど、全くしらふの優月に『弟』と言われるのは、昨日言われたそれの数十倍の威力があった。
所詮優月にとって、俺は恋人かと聞かれたら、さらりと弟と言われてしまう存在なんだ。
ついさっき、心の中で兄貴に宣戦布告したくせに、もうはや優月の一言に完全にめげてしまっている。
情けない。
こんなんだから、今まで優月との関係も少しも変わらないんじゃないか。
ああ、分かってるさ。
分かってるんだ。
変わらないんじゃなくて、変えようともしてないんだ。
そうやって動けない俺は、事故で動けなくなった兄貴と変わりはしない。
「圭ちゃん、どうしたの?やっぱり今日、なんか変だよ?」
向いの席から俺を見つめる優月の目を見ることもできない。
意気地なし。
「ちょっと二日酔いだよ」
軽いめまいは二日酔いのせいじゃない。
俺は本当はこんなんじゃないのに。
優月意外には、こんなんじゃないのに。
どうして、優月にはこんなにも近付けないんだろう。
どうして、優月にはこんなに臆病になってしまうんだろう。
「おまたせしました」
俺と優月の前に、ホカホカと湯気を上げるオムライスが運ばれてきた。
「大丈夫?圭ちゃん、食べられる?」
「うん。いただきます」
そう言ってから、スプーンでひとくち、口に運ぶ。
「うまいね、これ」
笑って見せると、優月も嬉しそうに顔をほころばせた。
「そうでしょ?よかった」
正直、オムライスの味なんて覚えちゃいない。
俺にとっては優月の笑顔の方が何倍も重要で…。
自分の臆病さと情けなさを再確認した俺は、しばらくの間、きっとオムライスを口にすることはないだろう。